今回の潜在犯は、女性をひとり誘拐してそのまま逃走中、ということだ。こうなると強烈なサイコハザードの懸念もあるから、早急に潜在犯をぶちのめさなきゃならなくなる。正直新人の扱い方なんて私はわからないのだけど、まあ状況に応じて対応していけばいいか。

なんてぼんやり考えながら背後をついてくる噂の新人監視官は、どうやら私にドミネーターの銃口を向けて犯罪係数を見ているようだった。

「142じゃなかった?」
「えっ、」

細く薄汚れた路地を縫うように進む。背後にいた常守朱は上擦った声で、びくりと肩を震わせた。気配でわかるよ、そんなの。

「犯罪係数。今朝みたら上がってたからさ。私も潜在犯なんだよ」

私が皮肉にも少し微笑むと、常守朱は信じられない、という顔をした。

「監視官の許可と同行がなければこうして外に出ることもできない。正直、最初は絶望した。私なんか10歳で潜在犯扱いだったし。もっと可哀想なのは5歳の秀星だけど」
「そうなんですか…」
「そんな暗い顔しないでよ、監視官殿。…可愛い顔が台無し」

私より少し小柄な常守朱の肩を優しく叩くと、困ったような顔をする。

「それにしても…理不尽な世の中ね。この仕事して現場にいるといつも考えちゃう」
「理不尽、ですか…」

辺りを注意深く見ながら、路地から出て浮浪者の生活区へ入る。
まだ誰からも連絡や情報が入らないところを見ると、潜在犯を見つけてはいないらしい。もう五分は経っただろうに、少しまずい。高い場所から探した方がいいかもしれないな。

「誰が何を想い、何を願うのか………人の心の全てが機械で見通せる時代だっていうのに、それでも誰かを憎んだり騙したり傷つけようとする連中はわんさかいるの。これが理不尽じゃなくてなんなんだろうね?」
「それは…」
「君が教わってきたことは全て理詰めのセオリーだ。それがどれだけ無意味なものか、すぐに思い知ることになる」

私が言い切ると同時に、通信が入る。宜野が先に行かせた秀星からだった。

『こちら、ハウンド5〜。KTビル四階で対象発見。どうします?』
『よし、そのまま目を離すな。ハウンド3と俺が包囲する』
『うん。でも、やっこさんのテンパリ具合だと、人質の子が限界っぽいですよ?俺一人で確保、いっちゃいます?』

不安気に私を見つめる常守朱。どうしよう、という顔だ。今回は宜野が指示出すから問題ないけど。
通信機からは女の喘ぎ声も聞こえてくる。あのオッサン人質強姦してんのかよ……やな現場だなぁなんて呑気に思いながら、常守朱の手を引く。

「KTビルの方に行こう。万が一逃げられたら、」
『くそ!パラライザーが効かねぇ!野郎、興奮剤か何か決めてやがる!!』

どうやら言ってるそばから秀星がヘマをしたらしい。

「秀星、どっち逃げた?!人質は?!」
『わっかんね!非常階段から逃げやがったから、とりあえずまだビルの中だ!!人質そのまま連れ去られてるし結構ヤられちゃってるけど生きてるよ!』
『ハウンド2、そのまま常守監視官とビルへ向かえ!俺もフォローに回る!』
「了解」

緊急事態になった。常守朱を連れて確保できるかちょっと不安だけど、まあやるしかないだろう。
私たちは今KTビルの隣の隣のビル五階にいたため、エレベーターを使って一階まで降りて周辺を当たることにした。人ひとり担いで逃げるのだから、まだそんなに遠くには行けないはずだ。

常守朱の顔色が悪いところを見るに、やはりこの仕事は向いてないように思う。最初は誰でもそういうものだけど、それ以前に彼女はシステムそのものに疑問を持ってるようだし。
エレベーターが一階に着き、ドアが開く。偶然にも、若い女を担いだ男が、路地向こうの私たちの目の前を通り過ぎていった。

