「じゃあ常守朱にメールを送ったのは、あんたじゃないんだな?」
「知らないわよ!」

厄介なことになった。

暁がいなくなって数日。
俺と常守監視官が非番をもらった朝に、彼女宛の不審なメールが届いたらしい。

送り主は彼女の友人の船原ゆき。
彼女らしからぬ悪質ないたずらのようなメールに首を傾げた常守は、俺に相談してきたのだ。メールの内容は指定された場所に来い、という簡素なものだった。
実家にも帰ってないようだし、連絡もつかないというのもおかしい。

それで二人で現場に行ったところ、例のごとく船原ゆきはおらず、念のために俺が単独で調査、万が一のときは監視官が本部に連絡する、ということで建物の地下内を進んでいたのだが。

「何なのよこれ?何で私こんな所にいるのよ!」

廃線になっていたらしい地下鉄が勝手に動き、かなり遠くまで移動してしまった。
監視官の指示も、電波がないせいで届かない。完全にはめられたわけだ。
ただ幸か不幸か、その地下鉄車両に 目当ての人物は拘束されていた。
船原ゆきだ。
何故か服を脱がされて、下着姿だが、怪我はない。精神も動揺してはいるが、サイコパスに深いダメージは受けていないらしかった。
とりあえず俺のコートをかけてやる。

「あんたを捕まえて、ここに連れてきたやつがいる。何も覚えてないか?」

出来る限り優しい声音で問うが、船原ゆきは首を横に振った。

「分からない…。夕べは残業片付けて帰ったらお風呂入って…ベッドに直行で。目が覚めたらもうここにいたのよ。どういうこと?」
「あんたは常守監視官を釣るための餌にされたらしい。…いや」
『地下鉄路線です。車両を捜索してください』
『破棄された地下鉄路線です』
「あっ… 朱の声?」
「よくできてるがサンプリングから合成した偽物だ」

地下に入ってくるのは彼女じゃなくて代理の誰かだと最初から予想していやがった。
目当ての獲物は常守じゃない。
……俺なのか?

「あ、待って。ひとつ思い出した」
「何だ?」
「…一瞬だけ、意識が戻ったの。服、脱がされてるときだった…と思う。怖くて、叫んだらまた気絶しちゃって」
「…誰か見たのか?」
「知らない女の子だった…うん、髪の毛長かったし…目もぱっちりしてて」

ぞくり、と背筋が冷える。
もしかするとこれもマキシマの仕業で、あいつが今回の件に協力してるのか?
だったら、俺はどうすればいい。

「…狡噛さん…?どうしたの?」
「いや。…そうだな、髪の色とか覚えてるか?」
「…あぁ、えっと…黒ではなかったな。金髪でもないけど…薄いクリーム色っぽかった…ような」
「…わかった」

端末をぐっと握ると、突然地下鉄が激しく揺れて止まった。

「止まったの?降りろって意味かな?」

さっきまで監禁されて泣いてたくせにえらく場馴れする女だ。
こういうタイプの人間だからこそ、常守と親しかったのかもしれないが。

「…どこよ?ここ」

地下鉄から降りると、薄暗い駅の通路がただ繋がっているだけだった。
扉があるが、そこに入れという意味らしい。
マップを見ても電波が届かないせいで、正常に機能しない。

