「ここが、東雲さんのお部屋ですか…!」
「そうそう。ま、誰も来ないから散らかってるけど、ゆっくりしていってよ」
「お、お邪魔します」

朱ちゃんが私の部屋にやって来たのは、彼女が一係配属になってから二週間後のこと。
どうにか和解した私たちは、お泊まり会を実施するまでの仲になっていた。

たまたま夜勤もなく、翌日も休みを貰えたので私の提案で朱ちゃんを私の部屋に連れてきたのだ。
私たち執行官は原則として仕事以外の場合は外出を禁止されているので、自由に外へ出ることが出来ない。
そのため、朱ちゃんがうちに来ることになったんだけど、良かったのだろうか。

「でもほんとに良いの?私たち潜在犯だから、一緒にいたら朱ちゃんも犯罪係数上がっちゃうよ?」
「心配ありません!メンタルケアやセラピーはしなくてももともと私は数値上がりにくいですし、日中皆さんと働いててもサイコパスはほとんど上昇しないんです」
「へー…メンタル美人ってことか。君みたいな人と結婚できる男は幸せなんだろうね」
「そ、そんな」

結婚だなんて!と顔を赤くする仕草も少女のようで可愛らしい。
とりあえずお湯を沸かすと、二人分のカップを用意する。適当に座るように言うと、いそいそと彼女はソファーの端に座った。

「いつもコーヒーだから、紅茶にする?それとも…あ、緑茶もあった」
「紅茶で大丈夫ですよ。…へー、ここが東雲さんの…」

きらきらとした瞳で辺りを見回す姿に、小さなこどものようなイメージを受けるが、彼女はそんな私の視線にも気付かず、紙媒体の雑誌読むの久しぶりですー!とか言いながら雑誌を広げていた。

「朱ちゃんは雑誌あんまり読まないの?」
「そうですね…学生のときは読んでたんですけど、今は仕事になれるのに必死であんまり…わぁ、東雲さん料理するんですか?」

リビングテーブルに置かれた料理雑誌を見て、朱ちゃんは美味しそう!と呟く。

「基本的に仕事以外のときは暇だからね。趣味は増える増える」

耐熱性ガラスのポットの中で温かい液体が少しずつ赤く色づくのを見ながら、お盆にカップと手軽なクッキーをのせてリビングテーブルに運ぶと、ありがとうございます、とまた彼女は微笑む。

「人の手で作ったものを頂くのって久しぶりかもしれない…」
「最近は何でもオートマチックの全自動だからね。個性があって美味しいわよ、人のつくったものは」

その代わり癖もあるけど。
朱ちゃんがそうですね、と微笑んだときだった。

「暁、お前俺のファイル間違えて持って帰っ…」

私しかいないと思ったのか、ノックもせずにTシャツにズボン、風呂上がりなのかまたバカみたいに鍛えてたのかは知らないが首にタオルをかけた緩い姿で狡噛は私の部屋に入ってきた。
リビングまで当然のように入ってきた狡噛に、朱ちゃんはギョッとした顔をしたし、狡噛本人はあれ?という感じだ。私は面白くて笑いを堪えるのに必死だったりする。

「なんであんたがここにいるんだ?」
「こ、狡噛さんこそ!乙女の部屋に無遠慮に立ち入るとは何事ですか!!」

珍しく狡噛に対して強く出た朱ちゃんが私を守るように狡噛から遠ざける。
もうそれもおかしくてちょっと笑ってしまった。

「ふふ……ごめ…狡噛…っ……ふふふふ」
「おい何笑ってんだ」
「ごめんごめん、あのさ、今日お泊まり会なんだよ。朱ちゃん泊まりに来てるの」
「そ、そうです、そうですよ!私はお泊まりに来てるんです!狡噛さん、ノックもせずに東雲さんの部屋に入るのは失礼ですよ」
「…」

狡噛はひどくめんどくさそうな顔をして私を見た。はやくコイツなんとかしろ、という表情だ。

「気にしないで、朱ちゃん。いつものことだから」
「いつものことっ………て、…あ!まさか、あの、すみません私お邪魔でしたか?!お二人がそういう…あの…関係であるとは知らなくて、」

何を勘違いしたのかは知らないが、私と狡噛がそういう関係にあると考えたらしい朱ちゃんは、お暇します、などと言い始めた。やばいめちゃくちゃ面白い。

「…あんたこの前俺が言ったこと聞いてなかったのか」
「へ?」
「俺はこいつのことをメスゴリラだと思ってる」
「狡噛まじぶっ殺す」

私を指差して失礼極まりないことを言うので、狡噛の人指し指を握り関節を外してやったが、すぐ戻された。

「狡噛さん……それはいくらなんでもひどいです…」
「「え」」

また何か勘違いを始めた朱ちゃんはキロッと狡噛を睨んだ。

「いくら自分の彼女だからって、そんな好き放題言うのはよくないです!東雲さんだって女性なんですよ!傷つきます!」

私はしばらく、床を転げ回って爆笑した。
狡噛は呆れたようにため息をついた。誤解がとけたのはその10分後である。










弥生「……10分後」










「つまりお二人は仲良しなお友達、ということですか?」
「…まあそういうことかな」

ようやく納得してくれた朱ちゃんに、少し嫌気がさしたかのように狡噛は勝手に私が入れた紅茶を飲み始めた。それお前のためにいれたやつじゃねーよというツッコミはもう胸のうちに仕舞っておく。

