「あの主任の言ってた通りだと、常に一人だけ色相チェックが悪化しているやつがいて、そいつは例外なく 後に転属処分を受けているよな。ところがここ一年、配置換えはない」

八王子工場の会議室をワンルーム借り、私たち一係はブリーフィングを開いていた。
おいちゃんが主導になって話してくれるためわかりやすい。
前のスクリーンにはデバッガ全員のサイコパスの色相が表示されていた。

「死亡事件が起こるようになったのも一年前からよね、おいちゃん」
「あぁ。この一年ずっと同じ職員がいじめの対象になってるんだ。データで一目瞭然だな。他の連中はクリアカラーなのにサイコパスを濁らせてるやつが一人だけ」

おいちゃんが指でスクリーンをタップすると、その人物の詳細情報が表示された。
先ほど食堂で苛められていたデバッガだ。

「あっ!…金原祐治、色相判定イエローグリーン…」
「なるほど、それで黄緑野郎か。ここでは色相判定の結果が全員に公開されるらしいな」
「どうかしてる…」

朱ちゃんが忌々しげにスクリーンを睨む。
確かにここの工場の体制はおいそれと誉められたものではない。これが立証されても、役所はこの事実をひた隠しにして報道規制をかけるだろう。

「でも彼、最新の計測値だと色相が 好転してる。むしろ濁りがピークだったのは……」
「塩山の死の前日か」

私の言葉に狡噛が続くと、朱ちゃんは信じられないという表情をした。
弥生も秀星もある程度は予想していたので感情的にはならないけど、彼女はこの世界の真実をなかなか受け入れがたいタイプらしい。

「そんな…おかしいですよ。人を殺しておいて、サイコパスがむしろ好転するなんて……」
「金原以外の職員は、金原を痛めつけることでストレスを解消してるんだ。何も不思議なことじゃない。サイマティックスキャンなんてなかった時代には別段珍しい話じゃなかったんだぜ、こういうの」
「ふざけるな!」

おいちゃんが困ったように朱ちゃんに話すが、激昂したのは以外にも宜野だった。

「またお得意の刑事の勘か?そいつはただの妄想だ!貴様のような潜在犯がただの社会のクズにすぎないという証拠だ!状況証拠に基づいた臆測で行動はできない…!…俺たちの任務は、シビュラの判定した犯罪係数を基に社会の秩序を維持することだ!」

珍しく怒鳴り散らして大きな声を出した宜野に圧倒されたらしく、朱ちゃんは少し驚いたような顔をしている。
おいちゃんはやれやれという感じだし、こういうことはたまにあるので後のメンバーは別段反応はしない。

「一年に三人も死人が出るような秩序を…か?ギノ、 俺にやらせろ。金原がクロかどうなのかすぐにでも確証をつかんで…」
「黙れ!」

感情的になった宜野は、執行官・狡噛慎也の提案に乗るはずもなくキッと睨み付ける。

「宜野座さん、ちょっと…」

見かねた朱ちゃんが話があると宜野を会議室から連れ出すまでの間、妙な空気が流れていた。

「すまんな。空気を悪くしたか」
「別に、おいちゃんは何も悪くないよ。私もその考え方には賛成だし」
「そーそー。宜野さんも宜野さんだし、気にすることないっすよ」
「……」

おいちゃんは困ったように少し笑うと、ブリーフィング終了と判断したのかスクリーンを片付ける。

「金原が犯人なら、やはりドミネーターで執行するしかないな。ハッタリかまして俺を殺す気にさせるのはどうだ」

宜野に怒鳴られたにも関わらず、やり方を変える気は毛頭ない狡噛が腕を組んだ。

「いいんじゃない?どうせ殺すなら今までのと同じ手口使うだろうし、それで立証できるならやるしかない。問題は電波暗室よ。どうにかドミネーターを使えるようにしなきゃ」
「つーか、電波どうやって引っ張んの〜?ただでさえ入りづらいのに」
「…電波蓄電車の使用許可はおりてるわよ」
「じゃああとは通信ケーブルの長さの問題か。何メートル巻いてるっけ?」
「四つしか積んでないから、せいぜい200あったらいいとこかねぇ」
「んー…」

監視官はご機嫌ななめなようなので、執行官だけでとりあえずの作戦を練っていると、ドアが唐突に開いた。
朱ちゃんが、強い瞳で私たちをみていた。

「犯人が金原さんだという方向で考えてみましょう!私が許可します!」











「宜野座さんって征陸さんと何かあったんですか?」
「ハハハハッ!朱ちゃん、それ宜野さんの前で持ち出しちゃった?」
「地雷踏んだわよ、あなた」
「えっ?」

朱ちゃんの素朴な疑問に、その場にいた全員が苦笑した。
といっても、弥生は相変わらず無表情だし、狡噛は人の話を聞いていないし、おいちゃんと宜野は別行動で今ここにいないので、私と秀星だけだったりする。

