「何をこそこそやっている?」

一係への通話を切ると、間もなくドミネーターが積まれた専用機が運ばれてきた。どうやら電波のジャミングはギノたちが解除したらしい。

『ユーザー認証 狡噛慎也執行官 認証しました』

俺は素早くドミネーターを手に取り、再び物陰に隠れた。微かな音だが、相手の足音が近づいてくるのが聞こえる。
壁の傍からそっと銃口を向ける。

『対象の脅威判定が更新されました 執行モード デストロイ・デコンポーザー 対象を完全排除します ご注意ください』

ドミネーターを構えて一歩前に出ると相手が俺目掛けて撃ってくるが、どうにか回避する。
デコンポーザーは奴の腕を掠めて吹き飛ばした。
あの外観は二発ごとの空白、敵の武器は二連銃身の猟銃だろう。
どうやら活路は見えてきたようだな。













「残念ながら時間切れです。妨害電波が破られました。間もなく公安局の本隊が駆け付けるでしょう」
『腕をやられた。撃たれて壊されたんだ。…奴はとうとう撃ち返してきた』
「泉宮寺さん…」

ああ、まただ。またこの男は退屈そうな顔をした。

私はじっと横に立つ男のそばで壁に凭れながら、二人の会話に耳をすました。
たった今、槙島においでとただ呼ばれた私は彼の提示したマップの通りにチェ・グソンに案内されてここに到着した。曰く、「面白いものが見られる」とか。

『昔は発展途上国のインフラ設備に関わる工事が多くてね。危険な現場ほど金になった。紛争は突発的で、状況予測と危機管理には限界があった』

イヤホンから聞こえる泉宮寺の声はどこか生き生きとしている。
私は状況がよくわからないので、ただ話を聞くことしか出来ないが、槙島はそれだけで十分らしい。

『現地でゲリラの襲撃に遭ったことがある。70〜80年は前かな。あのときも隣にいた同僚が撃たれたんだ。それまで泣いたり叫んだりしていた 友人が、次の瞬間には肉の塊になっていた』

何とも喜び難い話ではある。
想像するのは容易だが、実際にその現場に立ち会った人間はたまらないだろう。

『私は飛び散った血しぶきを頭から浴びてね。彼の臭いが私の全身にべっとりとこびり付いて…。勘違いしないでほしいが、これは良い思い出の話だ。あのときほど命を生きているという実感を痛烈に感じたことはない。それを今私は再び味わっている。この機械仕掛けの心臓に熱い血のたぎりが蘇っている…!』

そこで槙島が私に手で合図して、こちらに来るようにと言ったので、黙って彼に近付いた。
そっと私の手に何かが握らされる。

『ここで逃げろだって?それは残酷というものだよ』
「ここから先はゲームでは済みませんよ」
『その通りだ。これまでハンターとして多くの獲物を仕留めてきた。しかし今はデュエリストとしてあの男と対峙したい。槙島君、君とてまさかここで私が尻尾を巻くさまを見たくて、妙な小細工を弄したわけでもあるまい?』
「…仰せの通りです。貴方の命の輝き、最後まで見届けさせてもらいましょう」

そこで泉宮寺からの通信は途絶えたらしい。
向こうの音声は聞こえるが、こちらの声はもう届かないようだった。

「……駄目だな。今回もこんな所で終わるのか」

槙島は額に手を当てると、深く大袈裟にため息を吐いた。
今の話の流れでおおよそこれから何が起こるのかはわかった。ならば私達はあの老人を見殺しにして、早々にここから撤退しなければいけないのではないだろうか。
急がないと、公安が押し入ってくる。

────一係のみんなが、ここに来る。

「暁、すまないが」
「…」
「…彼を手っ取り早く消してくれないかな。できれば君の昔の同僚達がここに来る前に」

君も彼らとは顔をあわせたくないだろ?
槙島は少し怒ったような顔で、ただ真っ直ぐ前を見詰めていた。

そう言われるような気はしていたのだ。先程、手に渡された特製の小型のナイフを見ればわかる。

「…いいの?」
「何が」
「あの人の命の輝きを見届けなくて。私が殺したら、意味ないんじゃないの」
「構わないさ。どちらにせよあのご老体はもうすぐ死ぬ。僕は君がナイフであのサイボーグを殺す瞬間が見たいんだ」
「……」
「暁、君の本性を見せてくれ」













「…っ!」
「フフフ…」

弾が俺の脇腹に一発決められた。
出血が酷いが、悠長なことも言ってられない。奴は俺を消すことが目的らしい。俺がドミネーターを持っている時点で、公安が来るという予測は勿論ついているはずだ。それでも逃げない。
余程の勝算があるのか?それとも捕まってでも俺を殺したいのか?

