「悪かったな」

俺らしくない。本当に俺らしくないことをした。
嫉妬していたのか、俺は。

「いいけど」

いろいろあったが結局暁は俺の部屋に泊まることになり、シャワーが終わったらしい彼女にドライヤーを渡すと、信じられないものが目に飛び込んできた。

キスマークなんか誰につけられたんだ?
焦った俺は柄にもなく彼女に詰め寄り、吐かせようとしたが彼女を追い詰めるだけに終わった。
そもそも俺の勘違いだったらしい。

「これ、キスマークっていうんだー……」

暁はあまり性知識に詳しくない。詳しかったら詳しかったでちょっと嫌だが。そのため何故俺が焦っていたのかわからなかったらしく、誤解が解けたときは既に半泣きだった。

「絆創膏貼っとけ」
「なんで?」
「何でって…お前意味わかってんのか」
「あんまり…」
「…」

無防備に俺のベッドに寝転がりゴロゴロと動き回る暁から目をそらして、俺はペットボトルのドリンクを飲み干した。
彼女は危機感というものがなさすぎる。
今この瞬間、俺に襲われても文句を言えない状況なのもこのバカはわかってないのだろう。それはそれで問題だ。

「お前は俺のだって、そういう意味だよ」
「……」

自分で言ってて恥ずかしくなってきた。
狼狽える俺に対して、暁は目を細めながらその場所をなぞっていた。
何か物思いに耽るように、別の次元を見ているような目をしている。
このまま放っておいたら、彼女はどこか遠くへ行ってしまうのではないだろうか。目には見えない不安だ、思い過ごしなのかもしれないが、俺にはそんな風に思えてならない。
それに、俺は今さらこの女を手放すことができない。

「好きだ」
「え?」

そんなことを考えていると、言わないつもりだったのに口から勝手に言葉が零れていた。

「好きなんだよ。お前のこと」
「…」
「お前のことばかり考えてた。お前がいなくなったってギノから聞いたとき、ゾッとして…もしお前が佐々山のときみたいになったら…って」
「慎也…」
「何処にもいくな。ここにいろ。それだけでいい」
「慎也…だめだよ」

暁は目を伏せ、俯いた。
色素の薄い柔らかい髪が、ふわりと揺れる。

「執行官である以上…私たちは幸せになれない」
「…」
「それは、慎也が教えてくれたことだよ。だから前も私に言ったでしょう、『俺にはそれを言う資格がない』って。終わりにするって。なのに……何で今そんな狡いこと言うの?」

暁の言うことは最もだ。
そして俺もそれが正しいと思っていた。正しいと、信じ込んで。だがそれは本当に正しい選択なのだろうか。
それで俺もお前も本当にいいのか?後悔しないと言えるのか?

「俺は今日暁がいなくなったと聞いてひどく動揺した。もう二度と会えないかもしれないとさえ思った。そんな状況になって初めて俺は後悔をしたんだ。お前をこんなにも好きだったと気づけなかった自分に」

暁は黙って俺の話を聞いていた。

「だから意地を張るのも自分の心に嘘をつくのもやめる。幸せになんかなれなくていい。俺は、お前が欲しい」












「あったかい」

誰かと一緒に寝るなんて久しぶりだ。
酔っ払って志恩に凭れて眠ったときは弥生にひっぺ返されたし、最近は秀星も「ガキ扱いすんなよ!」とか言って照れて寝てくれないので寂しかったからちょうどいい。

でもね?

「慎也さん慎也さん、どこ触ってんですか」
「胸」
「しばくぞ」

まさかこんなことになるとは思わなかったですよ。

「さっきはやめてくれたのに」
「それとこれは別だ。お前あのくだりの後のこの状況の"一緒に寝る"の意味わかってんのか?」
「一緒に睡眠をとる」
「…それもあるけどな」

狡噛慎也は我慢をやめたようだ。
私の寝間着を手早く脱がせると、胸に顔を埋めていた。
正直恥ずかしいとかそういうレベルではない。
さっきまであんなシリアスな感じでで真面目に告白された身にもなってみろ。何この超展開?

「慎也、やめて」
「…」
「無視か!」

いつもの彼なら抵抗したらすんなりやめてくれる。そう踏んでいたが私の読みは甘かったらしい。

先程のキスマークの場所に重ねるように吸い付くと、身体の至るところに同じように痕を付ける。
マーキングのようなものなのだろう。いや、よくわかんないけど。
仕事で服を脱ぐ機会がないから構わないが、これは独占欲が強いということなのかもしれない。チクリと痛みが走るが私には対処のしようなどなかった。

抵抗しなければいけないはずなのに、このまま二人で何処までも堕ちていってしまえばいい、なんて思ってしまう。私は彼を拒むことが出来ない。
これでいいのか?これで私は本当に後悔しないと言えるのか?

