宜野から連絡を受けた私たち一係の執行官五名と監視官二名は、八王子のドローン製造工場に来ていた。
テスト中のドローンによって従業員の体がバラバラにされる事件が発生したのだ。

「やれやれ、お国の管轄下か」

目を細めながら、秀星は護送車から降りると伸びをした。あとの三人も各々護送車からおりると工場を見上げる。

事故か殺人かはまだわからないけど、どうも臭い。宜野の嫌いな刑事の勘で言えば殺人ぽい気もするし。
問題の工場で死傷者が出たのはこの一年間ですでに3人目だそうで、どうも人為的な何かが働いているような気がしてならない。

「ようこそ、刑事さん」
「現場を見せていただきます」
「もちろん案内しましょう」

胡散臭い笑顔で出迎えたこのドローン工場の責任者である郷田という男に、工場内を案内してもらうらしい。
どうもこの男の顔は気に入らないが、やるしかなさそうだ。











「ここでは組み上がったドローンの試運転を兼ねた安全点検を行っています。他の工程は全て機械任せですが、最終チェックだけは今も昔も人間の手でやるしかない」

そう言いつつ郷田が案内したのは、デバッガがドローンの点検作業をしているフロアだった。
ガラス越しにみても、確かに神経をすり減らしそうな仕事であるというのは理解できる。
となると、ここがつまり現場にあたるらしい。

「デバッガの方々にとってもかなり精神的に負担なのでは?」
「そうですね。実際ここは外と違ってストレスケアの手段が乏しい。ネットに接続できないので娯楽の手段も限られていますし」

宜野の質問に郷田は静かに頷いた。

「ってことは、ここオフラインなんですか?」

ネットに接続できないとはどういうことか私が問うと、またしても郷田は静かに頷く。

「ええ。回線そのものが設置されていませんし、この建物自体が電波暗室になっています。なので外部の通信網にアクセスする手段は一切ありません。ハッキング対策としては最も効率の高い保安体制です」

にこやかに答える郷田に、そうですかと私も頷いた。
まあ確かにドローンにハッキングなんかされて一般市民に事故でもあったら、国もたまったものじゃないだろう。
それにしてもよほど嫌だったのか、秀星が私の肩を掴んで苦笑した。 

「ぞっとするねぇ〜暁。 陸の孤島かよ」
「私もここで働くのはパス」
「死体はすでに初動でドローンが処理した後でして。こちらが記録だそうです」

郷田が示したディスクを読み込むと、朱ちゃんが息を飲む音が聞こえた。
郷田の言う通り、被害者は四肢をドローンによって引き千切られたらしく、ばらばらになった遺体が赤い血に紛れて生々しく転がっていた。
顔の表情は助けを懇願するようにも見える。ご愁傷様。
私たち執行官はこんな映像や現場にはなれているが、一般エリートの朱ちゃんには今まで無縁の世界だったのだからたまらないだろう。今も口元を手でおさえているが、吐く様子はないから放っておく。

「死体はドローンに生きたまま解剖された態か」

宜野が考え込むように様子を見ていると、秀星がすっげえ!と興奮したような声をあげた。
なに喜んでんのよ。

「被害者塩山さんは誰かに恨みを買うようなことは?」
「ありませんよ。優秀なスタッフでした。特にサイコパスにも問題なし。やはり事故ですよ」
「しかしこれで三人目となるとさすがに多過ぎやしませんかね」
「…先ほども申し上げたとおり危険の多い現場なのです。管理体制についての批判であれば承りますが、そちらはしかるべき筋を通してお願いしたいですね」

おいちゃんが鋭い目付きで問うと、郷田は少し嫌悪感を示すような顔をする。
こいつ本人がこの事件に一枚噛んでたらややこしそうだ。










「どう思う、狡噛」

宜野から案内図を見ながら工場内部を二人一組で調査しろとのご命令が出たので、私は狡噛と組んで三階の様子を見てまわっていた。
ちなみに宜野本人は中途報告のために一旦車に戻ったらしい。
別にいいけど。

「どう思う、って何が」
「事故か殺しか」
「殺しだろ」
「ですよねー!」

特に怪しいものも見つからないし単純に誰かがドローンに誤差動するようにプログラミングを組み込んで操作したんだろう。

「全体的に見るとデバッガのサイコパスの数値は安定してるって言ってたけど、それもなんか変なのよね」
「同意見だ。俺達はまだ常駐者全員の数値を詳しくは見ていないから何とも言えないが」
「それにあの工場長も妙に鼻につくし。あとさっきまで知らなかったんだけど、ここ経済省管轄の官営なんだって。余計なちょっかい出されて工場の生産効率を落としたくはないってことかな」
「役所は縄張りの利益を守ろうとするからな。だからこそ向こうは一刻も早く事故死で決着をつけたいんだろ」
「でも実際、ここのスキャナーは危険人物を検知してないでしょ?据え置きのスキャナーで計測できるのはせいぜい色相判定ぐらいだし」
「あぁ。サイマティックスキャンのデータを基に精神構造を割り出し職業適性や犯罪係数まで診断するとなると、シビュラシステムによる解析が必要になる」

