その日、東雲暁は姿を消した。














「狡噛」

俺がシャワーを浴びてソファーに腰かけて煙草をふかしていると、突然部屋のドアが開き、さっきまでここで赤面していた暁がずかずかと入ってきた。
宿直じゃなかったのか?

「どうした?」
「狡噛に会いたくなった」
「は?」
「狡噛!好きだ!愛してる!大好き!」

何を思ったのかがばりと俺に抱きつくと、強く力を込めてきた。

「狡噛とまた組み手やりたい!狡噛とご飯食べたい!狡噛と仕事したい!」

何だそりゃ。
俺は驚いて返答に困ったが、とりあえず小さく頷いた。

「そんなわけで恋人っぽいことをしたいと思います!はーい首かして首」
「お前、いきなり何なんだ」

がし、と頭を掴まれてそのまま静止すると、首に何か冷たい感触が。
微かな重みが皮膚に密着する。
しゃら、と音がして胸元に目をやると、少し長いシルバーのチェーンに簡素な指輪が通してある。
それが俺の首からだらんとぶら下がっていた。

「…?」
「暁ちゃんから慎也くんに独占欲の首輪をプレゼントします!喜べ!」
「おう」
「つくってもらったんだー!いいでしょ?」
「そうか。ありがとう?」
「うむ、では!」

そう言ってくるりと半回転して背を向けると、暁は右手を上げて去っていく。謎な女だ。

「ああ、それと」
「まだ何か用か?」

俺が煙草を灰皿に押し付けると、暁は少し寂しそうに笑いながら振り向いた。

「狡噛は、私のこと好き?」
「ああ」
「良かった」
「どうしたんだ」
「私、狡噛のこと信じてる」
「え?」
「だから、狡噛も……慎也も…私のこと、信じて」

暁?

「なーんちゃってー!やばいかっこいい!?私かっこいいよね」
「…」
「じゃ、今度こそ宿直なんで!いってきまーす」

何故、俺はこのとき暁を止めなかったんだろう。
止めていれば、あいつはこんな道は選ばなかったはずだ。暁はこういう冗談を言う奴じゃない。わかってた。なのに、何で俺は止めなかったんだ。

何故、違和感を感じなかったんだ?

何故彼女は10歳の誕生日に自殺を謀った?
何故彼女の犯罪係数は下がらない?
何故彼女は菓子作りが得意だった?
何故彼女は拉致された?
何故無事で帰ってこれた?
何故彼女を拐った犯人の足取りが掴めない?
何故彼女はマキシマの写真を見たとき動揺した?

何故彼女は今、俺に首輪をつける?














「昨夜、俺と宿直担当中に東雲は唐之杜の部屋に行くと言い残して去った。十五分後、戻ってこなかったので俺が分析室にいくと彼女はおらず、唐之杜も来ていないと言っていた」
「…」
「その後、館内を捜索したが彼女は未だ見つかっておらず、女子トイレで彼女の端末とGPSのICチップが壊されたものが発見された。彼女はこのノナタワーから脱走したものとみられる」
「…ま、待ってください宜野座さん、それって」
「東雲は知っての通り潜在犯だ。今から彼女の捜索にあたる。見つけ次第ドミネーターでの執行を許可する」
「…」
「俺の監督ミスだが、脱走などという愚かなことを企てた仲間の尻拭いもお前たちの仕事だ。恨むなら東雲暁を恨め」












「さて、まずは前夜祭といこうかな。せっかくお気に入りリストも増えたんだ。遊んであげよう」

槙島聖護は赤い背表紙の本を閉じると、テーブルの上に置いた。

「ああ、その前に。乾杯でもしようか?僕と君の素敵な契約に」

目の前の女にシャンパングラスを見せる。
女は無表情で静かに槙島を見つめていた。

「そんな顔しないでくれよ。これから、もっともっと楽しいことが始まるんだから。君もきっと気に入るよ」












その日、東雲暁は姿を消した。


















正義はあるよ。ただ導くだけ。

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -