「人を殺すのは犯罪かい?」

状況によって変わるかな。

「ほう。例えば?」

極論だけど、ナイフを持ってこちらに走ってきた男を突き飛ばして殺してしまった。
これは犯罪か?

「それは正当防衛だ。現在の社会では罪にとわれない」

その通り。
"人を殺す"という概念自体は悪だが、その実、"人を殺すこと"は下手をすれば正義にもなる。

「確かに、犯罪者を死刑で裁くのも人殺しだね」

ええ。
合法的に人を殺す方法はいくらでもある。

「他には?」

例えば、こんなのはどうかな。
今の社会で人を100人殺したら殺人鬼だ。
だが、戦争で敵を100人殺した者は英雄になれる。
これはどういうことかな?

「時と場合によって、人間の命の重さは変わる。1人死んだら被害者扱いだが、100人死ねばそれは統計だ」

殺人鬼と英雄は紙一重ってこと。人間は何か勘違いをしている。
英雄の反対語は悪者ではない。
凡夫なんだよ。
英雄は第三者目線から見れば正義にも悪にもなりうる存在。
凡人は正義にも悪にもなれやしない。

「やはり君と話をするのは愉しい。今の社会は、正義さえも悪になりうるということを忘れている。なんとも嘆かわしいよ」

貴方は、どう考えているの?

「そうだな…ひとつ言えることがあるとすれば……この世界は、少し気持ち悪い」












「警備体制…一段と厳しくなりましたね」
「相次いで二人もの生徒が同じ手口の犯罪の餌食になった。これで学園側が何の対策も講じなければ、保護者が黙っていないよ」

槙島聖護はそっと本のページを捲った。
傍らにいる少女、王陵璃華子は薄い笑みを浮かべながら、キャンバスに絵を描く。
桜霜学園の美術室には、二人しかいなかった。

「加えて容疑者は元教諭の藤間幸三郎。公安局の捜査の焦点も、ここ桜霜学園に絞り込まれる」
「しばらく身動きが取れませんわね」
「なぜ同じ学園内の生徒ばかりを素材に選んだのかな?」

槙島聖護は目の前の少女に失望していた。
所詮この娘も、自分が求めている場所までは連れていってくれないらしい。
彼女が目の前の少女だったら、もっと上手くやっただろうに。

「全寮制女子学校というこの学園の教育方針を、槙島先生はどうお考えですか?」

王陵璃華子は筆を滑らせながら、彼に問う。

「時代錯誤ではあるがそれ故に希少価値がある…かな。今の時代になおも昔ながらのスタイルで娘に修学させたいと思うなら、ここしか他にない」

そうですね、と王陵璃華子は頷いた。

「貞淑さと気品。失われた伝統の美徳。それが桜霜学園の掲げる教育の理念。男子には求められない、女子だけに付加されるプライオリティー。それを刻み付けられた後で、私たちは深窓の令嬢というブランド品として出荷され、そして良妻賢母というクラシックな家具を求める殿方に購入される。……結婚という体裁でね」

槙島聖護は、赤い背表紙の本を閉じた。

「この学校にいる生徒は誰もが淑女という名の工芸品に加工されるための素材なんです。磨き上げられ完成されるのを待つ原石。…悲しく、そして退屈な命ですわ。他に花開くはずの可能性はいくらだってあるのに」
「面白い見解ではある。そこに君の初期衝動があるわけか…。新しい作品を仕上げたら、今度はどこに展示するつもりだい?」
「そうですね。どこがいいかしら?なるべく大勢の目に付くにぎやかな場所を探さないと。そうだわ…槙島先生はあの恋人の女性を飾るなら、どんな場所を選びますか?」

槙島聖護は目を細めた。

「残念ながらその問いには答えられないな。彼女は飾るものではない。僕の一部なのだから」











「あれ、狡噛じゃないの……何やってんだアイツ」

無事に帰還した私も例の事件の捜査を認められて、狡噛と朱ちゃんを除く一係の面々は桜霜学園の捜査協力の下、学園内を調査していた。
というのも、あのあと更に公園で再び同じような死体のオブジェが発見され、その遺体もまた桜霜学園の生徒のものだったのだ。ここまで来ると学園側も知らぬふりはできない。

ちなみに朱ちゃんは案の定、狡噛の見張り役である。なんかもう可哀想になってきた。

私がホロコスでコミッサちゃんになりきって生徒に話を聞いていると、よく知った男が目の前を通りすぎる。
おいおいここ学園内の廊下ですよ。
男に免疫のない生徒は騒いで怯えていた。
何故狡噛がここにいるんだろう?まさか朱ちゃんが外出許可したとか?

「狡噛!」
「暁か」
「何勝手に来てるの」
「犯人がわかった」
「はあ?」

ホロコスを解いて狡噛の後を追うと、そこは美術室だった。

「王陵璃華子だな」
「それが何か?…あら」

狡噛は乱暴に美術室の扉を開けると、ドミネーター取り出す。
王陵璃華子、そう呼ばれた少女は少し驚いたように私を見つめていた。
そうだ、この子はたしか槙島に連れ去られたときに会った生徒。

「…どういう、こと?」

まさか、犯人って

「名前も教えてあげよう。君もいつかきっと、彼女の名前を必要とする日が来る」

王陵璃華子?

