「愛してるよ、名前」

愛している、とは単純な言葉だと思う。
聖護はよく私に愛を囁くが、それが本心から来るものなのか、それとも何か別のものなのか、よくわからない。

愛している、愛している、と癖になるほどに同じ言葉を紡いで、彼は私の首筋をそっと撫でた。

「神曲を知ってるかい」
「…神曲?」
「ダンテからベアトリーチェへの儚い恋のエピソードは?」

それなら、聞いたことがあるかもしれない。

「ダンテは9歳のときに同い年の少女ベアトリーチェに出会い、魂を奪われるかのような感動を覚えたそうだ」

彼は緩慢な態度でそっと私の肩にかかっていた髪を払った。今日は少年少女の恋の話をするらしい。私はベッドに横たわったまま、静かに耳を傾けた。

「そして、ともに18歳になったダンテとベアトリーチェは再会した。その時ベアトリーチェは会釈してすれ違ったのみで、一言の会話も交さなかった。けど、それ以後ダンテはベアトリーチェに恋焦がれた」

聖護は目を伏せる。
私のそばで、長い睫毛がわずかな光に当たって影を落としていた。なんて美しいのだろう。

「しかしダンテはこの恋心を他人に悟られないように、別の二人の女性に宛てて詩数篇を作るんだ。その結果、ダンテの周囲には風説が流れ、感情を害したベアトリーチェは彼との挨拶すら拒むようになってしまった」

それは、可哀想ね。
私が目で訴えると、聖護はきらりと輝く金色の瞳を燻らせて、頷く。
私が手を伸ばすと、彼の手と絡まる。
嗚呼、冷たい手だ。絶望の感触がする。

「ダンテは、深い失望と共に時を過ごした。その後にダンテは許婚と結婚。二人の間にはさしたる交流もないまま、ベアトリーチェも別の男のもとへ嫁ぎ、数人の子供をもうけて24歳の若さで病死した。…彼女の死を知ったダンテは狂乱状態に陥り、キケロやボエティウスの古典を読み耽って心の痛手を癒そうとした」

ひどく哀しそうな顔で、彼の顔が近づいてくる。目を閉じると、キスをされる。まさぐるように、深く求めるように。
刺激が足りなくて、私の口内を蹂躙する聖護の舌をがり、と少し噛んでみた。
ぴたり、と彼の動きが止まる。
彼が唇を離すと、ほのかに鉄の味がする。
痛かったのかもしれない。少し出血していたようで、彼の口端から赤い筋が一本だけ顎に伝っている。
怒らせたかな、と思ってじっと彼を見上げると、思いの外に彼はご満悦だった。

「…僕はダンテのようにはならない。ベアトリーチェを自分のものにするためなら、何だってする」
「へぇ…」
「でもね、僕にはダンテの気持ちもよくわかるんだよ。彼は繊細な男だった。故に前へ進めない。愛しすぎたんだ」

唇についた血を舐めとりながら、彼はそっと私の首に手をかける。
冷たい。意識が遠退いてしまいそうだ。

「愛しているよ、名前」
「え…聖護…?」
「だが僕たちは違う。…ダンテの恋はベアトリーチェに届かなかったが、君は僕を受け入れてくれる」
「…」

横たわっていた私に馬乗りになるようにのし掛かってくると、聖護は少しだけ手の力を強めた。
苦しい。苦しいよ。
首に、皮膚に、少しだけ彼の冷たい指が食い込む。

「でもね、それだけじゃ満たされないんだ。僕は君を愛してる。君も僕を愛してる。これではまだ足りないんだよ。僕が求めている深みはこんなものではない」
「っ……あ……」
「…だから、僕はダンテと同じことをしてみようと思ってる。僕は君を愛してるよ。君を愛して愛して愛して愛して、それでも足りないんだ。だから」












死ね













頭が真っ白になった。
私は目を見開いたまま、いつもと変わらぬ表情の男を見上げていた。
彼はポケットから巨大な剃刀を取り出すと、そっと私の首筋に当てる。

「愛してるよ、名前」





























◎槙島で狂愛のリクエストでした
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