「説明のつかないことが多過ぎる。…王陵璃華子の逃走経路、あの地下室の設備。どう考えても女子高生一人が賄いきれるものじゃない。今回も裏に何かある」

画像ファイルを見ながら、宜野は唸っていた。わからなくもない。
多分、この事件は最悪の形で終結するだろう。そして何より、私は槙島の期待にこたえられなかった。
だがますますわからないのは、槙島は何がしたい?
私と接触を量ったのがただの興味からくるものなら、あの男は狂ってる。
私は…どうすれば…。

「ひょっとするとお前の言うとおり…」
「おかしい」

宜野が狡噛に何かいいかけた瞬間、狡噛は眉をひそめた。
さっきから彼は弥生が出したデータをチェックしていたのだが、不審な点が見たかったらしい。

「どうしたの?」
「破損してるデータがある。さっき六合塚が検索したときにはどの録画も無事だった」

私が操作パネルとモニターを覗き込むと、不自然に削除された形跡が出てきた。

「美術室のカメラのデータが集中的にやられてるね…全滅?」
「いや、こいつ音声は修復できそうだ」

狡噛が操作パネルをタップすると、音質は良くないが、聞き取れることは可能な音声ファイルが再生される。

『なぜ同じ学園内の生徒ばかりを素材に選んだのかな?』
『全寮制女子学校というこの学園の教育方針を、槙島先生はどうお考えですか?』

私は息を詰めた。
間違いない、槙島聖護と王陵璃華子の声だ。

「ちょっと来い、話がある」

音声ファイルを聞いた宜野は眼鏡を押し上げると、狡噛と管理システム室から出ていった。
宜野座伸元は不器用な男だ。でも宜野のそういうところに救われたりしたし、私は嫌いじゃないけどね。

「あと一歩でしたね、暁さん。王陵璃華子はすでに指名手配されています。時間の問題です」

管理システム室の側の小窓から外を覗くと、ドローンが忙しなく動き回っていた。

「いや…そうでもないよ」
「え?」
「…王陵璃華子は、多分消される」











「珍しいな。お前が手伝いたいなんて」

事件から数日後の今日、私は当直まで少し休憩時間があったので非番の狡噛の部屋に来ていた。

「別にー?それに前言ったでしょ、出来ることがあったら手伝うって」
「…お前は深入りするなとか言いそうだと思ってたんだが」
「だろうね。ま、心境の変化ってやつだよ。時間が経てば人の心も変わるものでしょう」

私が拉致されたあの日、狡噛と私にはいろいろあったのだが、それ以後はいつも通りだ。それはそれでいい、接しやすいし。でも、私だって女なんだから…その…思うところはあるわけで…。
だから標本事件について手伝う、という口実で彼の部屋に押し掛けたのである。も、もちろん標本事件のことも気になるし、槙島が絡んでいるなら私は知るべきだし、それに…こ…狡噛にも会いたいし…。

「って言っても私、標本事件のことは佐々山さんの件以後何も知らなくて。ほら、あの後ずっと捜査には関わらせてもらえなかったでしょ」
「そういえばそうだったな」

佐々山さんの遺体を当時監視官であった狡噛と発見したとき、私は大幅に犯罪係数が上昇し一時的に施設で拘束されていて、捜査にも配属されなかった。宜野の指示のおかげでその程度で済んだものの、本来なら二度と執行官に復帰できなくてもおかしくなかった。だから、そういう意味では彼には感謝している。

そんなわけで私は狡噛が調べてることとか、ほとんど何も知らない。
プラスティネーションの特殊樹脂で死体が加工されていたというのは知っていたけど、捜査が打ち切りになったときに志恩にちょっと聞いただけだ。

「座れ。…佐々山の遺体が生きたまま解体されたことは?」
「志恩から聞いた」
「…一応容疑者は藤間幸三郎ということになっていたが、俺はそうじゃないと思ってる」

私が椅子に座るとテーブルにどさりと分厚いファイルが何冊も置かれた。これ全部読めということだろうか。さすがに気が滅入る。読書は好きだけど資料を読むのはあまり好きじゃない。

