「どうしたんですか?」
「こいつらも被害者だ」
「確かに犯罪に巻き込まれなければ市民の暴徒化なんて…」
「違う。ヘルメットの方だ」

何人か検挙し終えて、道端に転がっていたヘルメットを掴み取り眺めていると、常守と縢がこちらにやって来た。

「今やったように時間はかかるがいずれヘルメット着用者は全員狩り殺される。俺たちがやらなくても市民がリンチにかける。…さっきちょっと気になったんだ。ネット上のデマが攻撃的な方向に偏っている。これが槙島の情報操作の一環だとしたら…」

この暴動には最初から違和感があった。ヘルメットの連中はいずれ鎮圧される。それは槙島も最初からわかっていたはずだ。なら、この行為に何の意味があるのか。

「奴自身かそれとも奴の仲間か…。どちらかが凄腕のクラッカーなのはもうわかってる。そうじゃなきゃできない犯罪ばかりだった。今投降してヘルメットを脱いだ連中の顔を見てみろよ、ヘルメットがなけりゃ何の犯罪もできないクズどもだ。ある意味槙島の掌の上で踊っていただけさ」
「ちょい待ち!ってことは槙島の狙いは…」
「全てが奴の筋書き通りだったと仮定する。今俺達がやってることさえ奴の思うつぼだとしたら…。監視官、まず優先対象として鎮圧要請のあった暴動箇所は?」
「えっと…ここです」

車に乗り込むと、常守がすぐにデバイスを操作してこの付近のマップを表示させる。
予想通りだった。ノナタワーより少し離れた場所で暴動が起きている。ノナタワーには干渉しないように、まるで仕組まれたようなやり口だ。

「考えられるのは陽動だ。これが全て刑事課の人員を誘き寄せるためだけに予め暴動が激化するように仕組まれたポイントだとしたら…」
「あっ!これは…まさか」












「この5年間、俺はシビュラシステムの実態を掴むために血眼になってきました。首都圏各地に設置されたサーバーによる分散型並列処理。鉄壁のフォールトトレラントを実現した理想のシステム。それが厚生省のうたい文句です」

暗い夜の闇の中、グソンはバスを運転しながら楽しそうに話始めた。私は槙島の横に座り、彼の肩にもたれて静かにその話に耳を傾ける。
他の席に座っている体格のいい男達と、根暗な妹は黙っていた。彼らもこれからの作戦に必要な人材らしい。

「まあ実際、全国民のサイコパスを測定し分析するともなれば膨大な演算が必要になる。当然ネットワークを経由したグリッドコンピューティングでもしない限り追い付かない。ところがね、検証すればするほどデータの流れ方が明らかにおかしい。街中のスキャナー、公認カウンセリングAI、そしてドミネーター。一見グリッドを巡り巡っているかのように見えたデータが、実は全てたらい回しにされてるだけだった。そこでようやく気付いたんです。シビュラを巡る全ての通信が必ず一度は経由する中継点がただ一ヶ所だけ存在することに」
「そこには誰も知らないスタンドアローンのシステムが隠されていて、全てのシビュラの処理演算をその1機が賄っている…。そう考えると全て辻褄が合う」

私が口を挟むと、グソンは頷いた。パソコンや機械がそこまで得意ではない私でも彼の考えはわかる。そして私はそれを知っていた。だからグソンに教えた。

ドミネーターはシビュラが常時抱えている演算待ちのタスク全てに優先して、割り込み処理を要請できる。シビュラシステムによる演算の優先順位がかなり高いからだ。だから銃口を向けた途端、タイムラグなしで使用して相手のサイコパスを計測し、執行できる。
ここで私は入局当時首を傾げた。何故わざわざ割り込み処理が必要なのだろう。ドミネーターの演算専用のシステムツールを設置しておけば、割り込み処理が必要なくなる。そうすれば演算待ちのタスクに介入することなく、合理的に双方の演算処理が出来るはずだ。
だがそれは実現していない。それは多分、シビュラの根幹を担う何らかのシステムは分割できないもので、一つの場所に安置する他方法がないからだ。

「仰る通りで。まあ不可解なのはその性能ですよ。もし孤立したシステムだとすると、そいつは既存の技術では説明のつかないスループットを発揮していることになる。そもそも一ヶ所に集約している意味が分からない。保安上のリスクを考えればどう考えても危険過ぎる」
「シビュラのスループット能力が厚生省の隠したい秘密で、それは易々と分割できるような安全で倫理的なシロモノではないということ?」
「あるいはあえて危険を冒してまでその秘匿性を保ちたいのか」
「そういうこと。ここまで胡散臭いとなるとね、もう確かめなきゃ気が済まなくなりますよ。シビュラシステムの正体ってやつを…」

グソンがにやりと笑った。槙島が猫の毛を解くように私の頭を撫でる。

「そして君が確かめた問題の施設がここか」

窓の外を見ると、ライトに照らされた威圧感の塊のような私の古巣が顔を見せた。
ここに来るのは何日ぶりだろう。ここで過ごした日々と比べたら槙島と共にいた時間などほんの些細なものなのに、私は数年ぶりに親と対面でもするような気持ちになっていた。それだけ槙島が私に提示した世界は新鮮だったのかもしれない。こんな場所に10歳のときから私は収容されていたのに、施設で教育を受けていた頃よりも彼と過ごした日々の方が厚みを感じる。
でもそれも、狡噛と過ごした日々にはかなわないけどね。

「サイマティックスキャンで収集されたあらゆるデータの中継点。おまけにこのエリアの消費電力、明らかに偽装されてる形跡があります。ほぼ間違いなくシビュラシステムはこの厚生省ノナタワーの中にある」
「さあそれでは諸君、ひとつ暴き出してやろうじゃないか。偉大なる神託の巫女の腸を…!」















「本当にサイボーグ開発のためだけに、君のクローンが909体も量産されたと思う?」
「君は怒るかな。それとも悲しむのかな。でもね、たとえどんな選択をしたとしても、君の未来は何も変わらないよ」
「君には僕らを、壊せない」















「このタワー内で特に電力消費が激しいのは…2カ所ですね。最上階付近と地下」
「どっちが本命かな?」
「屋上近辺は電波塔ですからね。そりゃ大量の電力消費も当然ですよ。ところが下の施設はここからでさえ詳細がつかめない」
「案内表示では地下4階までしかないみたいだけど?」

ノナタワーのシステム管理室に侵入した私達は、グソンが操作する画面を眺めていた。
巨大なノナタワーのフォルムが浮かび上がったその図面からは、最上階と最深部から巨大な電力が同心円上に放出されているのが見てとれる。

「それがね、設計当初の図面だと地下20階まであるんですよ。こいつは胡散臭い」
「ねえ、その前に研究室のラボは?図面に書いてないの?」
「記載はありませんが、恐らく最上階でしょう。あそこは人が来ないし、カモフラージュに最適です。立ち入り禁止にしていても、業者に成り済ませば簡単に管理できる。地下はおそらく"シビュラシステム"で手一杯でしょうし」

なるほど。確かに一理ある。
グソンがニヤリと笑うと、彼の端末から電子音が聞こえた。

「どうしたの?」
「もうこっちに公安局の車が向かってます」
「きっと狡噛慎也だろう。驚かないよ」

槙島は嬉しそうに微笑むと、管理室の巨大なガラス窓からホログラムで彩られた街を眺める。
狡噛が、もう私たちの動向に気づいている。すごい。やっぱり狡噛は昔からすごい。

「二手に分かれよう。僕と暁は上、小生意気な妹と君は下だ」
「いいんですか?この場合本命は…」
「狡噛は僕と暁を狙ってくるだろう。それに、君の予想だと最上階にラボがあるんだろ?ならば陽動も兼ねて僕らが上に行った方が合理的だ。そう思わないかい」

槙島に同意を求められたので、私も静かに頷いた。

「チェ・グソン、君の働きに期待してるよ」
「分かりました、お任せを」
「さて、パーティーもいよいよ大詰めか」













「当たりだ、槙島聖護。厚生省ノナタワーに何が目的だ!」
「通報装置が遮断されています!」

ノナタワーの入り口エントランスにつくと案の定警備ドローンは破壊されており、中は無人だった。

「おい、志恩!」
『そっちはどう?』
「これから修羅場だ。公安局からノナタワーの監視カメラをチェックできるか?」
『厚生省は一応上位組織なのよ?』
「できないのか?」