「だったら最初からそう言ってくれたら良かったのに…」
「あんたが勝手に変な想像して暴走したんだろ」

ちゃっかり私が出したクッキーを咀嚼しながら、狡噛はチクリと呟く。朱ちゃんはそれはそうですけど……と頬を膨らませた。

「じゃなくて、ファイルがどうとか言ってなかったっけ?」
「…そうだった」

私がおもむろに雑誌の下から青い表紙のファイルを取り出すと狡噛へ渡すと、彼は静かに受け取った。

「?」
「私と狡噛ってデスクが隣だからさ、間違えて私が狡噛のを持って帰っちゃったみたい。置きっぱなしにしてたし」
「そうだったんですか」

一通り満足したらしい狡噛は立ち上がると玄関の方へ歩いて行った。

「帰るの?」
「あぁ」
「そう。おやすみ」
「あ、狡噛さん、おやすみなさい」
「…おやすみ」

ばたんとドアが閉じる音がしたのを確認すると朱ちゃんがふう、と息を吐いた。

「狡噛さんも、おやすみとか言うんですね」
「んー…朱ちゃんが思ってるより、割と人間臭いよ、あいつ。挨拶とかちゃんとできるワンちゃんだからね」
「ワンちゃん……あの…こういうことはよくあるんですか?」

随分とプライバシー侵害してますけど、と彼女は不満気な顔をする。
まあ確かに部屋にいきなりノックもなしに狡噛が入ってきたら誰でもびっくりするか。

「そーね。朝は寝坊助な私のためにいつも一応起こしに来るよ。それはもう、昔からだけど」
「え」
「低血圧だから私朝弱くてさー。いつも遅刻するから、最初は狡噛が仕方なく来てくれてたんだけど、仲良くなったのはそれがきっかけかな」

みんな狡噛のことを怖がってるけど、実は結構良い奴だ。
私のことをメスゴリラ扱いすることだけは許せないが、それ以外は基本的に優しいしわかりやすいし。
逆に言えば刑事課一係の中ではおいちゃんの次くらいに常識はある人間だ。そもそも彼は私みたいな濁った人間ではない、優秀な人間だったのだから。

「なんか…すごいですね……」
「そうかな?」
「そういうの、男の人って何年も出来るものなんでしょうか?狡噛さんは…東雲さんのこと…」
「…んー、さぁね…」

狡噛が私を好きになるなんて天地がひっくり返っても有り得ないと思うけどなぁ。あの男も変わってるが私も大概変わってるし。
お互い変な奴、でもたまに良い奴、くらいにしか考えていないだろう。

「でも私、狡噛さんは、東雲さんのこと好きなんだと思います。例えそれはどんな形であっても」
「え、なんでよ」
「なんとなくです」

……なんとなくかい。

「刑事の勘ですよ」
「それ、宜野の前で使わない方がいいよ。あいつそういう根拠のない自信嫌ってるし人格破綻者扱いしてくるから」
「…そうなんですか」
「うん。そうだ、とりあえずお風呂入る?お湯いれなきゃ」
「そうですね」

お湯を沸かして部屋に戻ると、朱ちゃんはホロ・アバタースーツをいったん解いて、リラックスできる部屋着にチェンジしていた。

「ふーん、かわいい」
「えへへ。東雲さんはホロにあんまりデータ入れてないんですか?」
「うん。かわいいのはどうも慣れなくてね」
「たしかにクールビューティーって感じですもんね。普段着はどんなものを着てるんです?」

彼女は何の気なしに尋ねたのだろうけど、私は一瞬言葉に詰まった。

「あー…あんまり持ってないんだよねー…外出できないし」
「あ…すみません、私」

しまった、というような顔をする朱ちゃん。
いや、構わないんだけど、そうやって女の子独特の趣味を話すことなんてもう何年もなかったから(弥生は無口だから仕事以外で話すことはあまりないし)、妙に寂しくなったっていうか。

「あ、あの!それじゃあ明日一緒にお出かけしませんか?監視官同伴なら、執行官も外出届さえ出せば外には出られるはずです」
「…でも」
「行きましょうよ!折角ですし、この際かわいいお店とか行きましょうよ!私この前素敵なお店見つけたんです。きっと東雲さんも気に入ると思いますよ。ね、行きましょう東雲さん」

















半ば強制されて、外に連れられてきた私は、プライベートというのもあって外の世界を新鮮に感じた。

空って、こんなに広かったっけ。

「東雲さん、このうさぎちゃんかわいいですねぇ」

監視官・常守朱は宜野と違って私たち執行官に壁を作らない。執行官を人格破綻者として差別したりもしないし、するとしてもそれは立場上の区別というやつで、普段は普通に接してくれる。
それは嬉しいことだけど、彼女にとってほんとに良いことなのかはわからない。現に宜野はあまり快く思っていないし、執行官は原則として外出なんてするものでもないのだ。

「んー、この種類が今の流行りなの?」
「みたいですね。垂れ耳がやっぱりかわいい…!」

まあ本人が気に入ったならいいか。ペットショップに来ていたのだけど、私も動物は嫌いじゃないし、連れてきてくれてありがとう、とお礼を言うと彼女はどういたしまして、と微笑んだ。

「せっかくですし次はスイーツを食べましょう!美味しいケーキ屋さんがあるんです!」
「え、まだ行くの…」
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