『犯罪係数472 執行モード リーサル・エリミネーター』
「待って、狡噛!」
『慎重に照準を定め…』
「何をする!」

狡噛が王陵璃華子に照準を定めているところに、学校の教員が遮ってきた。
その隙に王陵璃華子は美術室のもうひとつの扉から逃げ出し、生徒の波に飲み込まれてしまう。

「やめんか!正気か貴様ら、未成年者を相手に…!」
「すみませーん、先生。今少年法とかないんですよ」

私と狡噛が生徒の波を掻き分けて王陵璃華子を探すが、見失ってしまった。
ざわめく女子生徒たちが包囲していて、これ以上の強攻捜査は監視官の目にも余る。

「逃げられたな」













「今すぐ学園全域を封鎖しろ!ありったけのドローンを動員だ!…数が足りない?何とかしろ!」

宜野座監視官は絶賛マジギレ中である。
通信で宜野にどやされて、仕方なく現場を引き上げて管理システム室に戻ってきた私と狡噛は、さらにこっぴどく怒られた。
口答えも考えたが、これ以上モメると王陵璃華子の発見が出来なくなる可能性もあるので黙ってお叱りを受けた次第である。

「小娘一人捜し出すこともできないってのはどういうことだ!」
「ここ、出入りに対するセキュリティーばっかり厳重で、いざ中でかくれんぼとなるとざるもいいとこなんすよ」

弱ったなぁと秀星が呟く。
確かにこの学園は創立100年を越える由緒正しき女子校だ。しかし、改装に改装を重ねて作られているため抜け穴があるらしく、マップもあまりアテにならない。

「監視カメラの録画から王陵璃華子の姿だけをピックアップできるか?」
「本部のラボに支援させれば、その程度の画像検索はすぐにでも」
「やってくれ」

宜野の指示に黙って頷くと、弥生は画像ファイルを検索し始めた。

「それにしても、王陵牢一だっけ?そんな絵描きがいたなんてどうして分かったの?」
「オリジナリティーですよね?狡噛さん」
「何だって?」

私の問いには朱ちゃんが即答した。
先程狡噛は王陵牢一の娘である王陵璃華子が犯人だと教えてくれたのだが、何故そういう結論に至ったのかはまだ聞いていない。
宜野も気になっていたらしく、話に入ってきた。

「いや、だからその…犯人のメッセージ性に芸がないから…その、プロファイリングによって…ですね」

まさかそんなに食いつかれると思っていなかったらしく、朱ちゃんはしどろもどろになる。
狡噛に助けを求めて視線を送るが、本人は何か別のことを考えているらしく、どこ吹く風だ。助けてやれよ。

「狡噛、今回の二件は藤間幸三郎の犯行でないとお前は最初から見抜いていたのか?」
「…今回の犯人はただ目に付けばいいというだけで遺体の陳列場所を決めていた。二回続けて公園を選ぶなんて藤間幸三郎だったらあり得ない」
「だからといってまだ全てが王陵璃華子の仕業だとは…」
「どうであれ、あんな犯罪係数をマークした娘を放っておくわけにはいかない。そうだろ?」

狡噛の言っていることは一理ある。王陵璃華子の犯罪係数は400をオーバーしていた。どう考えても普通ではない。
そして彼女は、槙島聖護と何らかの関わりを持っていた。
…黒幕は、槙島聖護なのかもしれない。もしそうなら、彼は王陵璃華子を庇うか切り捨てるか…何れにせよここにいることは確かだろう。

「画像検索完了。ブラウズするわね」

弥生の声と共に、大型の管理ディスプレイに王陵璃華子の写った写真が表示される。

「ああ、社交的な子だったんだな。常に取り巻きがついてる」

おいちゃんの声に私も頷く。どの画像も、生徒たちが大勢いる前ではたくさんの女の子たちと歩いていたり、話をしていたり。
人気のある子だったのだろう。確かに顔立ちも整ってるし、しっかりしたタイプのようだ。
と、そこで画面が切り替わり、ひとりで王陵璃華子が背を向けて、どこかの建物に入ろうとしている画像が出てくる。

「どこのカメラだ?」
「寮の裏手にあるごみ処理施設ね」
「こんな所に何の用が?」












『狡噛、今回の二件は藤間幸三郎の犯行でないとお前は最初から見抜いていたのか?』
『今回の犯人はただ目に付けばいいというだけで遺体の陳列場所を決めていた…』

「柴田先生は音楽がお好きなのですか?」

槙島聖護はプレイヤーを切って、問いを投げ掛けてきた教頭に微笑んだ。

「ええ。いつも新しいアーティストを探しています。興味深い新人を見つけるのが本当に楽しみで。もちろんお気に入りのアーティストもいるんですが、僕のお気に入りにはなかなかなれないんですよ。今のところ、二人だけ」
「まあ、それはそれは。難関ですわね」

しかし、二人の穏やかな空気に水をさすように、一人の教師があわてて職員室に駆け込んでくる。

「きょ…教頭先生!が…学園内から生徒の死体が!」
「何ですって!?」

職員室から去っていく教師達を見送りながら、彼はまたプレイヤーの旋律に耳を傾ける。

『それにしても、王陵牢一だっけ?
そんな絵描きがいたなんてどうして 分かったの?』
「君にはヒントをあげたんだよ、暁。どうしてわかってくれなかったのかな」
『今回の犯人はただ目に付けばいいというだけで遺体の陳列場所を決めていた。二回続けて公園を選ぶなんて藤間幸三郎だったらあり得ない』
「まあいいや。君のおかげで面白いものを見つけることができた。感謝するよ」


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