「ふざけるな!納得のいく説明をしろ!」

いてもたってもいられず、オフィスから出た。
公安局は槙島聖護と東雲暁の捜査権を失った、と通達があった。槙島に関する事件の取り調べは厚生大臣が編成した特殊チームで行うという。
逮捕したのは俺達だ。なぜ公安局は捜査権まで剥奪されなければならない?
暁を一係で取り調べられない、というのはまだわかる。元執行官である彼女が在籍していた一係のメンバーによる取り調べは情がうつる可能性があるからと他の係に任せることはある。
やはり局長に何か裏があるのか?

『慎也くん』
「志恩か」

部屋に戻ると、デバイスにちょうど通信が入った。出ると、相手は情報分析の女神様だ。

『この前頼まれてた壊れた端末、今時間ちょっとあいたから解析してたんだけどさ』
「忙しいのに悪いな」
『本当よ、もう。貸し一つだからね』
「わかった。何か出たのか?」
『ビンゴよ。ただロックがかかっててね。ちょっと待って、今慎也くん部屋?』
「そうだが」
『パソコンに送るわ。自分でパスワードくらい解きなさいね』

通信が切れる。何なんだと怪訝に思いながら部屋のパソコンを起動すると、志恩から送られてきたデータがすぐに表示された。
が、突如スクリーンに巫女?の姿をした少女のイラストが表示される。アニメーション技術か何かも組み込まれているのだろう、その少女は画面の端から真ん中まで走ってくる。
するとそのイラストの横に吹き出しが出た。

『大好きな人の誕生日!8桁をいれて!』
「…」

大好きな人の誕生日?さすがに俺も一瞬硬直した。誰だよ、大好きな人って。そもそも誰が誰を大好きなんだ?知るかよ…。志恩が自分でパスワードくらい解きなさいと言った意味がなんとなくわかった。
だがもし、もしこの端末が暁のもので、彼女が仕掛けたものならばこれは…俺の誕生日…なのか?

「…」

内心どきどきしながらタブレットを打っていく。2084、0816。これで違ったら落ち込んでしばらく立ち直れないな、と思う。
一つ息を吐いてエンターキーを押すと、画面のイラストの少女の目がカッと見開かれた。間違えたのかと思ったら、読み込み中らしい。良かった…。

『認証完了しました〜』

イラストの少女が笑顔になると、アニメーションで再び絵が変換し、赤い扉の画像が表示される。
ほっとしてそのドアをクリックすると、膨大な量の情報が表示された。

「んだよ、これ…」

物理演算の痕跡が大量に出てくる。
そこでデスクトップに新しいアイコンが表示されているのに気付いた。演算式は延々と流れてくるが、そのアイコンだけはぽつんとそこにある。クリックすると演算式が消え、音声データファイルが再生された。

『えっと、これをみてるのは分析官か…執行官の狡噛慎也さん、だと思います』

おどおどとした少女の声が室内に響く。時折ザザザッと雑音が入るが、内容を聞き取るのには差し支えない。俺はそのまま再生して耳を傾けた。

『今このメッセージを貴方が聞いている時点で私がこの世にいるかどうかはわかりません。この音声もデータ予備領域に無理矢理入れ込んだので、見つけてもらえたかもわからない……でも、きっと誰かが聞いてくれてるって、信じてお話します』
「…」
『私は東雲暁のクローンです。彼女のクローンは量産されていて、全員で909人…いいえ、909体いました。みんな、死んじゃったけど』
「な…」
『私は今、槙島聖護のもとにいます。えっと、彼は、今後何か大きな事件を起こそうとしています。それが何かは、おしえてもらえないけれど…。でもきっと、近々暴動がおきます…だから、えっと、もしこれを聞いているのが一般の人なら、このデータを公安局の刑事課の人に送ってください。とっても大事なことだから』

槙島、と聞いて思わず息を飲んだ。
そういえば…ノナタワー突入の際、階下に向かった連中の中に女の子がいる、と志恩が言っていた。この声の主がそうなのかもしれない。
ファイルの日付を見ると、年が明ける前に録音されたものだった。時間軸があっている。