「…いた」

私が走り出すと、慌てて背後から常守朱が付いてくる。

「止まりなさい!」

行き止まりのようになった地割れ部分に追い詰め、ドミネーターを構える。常守朱はまだ戸惑っているようだった。

『対象の脅威判定が更新されました 執行モード リーサル・エリミネーター』
「シビュラシステムの御託宣よ」

犯人は随分と精神が汚染されているらしく、犯罪係数の数値オーバーで、ドミネーターがエリミネーターモードに変形する。
ハッとしたように常守朱が青ざめる。

「ま、待ってください東雲さん!あの人、そんなことしたら、」
「死んじゃうって?でもこれはこの社会の正義。ドミネーター…いや、シビュラシステムが彼はこの社会にいらないと判断した。それだけのこと」
「そんな!」
「やめろ!!!銃をおろせ!!さもないとこの女を殺すぞ!!!」

私たちの会話を聞いていたのか、錯乱状態のターゲットは、人質の喉元にナイフをあてる。
これでは、たとえあの男を殺したとしても、反動で人質の女も死ぬ確立が高い。それは困る。始末書を書かされるのは面倒だ。

「銃を捨てろぉぉ!!!!」

聞く耳をもたないと言うように男は、目を剥いて絶叫する。
これは下手に動かない方がいいかと思い、指示通りドミネーターを地面におろす。常守朱もつられるように足元にドミネーターを置いた。

「置いたわよ。話を聞いてくれる?」
「それをこっちによこせ!」
「人の話聞けよ変態オヤジ…」

私が聞こえない程度の小声で悪態をつく。犯人は安心したのか、ナイフを人質から少しだけ遠ざけて、足元のドミネーターを渡すように指示してくる。
おいおい頼むから誰かそろそろ来てちょうだいよ。見えないとこにいるのかもだけど。狡噛とか何してんの、サボってたら今度デスクの中にエロ本入れといてやろう。いや彼に限ってサボるのはないか。

仕方なく、私の足元のドミネーターを犯人に向かって軽く足で蹴る。
その瞬間だった。
犯人がドミネーターに手を伸ばす。
私たちに向かって撃とうとするが、認証できないためソレはなんの反応も示さない。
混乱して腕の力が緩み、人質が犯人から離れた、その瞬間だった。

「ご愁傷様」

前方左側の物陰から突如飛び出してきた水色の閃光が、犯人に直撃する。
閃光は犯人の腕に命中し、体内の肉が内側から盛り上がったかと思うと、身体がぐちゃぐちゃに分解されて、内臓やら骨やらが剥き出しの、ただの肉片になった。滴る血が生々しい。人質の女が、ヒィ、と声を上げて後ずさる。

「ハウンド4、執行完了」

常守朱は驚愕と恐怖に目を見張り、私はというと呆れたように同類の猟犬を見る。

「可愛い新人とイイ女を囮に使うなんて、ほんと性格悪いね」
「いい女ってのは誰のことだ。もしお前のことを指すならやめとけ。俺はお前のことをメスゴリラだと思ってる」
「よぉし狡噛、私を怒らせたな!こっちこい一発ぶん殴る!」
「断る」

狡噛慎也は、物陰から姿を現すと、さして驚くでもなく肉片──かつては潜在犯であったモノと私、そして常守朱を順に見る。

「終わりか」
「まだよ」

肉片付近に転がっていたドミネーターを手に取り、人質の女に向ける。

『東雲暁執行官 認証しました 対象の脅威判定が更新されました 執行モード リーサル・エリミネーター』
「そんな!!!」

サイコハザードの懸念があるから一応見てみたら、やっぱりビンゴだった。常守朱が私の腕にしがみついてなんとか止めようとする。何をしてるのよ、この子は。

「彼女は混乱しているだけです!そんな乱暴な事しなくても!!」
「ドミネーターの判断よ。犯罪係数が上がってるの」
「待って!やめてください!!お願いします撃たないでください!東雲さん!やめて!」