「電波妨害だな。どうあっても俺たちを孤立させたいらしい」
「ここへ入れってことなの?」
「言いなりになるのは癪だがな」

念のために辺りを見渡していると、暗闇の奥から機械音が聞こえる。赤い光がぽつぽつと闇のなかに浮き上がった。
犬の形をしたドローンだ。

「どうやら選択の余地はないらしい。…ついてこい!」

ドローンが襲いかかってくる直後、ドアを開けて船原ゆきと共に入ると、手早く閉める。

「何だ?ここは…」

薄暗い中を進むと、生々しい血の痕や黒ずんだ汚れが壁や床に見受けられる。
…処刑場か。

光源がないのでなかなか暗闇を見通すことは出来ないが、とにかく進むしかない。
真っ直ぐ進んでいると、そこに白い影が現れた。

「ようこそ」

「…!」
「先生とおじさまも感心しておられます。優秀な狐だから、楽しめそうだって」
「…暁…!?」

夜目ではっきりとはわからないが、白いワンピースに赤いカーディガンを見にまとった暁が無表情で俺たちを見つめていた。肩には大きなバッグを背負っている。
まるで、八年前のようだ。
八年前のあいつはこんな顔でにこりとも笑わずに俺を見ていた。

ただ、それにしては顔立ちが少し幼く見える。あいつの顔はこんな顔だっただろうか。髪も短い。脱走直前の彼女の髪は腰につくほどの長さだったが、目の前の暁は胸元までしかない。
また、目や鼻はパーツとして見たときは同じだがどこか雰囲気や態度が幼いのだ。

「あ…さっき話してたの、この人だよ、狡噛さん…!」
「ルールを説明します」
「待て、暁。何故お前がここにいる?マキシマと手を組んだのか?お前はどうして公安局から逃げ出したんだ?!」

暁は自分の言葉を中断すると、無表情で俺をじっと見る。
見間違うはずがない。彼女は東雲暁だ。だが目の前の彼女には、やはり違和感がある。

けど、知らない人を見るような目で俺を見るのはやめてくれ。そんな顔をするな。

「…知らない」
「なんだと?」
「わからない」
「…」
「こういうとき、お姉様はどうするの」

お姉様?

「何を言って…」

がしゃん、と遠くで何かが高いところから落ちた音が聞こえた。
暁もそちらに一瞬だけ目を向けると、再び俺の方に向き直る。

「お話の時間はここまで。おじさまがもうプレーヤーになってしまったから」
「…プレーヤー?」
「狐狩りの時間です」
「おい、待て!」
「ルールは簡単。貴方が狩られるか、おじさまが狩られるか。貴方がおじさまを狩ったら、貴方の勝ち。でも貴方がおじさまに狩られたら、貴方の負け。私を呼べるのは一度だけ。これは貴方を助けるツール。説明は、終わり」

どさり、と肩にかけていた鞄を俺に投げて寄越すと、暁は暗闇の中へ消えていった。

言いたいこと、聞きたいことは山ほどある。だが、俺の声は届かないらしい。
お前は、マキシマと同じ道を選ぶのか?
それがお前の叶えたかった願いだったのか?

「ねぇ、それは?」

背後にいた船原ゆきの声に、我にかえり、たった今暁に渡された鞄を開ける。

「ケミカルライトだ」
「普通のライトの方がよくない?」

ぱきり、とライトを割るとそれは静かに発光する。
床に投げて、明かりの代わりにするしかない。
入っていたのはライトと旧式の携帯電話、それから水だけ。

「光源を手に持っていれば闇の中では格好の的だ。それに一度通った道の目印にもなる」
「ふーん…じゃあ、これは?」

彼女が携帯電話を指すので俺も手に取る。
電池は入っているようだ。画面には『一度だけ使用可能、使う場合はプッシュボタンを』という文字が浮かび上がっていた。

『私を呼べるのは一度だけ』

「多分、一度だけさっきの…女が助けてくれるんだろう」
「じゃあ、万が一の時に大切に置いておいたほうがいいね。…そういえば、さっきの人知り合いだったの?公安局から逃げ出したって…言ってたよね?」
「…ああ」
「…」
「悪いが、話すことは出来ない。内部事情だし、民間人に話せないことも多いからな。何せ公安局だ」
「…そっか。でも狡噛さんにとって、きっと大切な人なんだね」