『それと、もし狡噛慎也さんという人がこれを聞いているなら、お伝えしたいことがあります』
「俺に…?」
『東雲暁は、死ぬかもしれません。私、言えなかった。だから貴方が助けてあげてください。おね…暁さんには、貴方しか頼れる人がいないんです』
「…」
『お願いします。もし…暁さんをみつけたら公安局で拘束するのではなく、刑事課の皆さんで保護してください。じゃないと、お姉ちゃん、ほんとに死んじゃう…』
















「今回の事件、目の付けどころはさすがというほかない。実際君のお仲間は真実に辿りついていたよ」

藤間が槙島に白い携帯端末を投げる。
その瞬間、彼のテーブルの手元にある水差しの水を槙島は眺めた。
少しだけ、水面がゆらゆらと揺れている。

「シビュラシステムはいわゆるPDPモデル。大量のスーパーコンピューターによる並列分散処理ということになっている。嘘ではないがそれは実態とは程遠い。ナレッジベースの活用と推論機能の実現は、ただ従来の演算の高速化によって実現したわけではない。それが可能だったシステムを並列化し、機械的に拡張することで膨大な処理能力を与えただけのことだったのさ。人体の脳の活動を統合し、思考力を拡張高速化するシステムは実はもう50年以上前から実用化されていた。ま、正式には13年前に東雲博士が完成させたんだがね。この技術を秘匿し、慎重に運用したからこそわが国は目下のところ地球上で唯一の法治国家として機能できている」

端末の映像をみて、槙島は眉をひそめた。
無数の脳が透明なケースに入れられてあちこちにアームで移動させられている様子だ。

「目下システムの構成員は247名。うち200名ほどが順番にセッションを組むことで、この国の全人口のサイコパスを常時監視し、判定し続けることが可能だ。結局のところ機械的なプログラムで判定できるのは、せいぜいが色相診断によるストレス計測までだ。より深遠な人間の本質を示す犯罪係数の特定には、もっと高度な思考力と判断力が要求される。それを実現し得るのが我々なんだよ」
「お笑いぐさだな…。人間のエゴに依存しない機械による公平な社会の運営。そう謳われていたからこそ民衆はシビュラシステムを受け入れてきたというのに…その実体が人間の脳の集合体である君たちによる恣意的なものだったのか?」

水差しに溜められた水は絶えず小刻みに揺れている。

「いいや、限りなく公平だとも。民衆を審判し、監督している我々はすでに人類を超越した存在だ。シビュラシステムの構成員たる第一の資格は従来の人類の規範に収まらないイレギュラーな人格の持ち主であることだ。いたずらに他者に共感することも情に流されることもなく、人間の行動を外側の観点から俯瞰し、裁定できる。そういう才能が望まれる。例えばこの僕や君や…東雲暁がそうであるように」
「ほう…」
「僕もね、サイコパスから犯罪係数が特定できない特殊な人間だ。おかげで随分と孤独な思いをしたものだ。そのようなシビュラの総意をしても計り知れないパーソナリティーは"免罪体質"と呼ばれている。凡百の市民とは一線を画す新たな思想と価値観の持ち主。そういう貴重な人材を見つけて取り込むことで、システムは常に思考の幅を拡張し知性体として新たな可能性を獲得してきた」
「そうか、公安局の手に落ちた君が処刑されることもなく姿を消したのは…」
「ああ。こうしてシビュラシステムの一員に加えられたのさ。初めは戸惑ったがね……すぐにその素晴らしさが理解できた。他者の脳と認識を共有し、理解力と判断力を拡張されることの全能感。神話に登場する預言者の気分だよ。何もかもが分かる。世界の全てを自分の支配下に感じる。人一人の肉体が獲得し得る快楽には限度がある。だが知性がもたらす快楽は無限だ。聖護君、君なら理解できるんじゃないか?」
「そうだな…想像に難くないところではある」
「僕も君もこの矛盾に満ちた世界で孤立し迫害されてきた。だがもうそれを嘆く必要はない。僕たちは共に運命として課された使命の崇高さを誇るべきなんだ。君もまた然るべき地位を手に入れるときが来たんだ」
「つまり、僕もまたシビュラシステムの一員になれ…と?」
「君の知性、深遠なる洞察力。それはシビュラシステムのさらなる進化のために、我々が求めてやまないものだ。強引な手段で君をシステムの一員に取り込むことはできなくはないが…。"意思に基づいた行動のみが価値を持つ"というのは君の言葉だったよね。君ならば僕の説明を理解した上で同意してくれると判断したんだ」