非常階段の扉を開けて確認をする。
一通り見たが特に怪しい点はないし、そんな複雑なトリックやらがあるわけでもないらしい。

「でもここ、オフラインだからドミネーターも使えないよ。宜野どうするつもりなんだろ」
「そこが問題だな」

私たちのドミネーターはシビュラが常時抱えている演算待ちのタスク全てに優先して、割り込み処理を要請できる。
シビュラシステムによる演算の優先順位がかなり高いのだ。
だから銃口を向けた途端、タイムラグなしで使用して相手の心を丸裸にできる。
しかし、あらゆる電波が遮断されているこの工場施設の中では、シビュラシステムの支援が受けられない。
電波が無ければドミネーターは鉄くずも同然なのだ。

…ちなみに暴走したドローンは、本部に搬送を手配して志恩が分解解析を進めているらしいが、メモリーは予備を含めて吹っ飛んでいるらしいので、こちらもあまり期待出来そうにない。

「何か策はある?」
「一応はな。だが一先ず犯人の目星をつけるのが先だ。戻るぞ暁、宜野から召集がかかってる」











「こちらが施設内の全職員のサイコパスになります。定期診断の詳細値と、常設スキャナーによる色相判定の記録です」
「お預かりします」
「確認していただければ分かることですが、継続的に規定値を逸脱している職員は一人もいません。殺人を疑うにしてもまず容疑者がいませんよ」

郷田は頑なに事故死で進めていきたいらしく、宜野が渋い顔をする。

ここは工場長の事務室のような場所で、私と狡噛と弥生、そして宜野が郷田と話を進めていた。
朱ちゃんとおいちゃん、秀星の三人には一応すぐ使えるようにと車にドミネーターを取りに行かせたらしい。

「それはこちらのデータをシビュラシステムで分析してみるまで分かりません。相応の時間がかかります。だがより簡単に調べる方法もある」
「ほう。というと?」
「ドミネーターです。一度全ての職員を電波暗室の外に出し、こちらの機材でチェックさせてください」

ベタな宜野の発言にやれやれと息をつきそうになったが、監視カメラの様子を見て誤魔化す。
かなりの台数の監視カメラが取り付けられているらしく、モニターには様々な角度からの映像がかなり多く映し出されていた。

「しかしそれではこちらの業務に支障を来す」
「事は人命に関わる問題ですよ」
「塩山君の一件が殺人事件であるという証拠を提出してくだされば、もちろん当方も協力します。ですが現状、あれは事故と判断するしかない。こちらの業務を阻害してまで職員の取り調べを行うのであれば、まずは経済省を通して業務計画の変更手続きをお願いします」

やはり郷田も頑として動かない。これは少し面倒なことになりそうだ。










「それにしても、嫌な職場だよね。今日日ネットに接続できない環境で缶詰めの職務とは」

結局一日かかりそうだから夕食だけ先食っとけとおいちゃんに言われたので私と狡噛と秀星、そして朱ちゃんはこの工場の食堂にお邪魔していた。
まあ味は悪くないけど、なんかお味噌汁が恋しい。

「でもここの人たちのサイコパス色相、わりと安定してますよ」
「ハッ!どんな場所でも気晴らしの方法は…」
「いかがです?何か不審な点は見つかりましたか?」

秀星が朱ちゃんに何か言いかけたとき、郷田がまたにこやかに笑いながら私たちの前に現れた。
様子を見にきたらしい。

「いえ、頂いたデータからは、特に」

朱ちゃんが返事をした瞬間、背後から急に皿をひっくり返したような音と下品な男たちの笑い声が聞こえてきて思わず振り向く。

「よぉ〜黄緑野郎。今日もまた優雅に個室でランチかい?」

やはりそうかとは思っていたけど、一人のデバッガが他の数人に転けさせられてトレイを落としたらしい。
あわてて拾うが、また背中を蹴られて転ける。見ていてあまり気分のいいものではなかった。古来からある弱い者イジメというやつだ。

「何ですかあれは…ひどい…!」

朱ちゃんが眉をつり上げて郷田を睨むが、郷田は笑顔を絶やさない。

「ああ、あれはいいんです。放っておいて」
「は?」
「よくあることなんですよ。なにぶん娯楽の少ない環境ですからね、一人ああいう立場の人間が必要なんですよ」
「でもあの人は…」
「問題になるほどサイコパスが濁れば即座に配置換えを行います。言ったでしょう?メンタル管理には配慮していると」

郷田がそう言っている傍らで、また足をかけられたらしい男は声をあげて転倒する。
その都度沸き上がる笑い声に、私は苛立ちを通り越して冷静になっていた。

どこの世界も、腐っている場所はとことん腐りきっているのだ。
秀星は予想通りだったのか、気にする様子もなくプレートのメニューを平らげている。こいつも大概非常な人間だけど。狡噛は何も言わずに、じっと何か考えているようだった。

「彼は彼で役に立っている。ああいう役回りがふさわしいからこそ、シビュラにこの職場を勧められたんじゃないですかね」
「それを笑って見過ごせる貴方も、ここの責任者がお似合いってわけか。シビュラシステムさまさまですね」

私が出来るだけ皮肉を込めて綺麗な笑顔を作って郷田にこたえると、彼はうっと息を詰める。
やはり官営なんてろくでもない。

見かねた狡噛が、椅子から立ち上がると、転けて膝をついていたさっきの男に手を差し伸べていた。

「大丈夫か?」

すっ、すみません…と少し救われたような顔をして、男は狡噛を見ていた。
どうやら狡噛と私の考察は一致している可能性が高い。

朱ちゃんは私の発言と狡噛の行動にスッキリしたらしく、どや顔で郷田を見上げていた。

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