私と常守朱がもみ合っているそのすきに女は地下の方へ逃げたらしく、気づいた狡噛が黙って後を追う。

「サイコハザードなら更生の余地もあるはずです!混乱してるだけなんですよ!!どうかわかってください!!!」
「…」

私の腕にしがみついて今にも泣きそうな常守朱を私は冷たい目でじっと見下ろした。

「やっぱり君全然向いてないよ、この仕事」
「っ…」

吐き捨てるように言うと彼女は一瞬目を見開いたが、足元に落ちていたドミネーターを抱えて先程の女と狡噛が降りていった地下道への階段を走って降りていく。
まだあの女を助けるつもりらしい。とんだ甘ちゃんだ。

「暁!遅くなった!」
「弥生!秀星!」

振り返ると、今来たばかりらしい弥生と秀星、そして宜野がこちらに向かって走ってきていた。おいちゃんは後処理用の人員要請などの事務的なことをしてくれているらしい。
宜野は私をスルーしてそのまま地下へ下りていくが、私は追わないことにした。
狡噛が上手くやるだろうし、万が一の場合は宜野がいる。

「…地下に人質だった女がいるんでしょ?ハザードって聞いたけど」

行かなくていいの、と弥生が目で訴えかけてくるが私は首を横に振った。

「私たちが行く必要はないよ。狡噛がいるし、今、宜野も」
「やめてえええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!!!!!!」
「!」

突然地下から、常守朱の絶叫が聞こえた。










「とんでもない新人が来ちゃったね」

集中治療のために白いベッドに横になり、静かに眠っている狡噛にひとりでに話しかける。

昨日、サイコハザードにより執行対象になった女を地下で狡噛が撃とうとしたとき、常守朱がそれをとめるためになんと彼を撃ったのだ。
パラライザーだったから良かったものの、脊椎を直撃した弾丸は狡噛に致命傷を負わせてしまい、いかに医療技術が発達している現代とはいえ喋ったり歩いたりはまだ出来ない。

「ギリギリまで私がついていながら、こんなことになっちゃって。……これでも反省してるよ」

狡噛がうっすら目を開く。目が覚めたらしいが、動けないのは本人が一番よくわかっているので、ピクリとも動かず目だけで私を見つめていた。

「…回復にはもう少し時間がかかるらしい。それまでは、私も朝は一人で起きなきゃね」

自嘲気味に言うと、狡噛は少しだけ笑ってまた目を閉じた。
もっと怒っているかと思ったのに、存外穏やかな顔をしているものだから、こいつの腹は読めない。
だけど、狡噛慎也は常守朱の判断に幾分が満足しているようにも見受けた。変な奴だ。










「入るわよ」

分析室のドアを無遠慮にあけると、案の定とうか、志恩がソファーでごろ寝していた。

「……あら、暁」
「これ、面会用のカード。それと宜野からの書類ね。明日までだって」
「御苦労様。…あ、そういえばね、さっき新人ちゃんもお見舞いに来てたわよ」
「常守監視官が?」

緩慢な態度でゆっくり起き上がると、志恩はタバコを一本取り出して、私がサイドテーブルに置いた資料に目を通し始める。
分析室は彼女の城だから完全にご本人の趣味にあった空間になってるけど、私はこの妖しい感じがどうも苦手。

「そそ。先客がいたし、また明日来るように言っておいたわ」
「…そう」
「なに?ヤキモチ妬いてるの?あなた彼のこと結構好きだものね」
「…なんでそうなるのよ。狡噛と私はそんな関係じゃないってば」
「でも毎朝起こしに来てくれるんでしょ?そのまま何かいやらしいことでもしてるんじゃないの?朝からお盛んね〜」
「セクハラ」
「冗談。そんな怖い顔しなくてもいいじゃない。でも慎也くんも貴女には気を許してるようだし、またお見舞いには来てあげなさいね」
「わかってる」

志恩のセクハラ発言に嫌気がさして分析室から出る。嫌いじゃないけど彼女のああいうとこは苦手だ。










一応設定の都合上
ハウンド1→おやっさん
ハウンド2→東雲
ハウンド3→六合塚
ハウンド4→狡噛
ハウンド5→かがりくん
にしてるので公式設定とは異なります
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