そこでまた槙島が口を開く。

「彼女達も自らの意思で組み込まれたのかい。シビュラシステムに」
「…さあ、僕はそこまでは知らないな」
「そうか。機械の部品に成り果てろというのもぞっとしない話だな」
「もちろん、これは君の固体としての自立性を損なうような要求ではない。現に僕はこうして今も藤間幸三郎としての自我を保っている。君はただ一言、"YES"と頷いてくれるだけでいい。ここにある設備だけで厚生省に向かう道すがら外科的な処置は完了する。槙島聖護という公の存在は肉体と共に消失するが、君は誰に知られることもなくこの世界を統べる支配者の一員となる」

藤間の言葉を鼻で笑うと槙島は端末を切って側に置き、本を再び手に取る。

「まるでバルニバービの医者だな」
「何だって?」
「スウィフトの"ガリヴァー旅行記"だよ。その第三編。ガリヴァーが空飛ぶ島ラピュータの後に訪問するのがバルニバービだ。バルニバービのある医者が対立した政治家を融和させる方法を思い付く。2人の脳を半分に切断して、再び繋ぎ合わせるという手術だ。これが成功すると節度のある調和の取れた思考が可能になるという。この世界を監視し、支配するために生まれてきたと自惚れている連中には、何よりも望ましい方法だとスウィフトは書いている」
「…聖護君は皮肉の天才だな」
「僕ではなく、スウィフトがね」

槙島は立ち上がり、側においてあった体組織を表示する機械を掴むと、禾生の頭に向かって思い切りぶつける。

「場所が分からないうちは抵抗しないと考えたんだろうが、相変わらず君は詰めが甘い」
「ううっ…!」
「さっきの"厚生省に向かう道すがら"という言葉。あれで移動中だと仄めかしてしまった」

ばきばき、と骨が折れる音が室内に響く。槙島は口許に笑みを浮かべて禾生の足を折ると、馬乗りになって身体を押さえつける。
槙島は先程の機械で、ひたすら禾生の頭部を殴り付けた。

「ここは公安局の中ではない。だから逃げられると僕は判断した」
「なぜだ?君なら理解できたはずだ。この全能の愉悦を…世界を統べる快感を…」
「さながら神の如く、かね?それはそれで良い気分になれるのかもしれないが、生憎審判やレフェリーは趣味じゃないんだ。そんな立場では試合を純粋に楽しめないからね。僕はね、この人生というゲームを心底愛しているんだよ。だからどこまでもプレーヤーとして参加し続けたい」
「…君が…慕う、暁…も…!」
「君が気安く暁の名前を呼ぶのは腹が立つ。彼女は僕の一部であって、君のものではないんだ。わかるかい?あの夜、君と同じサイボーグの身体を持つ彼女に遠回しに聞いたんだ。シビュラシステムに妹達の脳が使われていてその大部分を締めている、と。僕はひどく落胆した」
「な、ぜ」
「僕は確かに東雲暁が好きだよ。人としても、女としても…。君達は僕のお膳立てに妹達の脳を使ったのかもしれないけど、あんなのただのゴミクズさ。君はやはり何もわかっていないんだ」
「あ、…ぐ…やめ…」
「彼女は自らの意思を持っている。だから僕のもとから逃げようとした。それはそれでいい。ただ気に入らないのは、そんな崇高なる"意思"を持つ彼女を本人の許可なくシビュラシステムが蹂躙したことだ」
「や…やめ…やめろ…!」
「…神の意識を手に入れても、死ぬのは怖いか?」
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