ぱきり、とまたケミカルライトを割って投げる。
俺の手が一瞬止まったのを、船原ゆきは見ていたらしい。

「わかるよ。狡噛さん、さっきの女の子見たときすごく動揺してたもん。地下鉄で私を見つけたときも、さっきの機械の犬に追い掛けられたときもすごく冷静だったのに、あの子を見た瞬間だけ、とっても焦ってた」
「バレてたのか」
「まあね。…もしかして恋人とか?」
「…さあな」

常守の友達はみんなこういう感じなのだろうか。
俺が息を吐きそうになったところ、ぴたりと足を止める。

「ワナだ」
「あっ…」
「ワナまでアナクロだな。いい趣味してるぜ」

足元を見ると、黒々と光っているトラバサミが俺の足を食い千切らんと口を大きく開けていた。
単純な罠だが、だからこそ攻撃力も高い。暗闇に紛れているから注意しなければここで狩られるということも十二分にあり得る。

「あっ、待って。さっきの床のちょっと右の方。あの女の子が渡してくれたのと同じバッグだよ!」

船原ゆきが歩を進める。
俺が止める前に、彼女はそれを掴みとってしまった。

「よせ!」

警報音が鳴って、さっきの猟犬型のドローンが彼女めがけて走ってくる。
と、同時にどこからか発砲された。散弾銃だ。
間一髪彼女を抱えて逃げると物陰に隠れる。

「は…はぁ……今…今、人がいたよ…?」
「ああ。これであいつの言ってた趣旨がはっきりわかった。奴ら狐狩りを楽しむ気だ」
「か…狩り?」
「ドローンは猟犬役だ。怯えて逃げた獲物をプレーヤーが仕留める。俺たちは哀れな狐役ってわけさ」
「そ…そんな…」
「慌てるな、怖がるな、落ち着いて慎重に逃げ道を探すんだ。焦れば焦るほど敵の思うつぼだ。それに、俺たちにも必ず勝機はある」
「なんでそんなこと言えんのよ…」
「さっき拾ったバッグは?」
「…これ?」

船原からバッグを受けとると、中をみる。
黒くて四角い端末が入っていた。

「何?」
「携帯トランスポンダだな。これなら電波妨害の中でも通信できる」
「た…助けが呼べるの?」
「ああ。だが残念ながら、バッテリーと…それにアンテナ素子がない」

船原はあからさまにがっかりしたような顔をするが、俺は考えていた。
やはり俺たちにも勝機はある。逆に考えれば、バッテリーとアンテナ素子さえあれば助けを呼べるということだ。
そしてあの旧式携帯電話を使うときは、多分今。
出来れば俺一人でやりたいが、成功率はかなり低い。プレーヤーもあわせたら三対一だ。分が悪すぎる。
俺はまだこんなところで死ぬわけにはいかない。それにもし俺が死んだら、その時点で狐狩りは終了だ。船原ゆきも間違いなく殺される。そうなっては意味がない。

「さっきの旧式の携帯電話、持ってるか」
「うん。もしかして…もう、使っちゃうの?」
「ああ。やつらの注意をそらす。あんたはここに隠れてろ」
「どうするつもり?」
「猟犬が二匹では勝ち目がない。せめて片方だけでも潰さないと、このまま囲まれておしまいだ。さっきの女の援護で一匹潰す」

俺が電話のプッシュボタンを押すと、3コールで暁に繋がった。

『もう使うの』
「ああ。お前の協力が必要だ」
『何をするの』
「猟犬をせめてどちらか一匹だけでも仕留めたい。時間稼ぎを手伝ってくれ」
『…具体的に』
「俺が持ってる武器は監視官権限の元で使用できるレベル2装備だ。ドミネーターは持ってないから、物理的に猟犬を破壊するしかない。俺が一体を破壊している間、例のプレーヤーともう一体の猟犬を俺のところへ来ないように対処してほしい」
『おじさまと狗をとめるってこと?』
「そうだ。できるか?」
『…できる』
「頼んだぞ」















「さぁ、本領発揮してくれよ狡噛慎也。君に"暁"は飼い殺せるかな」

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