俺が苛立ちながら志恩に促すと、ひどくめんどくさそうな顔をされた。こっちは一刻を争うんだ。さっさとしてくれ。

『裏口使っていいならできるけど、後で責任問題とかになったりしたらヤダなぁ…』
「っ…分かりました!責任は全て私が取ります!」
『今の言葉、記録しちゃったもんね。OK、裏口の鍵を使っちゃいましょう』
「次はギノに連絡だ、監視官」

常守がギノに報告をしている間、エントランスを見渡す。警備ドローンはすべて電動ノコギリのようなもので破壊されたらしく、機械丸ごと刃物で切り刻んだ跡がある。これはもう使い物にならないな。データ丸ごとぶっ飛ばしたらしい。
やってくれるぜ。

『間違いないんだな?』
「槙島かどうかは現在志恩さんが追跡中ですが、ノナタワーに武装集団が侵入したことは疑いようのない事実です。タワーは攻撃を受け電子的、通信的にも孤立しています!エントランスを突破した状況を見ても、ここの警備システムでは凌ぎきれません」
『分かった…常守監視官、あと聞こえてるか?狡噛と縢!』
「へーい!」
『暴動はまだ続いている以上、タワーの方は俺たち一係で対応する。いいか、もしも本当に槙島がいたら…』
「…ギノ?」
『逮捕しろ。尋問の必要がある。必ず生きたまま捕まえるんだ』
「努力してみる」
『努力するのは当然だろ!重要なのは結果だ!』

苛立つように言い放つギノに顔をしかめた。逮捕だと?
槙島は殺して当然の人間だろうが。佐々山があいつに殺された。暁も、あいつに惑わされている。助けてやらないと。

「どうしました?」
「いや…ちょっとな」
「ギノさんたちの到着待ちます?」
「冗談よせよ」
「ですよね〜」
「でも、このタワーは3人で探索するには大き過ぎます」
「大丈夫、俺たちにはすご腕の分析官が付いてる。情報分析の女神さまが」
『ねぇねぇ、それって私のことでしょ?』
「そうかもな。…首尾は?」
『ノナタワーの全監視カメラを公安局ラボで制御中。敵は現在二手に分かれてる。上に5人、下に5人』
「槙島は?」
『上。さっき最上階のエレベーターを降りたところ。っていうか何なのよこれ、暁も一緒にいるんだけど?』
「暁さんが?!そんな、彼女は医務施設で療養中なのでは?」
「やっぱり…」

あの医務施設の女は暁のクローンだったのか。これには志恩も驚いたらしく、困ったような声が聞こえる。

「最上階だな?官庁フロアではなく?」
『ええ、アンテナ区画に直行よ。電波ジャックでもしようってのかしら』
「標的は厚生省じゃ…ない?」
「下に向かったのはどんな連中だ?」
『それが…地下4階まで降りたところで行方が分からないのよね。そっからメンテナンスハッチくぐって共同溝にでも入ったのかな?ああ、そういやこっちにも一人女の子がいたわよ』
「何それ?気になるね」
「行くぞ監視官!槙島を追う!」
「でも、下は?」

俺がエスカレーターに乗ると、縢が笑って常守を見た。

「俺が行くよ」
「だけどそれじゃ1対5に…」
「そっちだって2対5っしょ。 むしろ槙島と暁の2人がいる分、上の方がヤバいんじゃないの?暁って化け物並みに強いの知ってるだろ、朱ちゃん。あれメスゴリラだよ?コウちゃんしか勝てないって」
「メスゴリラって……」
「朱ちゃーん」
「…分かりました!」

常守は頷くと、ドミネーターを構えてエスカレーターに乗る。縢はそのまま地下へ向かう別フロアに駆けていく。

「縢、無茶だけはするな!」
「コウちゃんにだけは言われたかねぇよー!」

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