※後半に17話「鉄の腸」のネタバレがあります。




私がこの施設に来てもう一年経った。今日は私の施設生活のファーストアニバーサリーであり、私の11回目のバースデーでもある。そんなの何もおめでたくないし、どうでもいいけど。因みに何故そんなに英語を使うのかというと、最近英語の勉強をし始めたからだったり。

1年経って少しサイコパスも落ち着いてきたから、私にはある程度他の子供達と遊んでもいいという許可が出るようになった。別にそんな許可が出ても何も嬉しくなかった。というのも、これはただの実験に過ぎないからだ。
犯罪係数の高い子供達同士を遊ばせるとどうなるのか。一般的な子供達とどのような違いがあるのか。どうせこんなところだろう。癪だが、私には抗う理由もない。

ここで自由に過ごしてね、と健康診断のときにやってくる優しい先生の声がドローンから聞こえた。
俗にいうプレイルームというものだろう。真っ白な壁に真っ白な床の広いその部屋では、私より小さな子や私と同じくらいの年の子まで、いろんな子が集められていた。こんなにいたとは知らなかった。
さて、どうしようかと私が立ち尽くしていると、ついさっき私と同じように連れられてきたらしい男の子と目があった。彼も彼でどうしていいかわからずに立ち尽くしているらしい。その彼が私に声をかけてきた。

「ねえ、なんなのかな、これ」
「…遊び部屋?」

床に並べられた積木や玩具を手に静かに遊んでいる幼稚園児くらいの子もいる。
だが彼は全くと言っていいほどそれらの玩具に興味を示さなかった。その代わり、手に持っていたカメレオンのぬいぐるみだけは大事そうにしていた。

「あんた、いつからここに?」
「ちょうど1年前からだよ」
「へー…じゃ、俺のほうがセンパイじゃん」
「君は?」
「2年前。5歳のときだからなー」
「5歳で…」

色んな子がいるもんだ、と納得した。この子は今7歳のくせにすごく大人びている。傍らで遊ぶ子供達を目の敵にする程度には。

「俺、縢秀星。あんたは」
「東雲、暁」
「ふーん。よろしく、暁」
「うん」

秀星くんはぺたぺたと床を歩くと、ちょこんと壁にもたれて座った。私も相手がいないので、彼の横に腰掛ける。

「…じっけんどーぶつみたいだよな」
「…難しい言葉知ってるのね」
「年上ぶってんじゃねーよ」
「うわ、生意気」

たしかに彼のほうがこの施設はセンパイだろうけど、年齢的なことを考えると私を敬った方がいいんじゃないの。だって私11歳だよ?二桁だよ?お前まだ一桁だろ?
不満が沸々とわき出るが、秀星くんはそ知らぬ顔で周りの子供達を眺めていた。

「…ずっと、こうやって俺たち生きてくのかな」
「どうだろうね。…まあこの年で弾かれちゃったんだから、コウセイとか無理なんじゃない」
「……」

私がぼんやりと呟くと、秀星くんは黙ってしまった。しまった、7歳に対して言い過ぎた…。
秀星くんの顔を覗き込むと、彼は「だよなー」と笑った。その瞬間、彼の明るい色の前髪がぱさりと顔にかかる。退けてやるとありがと、とまた微笑んだ。

「…あ、待って」

そういえば。検査着のポケットをごそごそやると、プラスチックの小箱に青水色のピンがたくさん入っているのが見えた。

「髪の毛切ってもらいなよー?それまでこれ、あげる」

といっても、先生に頼んで買ってきてもらったものだから、他人にプレゼントできるようなものではないのだけれど。もっとかわいいデザインの買ってよ!って頼んだのに先生はこれしかくれなかった。
その青いピンで秀星くんの前髪を止めて上げると、何故か彼は顔を真っ赤にして俯いた。これで目には入らないけれど、どうしたんだろう。嫌だったのだろうか?

