静寂の中で、オフィスのファンだけがぐるぐると回っている。飽きもせずにぐるぐると。
「おい名前、いい加減煙草やめたらどうだ」
今日は伸元と二人で宿直のため、オフィスには彼と私の二人しかいない。
眼鏡を押し上げて不快そうな顔をする伸元に、べーっと舌を出した。
「いいでしょ別に。私の勝手だもん〜」
「そういう問題じゃない。身体に悪影響があるからよくないと思って俺は」
「はいはいー、ごめんなさーい」
まともに受け入れずに、椅子に座って遊び半分で回転しながらタブレットを操作する。
明日までに始末書を書き上げなければならない。昨日の日勤中に事件が起こり、先攻した私と狡噛が建物の資材をかなり破壊してしまったためだ。私は丸一日お休みをもらえたけど、狡噛は今日の日勤で書き上げたのだから私も今日中になんとかしろと言われた。
私と狡噛を並べてはいけない。あの男は元エリートで私はただの執行官なのだ。そのことを彼に伝えると、「せいぜいしぼられるんだな」と言われ鼻で笑われた。軽やかな足取りで宿舎に戻る狡噛を、私が恨めしげに見つめていたのは言うまでもない。
「んーと…こんな感じかなぁ」
適当に書きすぎると伸元に「なんだこのゴミみたいな始末書は」と罵られるので、これだけは真面目に書かなければならない。縢がそれで怒られていて、名前先輩始末書の書き方教えてよ〜!あのガミガミメガネに怒られた〜!と泣きついてきたのは記憶に新しい。
タバコをくわえてかちゃかちゃとタブレットを弄り、始末書を書き上げていると、伸元が不意に立ち上がり私のもとまで来た。
「何?」
「…」
「っ、ちょっと」
くわえていたタバコを取り上げられ、私は狼狽える。眉間にシワを寄せた伸元が仁王立ちで私を見下ろしていた。
やばい、なんか地雷踏んだかな。
恐る恐る彼を見上げると、くわえていたタバコの火をぐしゃぐしゃと灰皿で消して、ゴミ箱に捨てられてしまった。ああ、まだ長かったのに。
「潜在犯の気持ちは解せないな。こんなものの何がいいんだ?お前といい狡噛といい」
「…口が寂しいのよ」
我ながらいいわけがましい…。
灰皿の灰を忌々しげに見つめる。…ああ、私の煙草が……勿体ない。
残念そうな態度が表に出ていたのか、伸元はそれも気に入らないと言いたげな雰囲気だ。
どうして私は吸っちゃだめなんだろう。狡噛や志恩も吸ってるのに。
「私の勝手でしょ、何するの」
「口が寂しいのか」
「え?」
「口が寂しいのかと聞いてる」
ギノは私のデスクに手をつくと、少し私との距離をつめた。
「…まあ、そんな感じ」
「そうか」
本当はニコチン中毒なんだけど、なんて言えない。
「なによ…」
「だが煙草はやめろ」
「…」
「口が寂しい、と言ったな」
すると、どうしたことか。
伸元が私の顎を掴むと、乱暴に唇を重ねてきた。驚いて身体が硬直してしまう。
触れるだけのキスをすると、何故かしてきた張本人が少し顔を赤くして照れていた。
伸元は眼鏡を押し上げると、私から視線をそらした。
「これで寂しくないだろう」
「そんなんじゃ、足りない」
「…」
「足りないよ、伸元」
半分冗談半分おねだりするみたいにして彼を上目使いで見上げて立ち上がると、彼は少し狼狽えた。
「ねえ」
「黙れ」
私の頭に手をまわしてきたので、目を閉じた。
柔らかい唇の感触の後に、ぬるりとした舌が私の舌と絡まる。
伸元の首に腕をまわして抱きつくと、彼は指に私の髪を纏わせてそっと撫でてくれた。
口では酷い言い方をするけれど、彼は本当は優しい。
「っ…」
「は…はぁ…」
唇を離すと銀色の糸が引いて、ぷつりと切れる。
私がじっと伸元を見詰めていると、彼は私を抱き寄せて耳元で囁いた。
「禁煙しろ」
「…はい」
「あれ、狡噛さんこんなところで何してるんですか」
「常守か。今帰りか?」
「はい。ちょっと別件で分析室に行ってたんです。どうかしました?」
「いや……ちょっとな」
「?」
「デスクに忘れ物をしたんだが」
「たしか…今日は名前さんと宜野座さんが宿直ですよ?明かりついてますし。入らないんですか?」
「…入れないんだよ」
◎宜野座さんが禁煙をすすめてくる話