「で、狡噛が睨んでる真犯人は誰なんですか」

狡噛はデスクの壁に貼り付けてあった写真を一枚剥がすと私の手に渡す。彼はそのまま私の横に腰かけた。

「これは…」

ピンぼけしているせいで顔もはっきりわからないが、人の波に馴染むには色が白すぎる男。

「佐々山が撮った画像ファイルの中に、たった一枚だけあった手掛かりだ」

そうか。そうなのか。
やっぱり、貴方だったのか。

「画像ファイルのタイトルは『マキシマ』だった」
「……」
「どうした?心当たりがあるのか?」
「…」
「おい、暁?」

手から力が抜けて、マキシマの写真がはらりと床に落ちる。
どうしよう、私は、どうすれば。

「何か知ってるのか?」
「…いや…違う。あの、佐々山さんのときの現場思い出しちゃって」

狡噛に肩を掴まれて、我にかえる。きっと私の目は恐怖の色に染まっていたことだろう。
狡噛は八王子のドローン工場の事件も、コミュフィールドのアバター乗っ取り事件も、そして今回の王陵璃華子が起こした死体のオブジェの事件も、全て標本事件と裏で繋がっていると読んでいた。
それは、正しい。

「おい」
「ごめん…ちょっと…」

私はどうすればいいのだろう?
狡噛に正直に話すべきだという思考が巡る一方で、槙島のことは黙っていなければ、と囁く自分もいる。
私はどうすれば…。
ああ、私の犯罪係数今絶対に上がってる。色相も濁ってるに違いない。どうすれば、どうすれば…。

「暁」

優しい狡噛慎也の声が落ちてきた。私は俯いていた顔を上げて、恐る恐る彼の顔を見る。
疑われているかもしれない。嘘つきだと嫌われてしまったかも。そんなの、やだ。
でも言えやしないのだ。私は槙島に憧れている。私にとっては彼が唯一の希望なのかもしれないのだから。

「もういい。お前はやっぱりこの件に関わるな」

少し悲しそうに微笑むと、慎也は私の額にそっと口づけた。そのまま彼にもたれ掛かると、あの優しい手が私の頭を撫でる。
なんて優しい人なんだろう。私はこんなに優しい人に嘘をついて黙って知らぬふりをしている。なんて悪い女なんだろう。

「やけに積極的だな」
「…」

慎也の背に腕をそっと回し、露出した首筋に噛みつくと、彼もしっかりと抱き止めてくれる。私は最低だ。最低の女だ。
狡噛慎也という存在に甘えて悪いことをしている。知っていて黙っているのは卑怯者がすることだ。

「暁?」
「慎也」

ならば、卑怯者は卑怯者らしく、最低なら最低なりに。

「だいすき」












「んん……ん」

簡単に言うと、暁が誘ってきた。

佐々山の件について協力する、と言い出したので不思議に思いながらも部屋にまねくと、案の定彼女の精神は乱れてしまったらしい。
マキシマの写真を見てから様子がおかしくなったが、けして口を割ろうとはしない。よほど触れられたくないのだろう。こいつが拉致されたのにも、マキシマが関係しているのかもしれない。

俺はつくづくこの女に甘い。彼女が何か隠しているならそれは無理にでも吐かせるべきだ。わかっているが、それは出来ない。これ以上、お前を傷付けることなんてできやしない。

「はっ……ん…」

ソファーに押し倒して、彼女の感触を味わっていると、視線がかち合う。
何か言いたげな顔だ。そういえばこいつ、この後六時から宿直とか言ってたな。

「あの…」
「なんだ」
「このあと、宿直、なんだけど」
「…今五時半過ぎてるな」
「うん、だからあの……そろそろ戻りたいかな、なんて」
「二十分で終わらせる」
「えええ待って待って待ってちょっと待ってムリムリムリムリ」
「誘ってきたのはお前だろ」
「それは……そ、うだけど」

真っ赤になっておろおろし始めた暁に俺は小さく息を吐くと、上から退いてやる。するとすぐにほっとしたような顔で「ご、ごめんね…」なんて言うものだから、許さざるをえない。
あまり困らせるのもよくないしな。

「続きは」
「…え」
「この続きはいつやるんだって聞いてる」
「…あ……明日の夜、でお願いします」
「わかった」

耳まで真っ赤にして、暁は慌てて部屋から出ていった。
何もそんなに照れることはないだろうと思う。

「…シャワー浴びるか」















「遅いぞ東雲」
「ごめんて」

今日は宜野座監視官と二人で宿直である。あの後部屋に戻って服とかいろいろ整えてオフィスに戻ってきたのだ。ああ恥ずかしかった。
…宜野はもう既に真顔で待機していた。
やだなぁ、なんでこいつと二人なの。

「暇だからしりとりでもする?」
「誰がやるか」
「えー、だって暇じゃん。どうせ何も起こんないよ」
「…わからないだろ」
「まぁそうですけどね」

お腹がちょっとすいてきたので冷蔵庫を見るが、この前つくって置いておいたチーズケーキとクッキーはもうなくなっていた。弥生が全部食べたのかもしれない。
仕方ないので秀星のデスクからゼリービーンズの入ったガラスの大きな容器を取り出して勝手に食べることにする。

「…勝手に食べていいのか」
「秀星は私に一生頭上がらないんで」
「あいつお前に何したんだ」
「いろいろ。そーだ、宜野コーヒーいる?」
「…もらう」

コーヒーメーカーをセットして紙コップにコーヒーを煎れる。宜野はさっきから自分のデスクで資料とにらめっこしてる。
今晩は寝サボりできないなぁと息を吐いた。

「はい、どーぞ」
「ああ」
「それ何の資料?」
「お前を連れ去った人間がマキシマと関係しているかもしれないからな。俺が解析を唐之杜に頼んで勝手にまとめただけだ」
「…調べてくれてたんだ。上からはその件は現時点で保留って言われてたのに?」
「い…言っておくがお前のためじゃない。局内で起きた事件だ、警備システムや俺の認識の甘さを改善しようとしているだけだ」

だが手がかりは何もないらしい。
私を連れ去ったパトカーはログが全て消去されていて志恩でも復元不可能、おまけに犯人の目撃者もない。
お前が何か思い出せば犯人も絞り込めるんだが、と少し残念そうに資料を見つめる宜野に胸が痛んだ。

私はまた嘘をついている。
宜野も私のことを気にかけてくれているのに、私は平気で知らぬふりをしている。せめてサイコパスが濁ってくれればいいのに、嘘をついても私の心に変化はない。
この嘘に罪悪感はないということなのか?

「…」
「東雲?」
「宜野、ありがとね」
「いや…だから別にお前のためじゃない」
「それでも、ありがと」

私が少し笑いかけると、宜野は視線をそらした。
知ってる、これは照れ隠しをしているだけ。本当は優しいけど、素直になれない人。

私が眉を下げると、不意に端末に局内メールが届く。私は送り主の名前に目を見開いた。

「誰からだ?」
「…志恩だ。…ああ、忘れ物してたみたい、ちょっと取ってくる」
「すぐに戻れ」

はいはいと作り笑いをしてオフィスから出ると、私は急いで女子トイレに駆け込んだ。
この時間は当直担当者以外は誰も刑事課にはいない。今日は一係と二係だけだ、女子は私一人。











『このメール送信の三分後、電話を君にかける。…君が僕に協力してくれるのなら、本当のことを話してもいいと思ってるんだ。5コール目までに出てくれるのなら、契約成立のチャンスはある。素敵な返事を期待しているよ』

…あの男、どうやって局内メールまでハッキングしたのよ。


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