「…ごめん、いやだった?」

そう言うと彼はぶんぶんと首を横に振った。どうしたのかな。

「あり、がと」

不思議に思っていると、秀星くんは真っ赤な顔のまま私にお礼を告げた。どういたしまして、と言うと彼は気まずそうにまた子供達を眺める。

「そうだ、これあげる。どーせ私使わないし、ピンってすぐダメになるのよ」
「いーの?」
「いいよ」
「ありがと…」

秀星くんにプラスチックの小箱を握らせると、彼は少し嬉しそうな顔をしてそれを眺めていた。たまに箱を揺らしてシャラシャラと揺れるピンを眺めている。
こんなので喜んでくれるなんて、男の子ってよくわからない。

そうこうしているうちに、またドローンから先生の声が聞こえた。実験は終わったからさっさと部屋にもどれ、ということらしい。私は秀星くんにばいばいと手を振った。彼も手を振り返してくれた。

「…なぁ、先生」
「どうかしましたか」
「俺、すきなひとできた」
「は?」















「執行官ー?」
「そう、適正があるって出たの」

適正適正ってなんなんだよ……またシビュラかよ。
公安局の連中から面会の希望が出されていたのだが面倒なんで断っていた。が、その希望者の枠に東雲暁という名前を発見してついに俺は折れた。

暁は俺と同じ、施設で育った人間だ。そんな彼女は今公安局にいる。執行官として働くことになった、と6年前聞いた。暁という女は俺より少し年が上の幼馴染みみたいなもんだ。初めて会ったのは7歳のとき。周りの子供とは明らかに違う雰囲気の彼女に興味がわいて、たしか俺から声をかけたはずだ。

「そんなにつんけんしないで、秀星。せっかく外に出れるんだよ?」
「やだね。猟犬みたいに人殺すんだろ?ごめんだよ」
「そう言わずに。…私も、秀星が来てくれると心強いんだけどな」

そこまで言われると俺も断りにくい。どうしようかと悩んでいると、面会用のガラスの向こう側、暁の後ろの壁にもたれてじっと俺を見ている眼鏡の男と視線があった。
何だっけ名前…名前…えっと…ギ、ギザノ?…なんかそんな感じの名前だった気がする。監視官だ。暁は執行官だから、俺と面会するときでもこうやって監視官に見張られなければならないらしい。
そもそもこういった内容の面会上では、本来執行官と話をするのはいけないことらしいが、俺が暁としか話さねえと無茶を言ったためこういう形式になったのだ。それに不服らしい眼鏡の監視官は、黙って俺と暁の面会の様子を見ていた。

「ちょうどうちの一係は人数不足でね、猫の手も借りたいくらいなんだ。忙しいし大変な仕事だけど、休日は監視官同行なら外にお出掛けもできるのよ?前秀星、買い物してみたいって言ってたでしょ、私も一緒に行きたいな〜」

一緒に買い物、とか。何だよそれ、暁とデート出来んじゃん。監視官いるけど。

「自分の部屋でなら好きなことをして構わない。趣味が持てるんだよ。例えば…料理とか、ゲームとかもある!室内でできることなら殆ど一般の人とも変わりないし。ね、どうかな?すごくいい話だと思わない?」

自分の部屋でなら好きなことをして構わない。それはなかなか魅力的な話だった。趣味を持てるというのは俺にしてみれば救いなのだ。

「し、しょうがねーなー…」

俺が渋々承諾すると、彼女はにこにこと笑顔で喜んだ。まあ暁にそこまで言われたらしゃーない。俺も罪な男だぜ…なんて思いながら改めて彼女を見る。なんか、昔の暁に戻ったみてぇだ。

暁は俺が8歳になった年に別の施設に預けられた。新しいセラピーの導入をするとかで、それまではよく手紙を交換していたのに、急に全く返事が来なくなった。あの時はよく「秀星は字が汚いからちゃんと練習しなきゃダメだよ」と書かれた文面を見て、お前も字間違ってるじゃねーかと内心つっこみながらも、ずっと彼女の心配ばかりしていたのを覚えている。

それから半年後、彼女はまた俺のいた施設に戻ってきた。だけど今までとは違い、人が変わったように大人しくなり、勉強ばかりしていた。彼女の口癖はいつも「私、執行官になるの」だった。暁は息をするようにずっと勉強をする。そうするのが当たり前であるかのように。
新しいセラピーは失敗したのだと囁かれていた。

