『やあ、会いたかったよ』
「……」

私は今とても気分が悪い。
手は未だに手錠で拘束されたままだ。
それでもこの居心地の悪い椅子に座らされて、公安局局長である禾生と画面越しに向き合っていた。

槙島と私は逮捕され身柄を拘束されているため、今は公安局の拘置所の中にいるのだ。
だが、どういうわけか彼女と私は今向かい合って話す羽目になっている。

『早朝に呼びつけてすまない。…君と話がしたくてね』
「奇遇ね、私も貴方にいろいろと聞きたいことがある」
『なるほど』

禾生は眼鏡を押し上げると、足を緩やかに組んで瞬きした。
わざわざ面会して話をしないのは、どこか外に出ているからか?

『私は寛容だからね…君の話から聞こう』
「貴方は藤間幸三郎なの?」
『…プロトが喋ったのか。勝手に出歩くなとあれほど言っていたのに』

目の前の禾生は俯くと、じっと手もとを見つめた。それだけで私は肯定ととる。

「あの子は槙島が破壊した。…あれは一体どういうことなの、人の身体ではなかったわよ」
『まぁ、当事者である君が何も知らないのもおかしな話だものね。…ただし、恨むなら母親を恨みなよ?』

母親?どうしてここでお母さんが出てくるのよ…?
手を握りしめて目の前の禾生…いや、藤間幸三郎を睨み付ける。

『君は聖護くんに何と説明されたか知らないが、その様子だと909人の妹については知っているんだよねぇ?』
「…ええ」
『サイボーグ開発の名目のもと、君のクローンは量産されたということになっているが、それにはまだ裏がある。…プロトはどこまで話したのかな?』
「……」
『まぁいいや。一から話そう。…単刀直入に言うと、君は─────』














「私たち…勝ったと言えるんでしょうか?」
「刑事の仕事は基本的に対症療法だ。被害者が出てから捜査が始まる。そういう意味じゃ、はなから負けている。だが負け試合をせめて引き分けで終わらせることはできた。それだけで良しとするしかない」

事件が収拾を見せて数時間、医務室には俺と常守の二人と、メディカルケア専門のドローンしかいない。
槙島と暁は逮捕された。逮捕したのは常守だ。

「結局シビュラシステムの安全神話って何だったんでしょうか…」
「安全完璧な社会なんてただの幻想だ。俺たちが暮らしているのは今でも危険社会なんだ」
「危険?」
「便利だが危険なものに頼った社会 のことさ。俺たちは政府によってリスクを背負わされていた。しかしそれが巧妙に分散され分配されていたので誰も気付けなかった。いや…気付いても気付かなかったことにした。誰もが目をそらしていたのかもしれない…。危険がそこに確かに存在するが故に、逆に存在しないものとして扱わないと正気が保てなかった」
「この街の市民はそこまで器用だったでしょうか?私も含めて…」
「俺は多種多様な人間をひとくくりにしたような話し方はあんまり好きじゃないんだが、ここはあえて大雑把にいこう。人間は器用なものだと思う。自分の責任を回避する努力を無意識に行うことができる。…余計な話だったな。俺も浮足立っているのかもしれない」
「えっ?」
「槙島聖護をどう裁くか、問題はこれからだ。こいつはドミネーターをぶっ放すより遥かに難しくて厄介な仕事だ。…だが逃がすわけにはいかない。やつが罪を犯したことは厳然たる事実だ」

俺がワイシャツに袖を通すと、常守は少し気まずそうな顔をして俯いた。それだけでこいつが何を考えているのかわかる。
暁のことだ。

「常守監視官」
「は、はい」
「暁のことは許さなくていい」
「…え」
「そのことについては俺もあいつを許す気はない。…ただ、あいつは俺達を裏切ったわけじゃない。それだけはわかっていてほしい」

驚いた顔のまま彼女は硬直していた。腕がまだ痛むが、どうにかボタンをとめ終える。

「あいつはお前の友達を見殺しにしたんだろ」
「でも…わからないんです。…暁さん、槙島がゆきを殺そうとしたとき、槙島の頭を拳銃で撃とうとしてました。本気で槙島を殺そうとしたんです…ゆきを助けるために」
「…!」
「でも、数センチずれて槙島を殺すにはいたりませんでした。あれは人を殺す目だった…。でも彼女は人を殺していません。なんにも悪いことはしていないんです。…だから、余計にわからないんです。暁さんはどうして槙島と共に行動をしていたのか。何が目的なのか。それに、あの彼女のサイコパス…もしあれが本当の数値なら、公安局は16年も無実の罪で彼女の人権を侵害していたことになります」

それはずっと俺も疑問に思っていたことだ。彼女はそもそも脱走するような人間ではない。
いつもの彼女なら例えどんなに誘われても、ついていくなんてことは有り得なかった。それが易々とついていってしまった。彼女の中で何らかの変化があったとしか考えられない。
サイコパスの数値も、外に出た瞬間に好転していた。常守の言う通り、辻褄のあわないことばかりなのだ。

「取り調べをするしかないな。…俺にやらせてくれないか」
「…いいですけど…局長からの通達がないため、まだなんとも…」
「ああ、わかってる。しかし…残った心配は縢のバカヤローのことだ。俺たちと別れて地下へ向かってなぜそこで連絡が途絶えた?」













「久しぶりだね聖護君。変わりないようで何よりだ」

目覚めは悪くない。だが槙島聖護はすぐに違和感を感じた。ここはどこだ?暁もいない。
槙島が眠っていた簡易ベッドから身を起こすと、椅子に女が座っていた。

「公安局局長禾生さん…だったかな…?面識はないと思うが」
「まあ、この3年で僕は随分と様変わりしたからね。…早速だが君に謝らねばならないことがある」

禾生はそう言うと、懐から取り出した赤い背表紙の本を起き上がった槙島に手渡した。
そこで槙島は目を見張る。この本は、もう返ってくるはずのない本だった。

「以前君に借りていた本なんだが、色々と身辺がごたついたせいで紛失してしまってね。同じものを探すのに苦労したよ」
「驚いたな…。君は藤間幸三郎なのか?」
「…懐かしいな…あれからもう3年になるか」
「僕は君が公安の手に落ちたと聞いて心底残念に思ったものだ。しかしその顔は整形…いや違うな、体格からして別人だ」

禾生は眼鏡を押し上げると、備え付けの机にもたれて笑みを浮かべた。

「全身のサイボーグ化はお友達の泉宮寺豊久も実現していたよね?だがここまで完璧な義体化技術は民間には公開されていない。生身の人間とまったく見分けがつかないだろ?これも東雲暁の恩恵の副産物さ。開発は大変だったらしいね」

禾生が瞼を押し広げて眼球を見せるが、普通の人間のそれとは変わらない。

「君の知っている藤間幸三郎は脳だけしか残っていない」
「どういうことなんだ?あれだけ世間を騒がせた連続猟奇殺人犯が公安局のトップだと?…冗談にも程がある」
「厳密には違う。禾生壌宗は僕1人ではないし、僕もまた常に禾生壌宗というわけではない。"僕ら"の脳は簡単に交換できるようユニット化されていてね。いつも持ち回りでこの体を使っているんだ。まあ日頃の業務の息抜きも兼ねてね」
「"僕ら"だと?まさか…」
「察しがいいな。僕はあくまで代表だ。君と旧知の間柄ということでこの場を任されたにすぎない。普段は"彼女達"がこの身体の取り合いをしているんだ。姿を人目にさらしたことはないけれど、僕たち名前だけならそれなりに有名だよ。…君だって知ってるはずだ。世間では僕らのことを」

禾生は椅子に再び腰かけると、目を見開いて笑う。

「"シビュラシステム"と呼んでいる」













『まぁいいや。一から話そう。…単刀直入に言うと、君はシビュラシステムなんだ。君がシビュラシステムなんだ』
「…は…?」
『東雲博士……君のお母さんが君を使って完全に完成させたのが、シビュラシステムだ』
「…何を…私のお母さんは…普通の主婦で…」
『もう気づいているだろう。いい加減思い出してもいいんじゃないかな、10歳のときのこと』
「え…?」
『シビュラシステムは人間の脳によって構成されている。247名ある脳の内246名の脳が、今は君のクローンのものなんだ』

ごくり、と口内の唾液を飲み込む。

「…やっぱり」
『気づいていたか』
「…え…ええ。そして、シビュラシステムの壊し方もわかったわ」
『…?!』
「…私ね、今最高に気分が悪い。最悪よ、あんたらのせいで私の人生台無しじゃない。どう責任とってくれるわけ」
『恨むなら母親を恨めと、』
「…プロトは私がシビュラシステムの核だと言っていた。なのに私の脳はシビュラには使えないって。本当かな。使えないんじゃなくて、使わないだけなんじゃないの?使ったら何かバグが起きるから…ねえ、貴方はそれを知っていたの?」
『…』
「聞いてないって顔だね。そっか、そういうことか……つくづくくそったれな世界だな…。貴方は、プロトが壊されたから次のスペアには槙島か私が適任だと思ってた。だから貴方も今回の事件には少し躍起になっていた。…あの子が、貴方をバカにしていた意味が今ようやくわかった」
『なんだと?』
「…だからね、迷い犬はお家に帰れないのよ。私はあんなお家、ごめんだもん」
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