「フフフ…ハハハハ!チェックメイトが近いぞ、執行官」

俺は舌打ちをしてドラム缶のそばを経由し、どうにか横たえられた鉄の土管の中に身を潜めた。
奴は血の痕を頼りにこちらに来るはずだ。姿が見えた瞬間、ドミネーターでぶち抜く。

「ああっ…」

相手の影がドラム缶の傍から見える。俺がドミネーターを構えようとすると、奴の背後から別の人影がやってきて、右手を左から右へさっと動かした。

「あ…」
「何か言い残すことはある?」

そこでガシャンと無機質な音がして、俺は息を飲んでその様子を見つめた。

俺を追い回していた男の両足が、切断されている。血は出ていない。代わりにオレンジ色の体液のようなものが床に飛び散っていた。

そして、聞こえてきた女の声。知っている。俺はこの女を知っている。

「何のマネだ…!…私の…私の…邪魔をするのか!」
「悪いけど、あの人の命令だから。……そうだ、貴方が言ってた妹って何のこと?私の恩恵って何?…こたえろ」

片腕と両足をなくした男は、持っていた猟銃を蹴り飛ばされ、成す術もなく無様に床に転がっていた。

「…この状況で…私が君にそれを話すと思うか?!」
「思わないね。だからもう、死んでもらう。急がないと私の昔のお仲間が来る。鉢合わせって気まずくない?」
「…そうか。…だが、ひとつだけ教えてやろう。君の妹たちを造ったのは私じゃない。……厚生省の研究室だ」
「…厚生省……」
「…槙島君に伝えてくれ。君はやはり最高にして最悪の男だった、と」

女は男を見下ろしたまま静かに頷くと、片膝をついてナイフの切っ先を男の額に一度付けた。
脳を破壊するつもりらしい。全身義体のサイボーグ……まさか、泉宮寺豊久だったのか…?

「さよなら」

腕を振り上げると、ナイフが泉宮寺の頭に刺さる。
泉宮寺の遺体をそのままに、彼女は腰にささっていたハンドガンを抜くとコツコツと俺の方から背を向けて、もと来た道を戻ろうとする。

「待て!」

俺がドミネーターを構えて土管から出ると、女は振り向くことなく足を止めた。
柔らかく長い髪と、着ている黒いロングコートの裾が靡く。

『犯罪係数87 執行対象ではありません トリガーをロックします』
「何?!」

犯罪係数がまた下がっている。
どういうことだ?こいつは今、泉宮寺豊久を殺したはずだ。
何故、サイコパスが濁らない?

「久しぶりだね、狡噛」
「……暁」

ポケットに手を突っ込むと、暁はゆっくりと振り返った。
知っている。俺はこの女を知っている。
これは正真正銘の本物だ。間違いない。

「今回の狩りの相手って、やっぱり狡噛のことだったんだ?なるほどね…」
「お前、何でこんなところにいるんだ。何故公安局から逃げた!?」
「その質問に答える気はない」

ぴしゃりと暁は言い放つと、一歩俺の方に詰め寄った。

『犯罪係数63 執行対象ではありません トリガーをロックします』
「くそっ」
「…私ね、まだちゃんと貴方のこと好きだよ。貴方は私のこと、好き?」

あの日のように、無垢な笑顔で。
彼女が失踪する直前に見せた笑顔と同じ顔で、東雲暁は首を傾げた。

「ああ、好きだ」
『犯罪係数37 執行対象ではありません トリガーをロックします』
「ほんと?嬉しい」

また、犯罪係数が下がった。パラライザーモードが使えない。これでは、こいつを連れて帰ることはほぼ不可能だ。
俺もかなり体力を消耗しているし、何より脇腹の出血が止まらない。

「暁、俺と来てくれ。俺達のところへ帰ってきてくれ…」
「……」
『犯罪係数15 執行対象ではありません トリガーをロックします』

信じられないほどサイコパスがクリアになっていく。
何故だ。何故なんだ?
暁は目を細めると、小さく息を吐いて俺のもとへ近づいてくる。

ダメだ、視界が霞む。こんな、ところで…!

足が縺れて力が入らない。床に倒れる、と思ったがその衝撃はいつまでたっても訪れなかった。
代わりに、胸元に何か温もりを感じる。

「よく生きてるよ、こんなバカみたいなことして。って言っても、ほとんど死にかけか」

呆れたような声だ。それと共に甘い彼女の香りがする。

「ねぇ、もう少しなの」
「……」
「もう少しだけ、私を信じてほしい」
「…暁…」
「必ず貴方の元へ帰る。だから信じて、慎也」

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