それでも彼女になついていた俺はしばしば彼女に手紙を書いた。彼女も彼女で俺にまた返事をくれるようになった。「秀星、いい加減あんたも字の練習したら」と書かれた文面を見て、「お前もいい加減"練習"くらい書けるようになれよバカ」と返したのを覚えている。

「秀星、ありがとう!そう言ってくれて嬉しい!」
「べ、別に」
「宜野、承諾してくれたよ。悪い子じゃない、私が保証する」
「執行官の保証などアテになるものか」
「そういう言い方やめなよ」
「…あとの手続きはこちらで行う」
「良かった。秀星、料理なら私も教えてあげるよ。施設のごはんより100倍美味しいの」
「マジで?!」
「マジで!」













「何なんだ?こりゃ…」
「こいつがシビュラシステムの正体だ!この手でぶち壊すまでもねえ…!こいつを世間に公表すればこの国はおしまいだ。今度こそ本当の暴動が起きる。もう誰にも止められねえ!」

肩や脇腹を押さえながら、なんとか最下層まで来た。畜生、痛ぇ…終わったら先生に看てもらうかな。ここに到達するまでに槙島の仲間何人かとやりあったので、今の俺は結構満身創痍だ。
足を引きずりながらさっきの通信の声の主のところまで行くと、その男が端末で映像を撮りながら興奮気味に話す。その男の横には、暁が泣きながらシビュラシステムの正体を見ていた。だがいつもの暁とは違う。こんな幼かったっけ?そういや不良品とか言ってたな…暁のそっくりさん…か?
そんなことより、何だよこれ。…シビュラシステムの中枢って、これが?こんなもんに、俺の人生は全部決められてたのかよ…。

『対象の脅威判定が更新されました 執行モード リーサル・エリミネーター』

人の気配がして振り向くと、誰かがドミネーターを構えていた。銃口は、男の方へ向いている。

『慎重に照準を定め対象を排除してください』
「きょ…局長!?」

その瞬間、あの緑色が弾けて男を執行した。エリミネーターだから、バラバラになって即死だ。その直前に男が撃った弾を局長が被弾したらしく、服が所々破けている。
服…?いや違う、何だよこれ、なんなんだよ。

「…あんたは…!」

局長の破けた服の部分からは黒い鋼の身体がむき出しになっていた。ところどころ身体中にドミネーターと同じ緑色の光がこうこうと光っているのが見える。俺が戸惑っていると、さっきまで泣いていた女の子が俺を庇うようにして俺の前に飛び出した。

「藤間さん、やめてください……」
『犯罪係数0 執行対象ではありません トリガーをロックします』
「やめてください、藤間さん、お願い、やめて…みんなの前で…こんなの間違ってます…!」
『縢秀星執行官 任意執行対照です 執行モード ノンリーサル・パラライザー 落ち着いて対 し た が は ぎ ががががががががががががががが』

局長の持っているドミネーターの形が、デコンポーザーに切り替わる。そうして、俺は全てを理解した。理解してなおやっぱり多少腹は立つが、案外俺の人生も捨てたもんじゃなかったと思える。このクソみたいな世界で一係のみんなに出会えたこと。暁やコウちゃん、ギノさんやとっつぁん、くにっち、先生、それから朱ちゃん。みんな大好きな俺の仲間だ。
女の子は振り向くと、涙でびしょびしょになった顔で俺を見ていた。

「責任は、とります…」
「じゃ、二人で一緒に地獄巡りでもしてくれる?」

女の子は泣き顔で曖昧に笑った。

ドミネーターの光が一際大きくなる。巨大な光が俺の方へ向かってきた。いつもの癖でポケットに突っ込んでいたプラスチックのピンのケースが中身のピンと擦れてカシャカシャという音がした。
ああ、そっか。それでもやっぱりすげームカつくぜ。だから最期くらい悪態のひとつでもつかせてくれよ。

「やってらんねえよ、クソが…」


















施設の中でのエピソードは完全に捏造です
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -