「名前」
「んー」
「おい、聞いてんのか」
「んー」

んー、てなんだよ。こいつかわいいな襲うぞ。

「おい」
「んー」

今日はギノと当直だが、それまで休みをもらえたので部屋で過ごしていたら、同じく非番で暇だった名前が手に小さな毛布を持って、笑点の主題歌を鼻唄で歌いながら現れた。
こういうことは多々あるから別に驚かないが、俺と彼女はつい先日結ばれたばかりだ。
男女のあれこれを期待していないというと嘘になる。

「聞いてんのか名前」
「なに?」
「…」

なに?ってなに?
ソファーに座っている俺の膝に座って雑誌を読み耽る彼女の後頭部が忌々しい。

「何か用があったんじゃないのか?」
「…」

彼女は雑誌を読むのをぴたりとやめて顔をあげると、上目遣いで振り向いた。
やばい。言っておくがこの時点でもうすでにかなりかわいい。

「用が無いと慎也に会いに来ちゃだめなの」

ゴンッ、と頭を鈍器で殴られたような感覚がした。
どこでそんな台詞覚えてきたんだ。唐之杜の入れ知恵か?
そしてここでまさかの名前呼びだ。もう俺半分くらい舞い上がってるからな。

「いや、そういうわけじゃ」
「慎也といたいから慎也に会いに来たんだよ」

この女は何気にすごい恥ずかしい発言をしていることに気づいているのだろうか。いや、気づいてない。
今晩を当直にしたギノを怨みながら、名前の頭を撫でてやると彼女は少し足をばたつかせながら目を細めて微笑んだ。
天使だ。天使がここにいる。

「お前結構俺のこと好きだよな」
「当たり前でしょ」

当 た り 前 で し ょ

「ああ、それと」

何か思い出したように手を叩くと、雑誌をテーブルに置いて、少し顔を赤らめながら身体の向きを変えて俺の方へおずおずと向き直る。
ちょうど顔が向かい合わせになった。

「どうした?」
「今できることは、今のうちにやらなくちゃって思ってるわけですよ」
「ん」
「だから……その…」
「…?」
「ちゅー、してほしい」











「でも押し倒していいとは言ってない」
「誘ってるんだろ?」
「…そういう気分じゃないんです」
「俺はそういう気分だ」
「慎也のはいつもでしょうが!」

ほんとにそういう気はないらしく、名前はするりと俺の下から抜け出す。なんだこれ?甘えたい日か?
あ、もしかして。

「…お前生理か?」
「死ね」

一瞬にして機嫌を損ねたらしい名前はむくれて俺の背中を殴ってきた。
だがどうやら図星らしい。腹をおさえて顔を真っ赤にしていた。

「痛いのか」
「痛くない」
「ほんとに?」
「…」

名前は俯いて震えていた。大丈夫じゃなさそうだ。
俺は小さく息を吐くともう一度彼女を膝に乗せて、腹をそっと撫でてやる。

「薬は」
「ない」
「唐之杜にもらいにいかなくていいのか」
「…うん」
「いつも飲んでるんだろ」
「でも慎也が撫でてくれるからちょっと良くなってきたかも」

ここにきた理由はこれか。
名前は俺に背中を預けながら、甘える様にすりよってくる。こんなに甘えてくる日は珍しい。

足先が冷えているようなので放置されていた毛布を掛けて足を絡めると、ますます子猫のようにじゃれてきた。もういっそ首輪でもつけて飼い慣らしてやりたいくらいだ。

「…慎也、すき」
「ん」

よしよしとまた頭を撫でると、ふにゃりと笑って俺の首に絡み付いてきた。
彼女の甘い香りが広がって、目を細める。

「…今日は素直だな」
「いつも素直だよ」
「そうか」

今日はからかうのはやめておこう。折角の甘い一時を壊すのは、惜しい。
そこで、彼女がちらちらと俺の顔を見ていることに気付いた。
最近わかったことだが、こいつはキスしてほしいときにこういうことをする癖があるらしい。

「なんだ?」
「わかってるでしょ」

もじもじしながらじっと俺を見つめる彼女に、わざとわからないふりをしてやる。

「…ねえってば…」
「わかってるよ」

顔を近づけてそっと口づけると、赤くなった名前が慌てて顔を背けた。
何度もしているというのに、まだ慣れないらしい。自分からねだっておいてこの様だ。

「今日、泊まっていい?」

耳まで赤くしながら、再び名前が俺の首に抱きつく。
俺が彼女の背中に腕を回すと、ぴくっと肩を揺らした。

「いいけど、俺宿直だから今晩いないぞ」
「うん、いいの」
「…?」
「慎也のベッドで寝たいの」
「おま、」
「…私の部屋…なんか寂しくて」

擦り寄ってくる彼女の頭を撫でる。
柔らかい髪が微かに揺れた。

「一人でいると、泣きたくなるんだよ」
「そうか」
「変でしょ」
「変じゃない」

小さな子供を宥めるようにあやすと、 子供扱いしないで、と言われ肩を摘ままれた。地味に痛い。
まだ宿直まで時間はあるが、この分だとなかなか放してくれなさそうだ。
手持ち無沙汰な俺がソファーに転がっている煙草を取ろうとすると、だめ、と小さな声で制止された。
吸うな、と。

「…煙草やめなよ」
「…」
「そんなことしても、慎也はあの人になれない」

ちくり、と胸が痛んだ。
こいつの言う通りだ。反論できなくて彼女を膝に乗せたままぼんやりと天井を見上げると、打ちっぱなしのコンクリートが冷たく俺達を包んでいた。

「…口寂しいんだ」

言い訳にしかならないけど。名前の顔を覗き込むと、彼女はむくれている。
次の瞬間、八重歯を見せて小さな欠伸をすると、俺の唇に噛みついてきた。

「…んっ」
「これで、寂しくない」

すぐに唇を放すと、少しだけ哀しそうな顔をして、彼女はまた俺にもたれ掛かる。
相変わらず薄暗いこの空間は、静かに俺達を包み込んでいた。
これでいい。俺にはもう、これしかない。全部失った。もう戻ってこないものを、たくさん。友達や家族を傷つけた。部下を失い、地位も名誉も失った。構わない。

俺にはお前だけがいればいいんだ。

「…名前」
「…んー…?」
「あー…お前の作った味噌汁飲みたい」
「いま?」
「いつでもいい。作ってくれ、いつか」
「わかった」

だから、お前にも俺だけいればいい。
眠たくて子供のように体温が上がっている名前の額にそっと口づけた。



















◎連載主でいちゃいちゃのリクエストでした
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -