「…いらっしゃい」
「悪いな」
「別にいい。呼んだのは私ですし」

明けましておめでとう、今年もよろしく。
飽きもせずに毎年毎年、同じ挨拶を同じように繰り返す。
かくいう俺もそんな人間の一人だ。

正月なので実家に帰っても良かったのだが、31日に緊急で監視官の仕事が入ったため、断念した。帰ろうと思えば帰れたのだが、母親もあまり無茶するなと言ってくれたので帰省は明日に延期することにしたのだ。

おせち料理なんて作るのも面倒なので雑煮だけ食って朝からぼんやりと正月番組を見ていたのだが、突然名前からメールが来た。

『今日暇ですか』

なんとも簡素なメールの文面だった。明けましておめでとうございますくらい言えよと思うが、彼女らしいといえば彼女らしい。
彼女は俺の同僚で、部下でもある執行官だ。
俺と同じ年に入局したが、向こうは二歳年下だ。飛び級で執行官になったある種の天才。
そして俺が仄かに想いを寄せてる相手でもある。…叶わない恋だけどな。

しかし彼女からこういうメールが来るのは珍しい。メールのやり取りも面倒なので、電話をかけることにした。

『もしもし』
「ああ、メール見た。どうした?何か用か?」
『…明けましておめでとうくらい言ったらどうですか』
「お前がそれを言うのかよ」
『それもそうですね。…今ご実家ですか』
「いや」
『おせち料理食べましたか』

おせち料理?

『作りすぎたんです。征陸さんや志恩や佐々山さんにもお裾分けしたんですけど、それでも余って』
「…それで?」
『お家で一人で正月番組を見てるなら、一緒におせちを食べませんかというお誘いです』
「お前…よくわかったな」
『勘です』
「…すぐ行く」

そして冒頭に至る。
公安局は基本的に正月だろうとなんだろうと開いているので、パスさえあれば執行官の宿舎に入るのは可能だ。

「どうせお雑煮しか食べてないんでしょう」
「お前エスパーか?」
「そうかもしれません」

綺麗に重箱に詰められたおせち料理に感心しながら、らしくない冗談を言う彼女を盗み見た。
相変わらず無表情だが、初めて会ったときよりは少し表情筋が緩くなったような気もする。

「嫌いなものは?」
「…ない」
「じゃあ、好きなだけどうぞ」

彼女の部屋に来るのは初めてではないが、今年は見慣れないものがあった。炬燵を出したらしい。随分人間らしくなったものだ。
独り暮らし用の小さなものだが、二人で座ってジャストサイズくらいだ。
俺の向かいに座った彼女はクワイをひとつ摘まむと、口に放り込む。

「…濃い」
「そうか?この黒豆は美味いぞ」
「良かった。初めて炊いてみたんです」
「料理上手くなったな」
「慎也さんが言ってくれたから」
「ああ、そういえば」

そうだったか。
当初は無趣味、無個性、無関心であった彼女を見て、これではダメだと感じた俺が料理をすすめたのだ。

彼女は仕事が終わると簡単な食事を済ませ、シャワーを浴びてすぐに寝る、という生活をしていた。
休みの日は無趣味のためやることがないので、身体を鍛えるか寝るかしかしていなかったらしい。
とても女の生活とは思えないし、これではいくら執行官とはいえ人としてよろしくない。

最初レシピ本を与えたときは無言で何か訴えかけてきたが、やらせてみると手先は意外に器用らしく自分でなんでも作るようになったのだ。

「慎也さんが言ってくれなかったら、私多分今日も朝から夜までずっと寝てた」
「…それはだめだな」
「だから感謝してる。ありがとう」

一瞬微笑むと、また無表情で今度は鯑をくわえていた。

「そうか。俺もこんな美味い飯にありつけるんだから、お前に料理させて良かったよ」
「褒めても何も出ないです」
「残念だ」

ドライな会話の中にも彼女の性格がちらちらと見え隠れしている。
もう次の瞬間にはごまめを咀嚼している彼女を見て、俺も自然と頬が緩んだ。

「このあと初詣でも行くか」
「…私も?」
「監視官権限だ。一人じゃつまらないからな。付き合え」
「…いいですけど。友達いないんですか」
「いるけどみんな実家に帰ってる」
「…ログ見られたら宜野座監視官にいろいろ言われますよ。また潜在犯と出掛けたのか!って」
「それは面倒だな…お前黙っとけよ」
「了解」

だが、どちらにせよ唐之杜か佐々山あたりがチクりそうだな。まぁそれならそれで仕方ない。











「…慎也さんは、神様信じてます?」

珍しく彼女から話題を振ってきた。
鼻先を赤くして五円玉を放り込んだ名前は、寒そうに縮こまりながら甘酒を飲んでいる。甘酒コーナーと出ているテントの下で、ベンチに並んで腰掛けた。

「どうだろうな」

あまりにも寒そうなのでカイロを握らせてやると、拾われた捨て犬見たいな顔をするのでこいつは憎めないのだ。

「日本人は好きですよね。八百万の神、だったかな」
「まぁみんな宗教イベント大好きな国だからな。クリスマスのあとに正月来るとかキリスト教徒にしてみたら意味不明だろ」
「…ほんとに」

何が可笑しかったのか、少し鼻を啜ると彼女は笑みを見せた。

「でも、本当に八百万も神様がいるなら、一柱くらい私に力を貸して、自由にしてくれてもいいのに」

人でごった返している境内の辺りを眺めながら、名前は独り言のように呟いた。
俺がはっとして彼女の顔を見るが、本人は相変わらず無表情だった。
寒さと甘酒のせいで頬が少し赤くなっているが、目は死んでいる。

「慎也さんは何お願いしましたか」
「…秘密だ」
「…ふーん」
「叶わない戯言だよ。お前と同じ」
「一般人に叶わない願いなんてないです。努力すればするほど、お願いに一歩近づける」

遠くを見るような目で、彼女はまた呟いた。

俺にはできて、彼女にはできないこと。
彼女はどれだけ努力しても公安局から逃げることは出来ない。出来ないとわかっていて、彼女は執行官になる道を選んだ。俺よりも二つも年下の彼女は、叶わない願いを諦める勇気を持っている。
そして、願いを叶えられる可能性のある一般人を応援する勇気を持っている。

「諦めちゃダメです。私には出来ないこと、貴方はたくさん出来る可能性と未来を持ってるんだから」
「…名前」
「しんみりしちゃいましたね。…もう行きましょうか」

甘酒のカップを回収用ドローンに返すと、彼女はすくっと立ち上がった。












「…今日はありがとうございました」
「ああ」
「潜在犯になって初めてまともな元日を過ごした気がします」
「それは良かったな」
「慎也さんは散々だったでしょう?」
「いや、楽しかった」
「…そうですか」
「じゃあな、早く寝ろよ」
「子供扱いしないでください」
「子供だろ」
「もう大人です」
「はいはい」

彼女を宿舎まで送ると、俺もすぐに帰宅することにした。今晩に荷物を纏めて、明日の朝一番に実家に帰ろう。交通網も多少は復活してるだろう。

「そうだ、それと」

彼女がとことこと走ってきて、がしっと俺の背中にしがみつく。
なんとか耐えると、彼女の楽しそうな細い声が背中から聞こえてきた。

「今年もよろしくお願いします、慎也さん」
「……」
「?」
「…ああ…よろしく、名前」















◎明けましておめでとうございますー
今年もjuvenileをよろしくでございますでおまんがな
ちなみにこれは狡噛と名前さんが入局して二年目のお正月の話という裏設定があったりします
このときはまだ狡噛に対して敬語なのだ

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