「持ち合わせの通信ケーブルは200メートル分か。二階のエレベーターホールまで届かせるのが限度だな」

通信ケーブルを運んできた狡噛が、時間とマップを確認する。
朱ちゃんには作戦上、話をするだけと銘打ってはいるが狡噛のことだからぶっちゃけ何をするかは私にもわからない。こういう場合は現状にあわせよう、というのが執行官の間では暗黙の了解となっていた。

「そこまで金原を引っ張り出せる?」

車からおりて狡噛が運んだ通信ケーブルをドミネーターに繋ぎ、起動していないのを確認して、狡噛に向けてばんっ、と撃つふりをすると、彼は呆れたように目を伏せて一応頷いた。


「……やるだけはやってみよう」


そう言って建物内部に消えた朱ちゃんと狡噛の背中を見送ると、私たちも最終のシステムチェックに入る。

「上手くいくといいね〜」
「そうね」

通信ケーブルが絡まないように丁寧に巻いていると、丁度おいちゃんが戻ってきた。秀星はケーブルを巻いている私の横にしゃがんですりよってきた。猫みたいだ。

秀星と私はこのあと電波が繋がり次第ドミネーターを積んで、移動用ドローンに乗って二階のエレベーターホールまで行き、金原を執行しなければならない。
弥生とおいちゃんはここで待機してくれる予定だ。

「ん?」

ガキンッと何か硬いものがぶつかったような音が工場内部から聞こえてくる。

「奴さん、動き出したみたいっすねぇ。…コウちゃんもちっと時間稼いでくんないかな、ほんと」

やれやれといった様子で工場を見ると、またバタン!という硬いものがぶつかったような音がして、そろそろ行かないとヤバイという状況になってきた。

「おいちゃん、電波は?」
「まだだな。だが行きな、移動中には入るだろ」
「了解」

私と秀星が小型ドローンに乗り込むと、エンジンスピードマックスで走行させる。工場の内部は薄暗く、この時間は工場の設備そのものがほとんど機能していないらしい。

「もっと急いで秀星!間に合わなくなる!!」
「わかってるって!」

一階のホールを曲がったところまで行くと、もう既に金原がプログラムした暴走ドローンが降りてきているらしく、狡噛と朱ちゃんの姿が見えた。

その瞬間、オンラインになったドミネーターが青水色の光を携えながら静かに起動する。

『鎮圧執行システム オンライン
 ユーザー認証を開始します』

入った!

「狡噛!!」

目前までドローンが差し迫っていた狡噛に向かって私がドミネーターを投げると彼は見事キャッチし、そのまま金原に向かって銃口を向ける。

『ユーザー認証 狡噛慎也執行官』

私が移動用ドローンから飛び降りると、そのまま秀星がもう一体のドローンに突っ込み、アクセル全開のまま壁に押し付けてドローンの動きを止める。

『犯罪係数265 執行対象です』
「朱ちゃん、こっち!」

狡噛がパラライザーで金原を気絶させると、私はそばにいた朱ちゃんの手を引いて少し離れさせる。彼女は今ほぼ丸腰なのだ。

その数秒後、もう一体のドローンが狡噛を狙ってアームをのばす。

「狡噛さん!」
『対象の脅威判定が更新されました』

朱ちゃんの叫び声が聞こえているのかいないのか、狡噛はアームを軽やかなフットワークで避けて、ドミネーターに脅威判定を促した。横顔から見える犬歯が、彼をただの猟犬としていっそう強く印象付ける。

『執行モード デストロイ・デコンポーザー 対象を完全排除します』

もう一本のアームを狡噛が避けたところで、彼はドミネーターの銃口をドローンに向ける。その表情は心なしか獰猛に笑っているようにも見える。

『ご注意ください』

ドミネーターがコンパータしてモードが切り替わり、ドローンの中枢部分に大きな穴をあけて破壊した。

「おーい、コウちゃん!」

その間ずっともう一体のドローンを押さえつけていた秀星が、狡噛にこちらも排除しろと促す。

同じようにドミネーターがドローンに穴をあけると、秀星は間一髪自分が当たるのを回避してやれやれと頭をかいた。

「相変わらず痺れるわね。…ドミネーターの本気は」

床に転がっていた秀星に手を差し出してちらりと狡噛を見ると、獣のような目をしていた。

私の手を掴んでそのまま秀星は起き上がると、一件落着?と首を傾げるので私も曖昧に頷く。

その場にいた常守朱ただ一人が、戸惑いの表情を浮かべていた。

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