「なんだ、もう反抗はやめたのか」
「…うん」

慎也の目はまさに獲物を目前にした猟犬の目だ。

よく考えれば慎也を拒絶する理由も必要もないじゃないか。先程の彼の懺悔のような告白で、私たちを阻む壁は取り払われた。一歩、大人の世界に踏み込むだけ。私は何を臆病になっているのだろう?
執行官という立場?
潜在犯同士であるという罪悪感?
でもそれはさっきの彼の言葉で抹消されたはずだ。

「ん」

私が思考を張り巡らせていると、いつかみたいに唇同士が触れた。でも今回のそれは前みたいな触れるだけの生易しい行為ではない。慎也の舌が唇を割るように入ってきて、私のと絡まる。
唾液の味とか、お互いの距離感とか、熱とか、そういったものがよりいっそう私たちを興奮させる。

もう、いいや。

そう思って私は全てを委ねるように瞳を閉じた。











「で、本当に覚えていないのか」
「だから覚えてないってば!しつこいなぁ、もう!」

翌日の朝の九時から事情聴取ということで私は宜野座監視官に尋問を受けていた。
昨晩のことは…まぁ…その、アレだ。

実際に容疑者や潜在犯の聴取に使われるこの部屋には、天井にカメラが取り付けられており、様子を録画することができる。サイコパスの上昇率なども簡単に計測できるのだ。
聴取室のずっしりと重たい空気は苦手だし、宜野の責めるような質問も嫌いだが、私は怯むことはない。

これはずっと隠していることで誰にも言ったことはないけれど、私は嘘をついてもサイコパスが濁らないのだ。
犯罪係数はもとから高いし、多少の数値の乱れはあるが、嘘をついたからといってそれが激しく上昇することはない。
これは極めて異常だ。そのため、私だけの秘密だったりする。

「まぁ、サイコパスの数値に乱れはないから信用はしてやろう。では、奴等がお前を連れ去った目的は何だと思う?」
「…それを私に聞くの?」
「お前の考察を聞きたいだけだ」

ふう、と私は息を吐いた。宜野の考えていることはよくわからない。

「可能性としては…私から公安局の情報を引き出したかった、とか?あとは…なんだろうね、目的はわからないよ」
「…犯人はお前の端末をその場に置いて連れ去った。その上執行官につけられている首輪…GPSを発信する極小のICチップも砕いていた。お前の発見が遅れたのはそれのせいだ。公安局の情報が欲しいなら、少なくとも端末は持っていくだろう。…単に犯人が拾い忘れたというミスか?だが手口から見るに位置情報をつかまれないことを優先しているように見える」

それには私も少なからず驚いた。
槙島は余程あの桜霜学園の場所を突き止められたくなかったのだろう。では何故そこまでのリスクを犯して私を拉致し、そして返したのか。あの会話には何の意味があったのか。
これはつまり、槙島聖護なりの私に対する敬意なのかもしれない。
私を外の世界に引きずり出すことへの本気度?

「つまり犯人は、公安局ではなく私自身に用があったと言いたいんですかね、宜野座監視官?」
「…察しがよくて助かるよ」
「でも残念ながらその私は何も覚えていない。消化不良もいいとこだね」
「全くだ」

宜野は眉間に指を当てて目を伏せた。疲れてるな。あんまり無理しない方がいいんじゃないの。

「…ここまでだな。事情聴取は終了だ。一度オフィスに戻るぞ」

宜野が椅子から立ち上がったので、私も慌てて彼の背中を追いかける。やっぱり聴取室は好きじゃない。

「そういえば、例の死体オブジェの事件は?」
「…進展無しだ。その上新しい被害が出た可能性もある」
「どういうこと?」

聴取室から出て、一系のオフィスに向かう廊下を宜野の横に並んで歩く。彼は小さく息を吐くと、私に要点をまとめて話始めた。

「…唐之杜の遺体検死結果から、オブジェにされていた被害者は桜霜学園の生徒であることがわかった」
「…え…」

今、桜霜学園って、言った?
私が少し動揺したが、宜野は特に気を止めずに話を進める。
標本事件のことを思い出したのだろうと宜野は思ったようだが、違う。私が真っ先に思い浮かべたのは槙島聖護だ。
まさか、あの男が今回の事件に噛んでいるの?

「また、遺体に使われた薬品は検査の結果から三年前に標本事件で使われた特殊樹脂であることもわかった」
「…それって」
「ああ。だが模倣犯という可能性もある」
「……」
「そしてもうひとつ、これも喜べない情報だが。同じ桜霜学園の二年生の生徒二人が、寮から姿を消したらしい。実家に連絡をしても帰宅していないそうだ」
「…完全に行方不明だねぇ」
「ああ」
「…狡噛は?まだ捜査に関わらせないつもり?」

私がそう言うと、宜野は不機嫌そうに眉をひそめた。
気持ちはわからなくもない。ただ、標本事件との類似点が多く見受けられる中で、狡噛が独自で調べた内容も多少は生かすことはできるはずだ。捜査の役に立つならば活用すべきだし、事件解決に繋がるなら彼もやはり捜査に加えるべきだと思う。

「あいつの調べたことはただの妄想だ」
「…宜野」
「お前も二言目には狡噛か」
「そういう意味じゃないって。ただ桜霜学園の生徒ばかりが狙われてて、その上連続殺人なら早く解決しないと犠牲者が増える一方でしょう」
「…」

宜野は何かが気に入らなかったらしく、ため息を吐くと、オフィスに入っていった。
何あれ……嫌な感じ。

「あれ?暁じゃん!おっかえりー!もう大丈夫ー?」

しかしながら、後ろから飛び掛かってきた重みのお陰で、陰鬱な気持ちはどこかへ吹っ飛んだ。

「秀星!」
「心配してたんだぜー!面会に行ったらもうコウちゃんと部屋戻ったって言われたから結局会えなかったし」
「そうだったの?ごめんね心配させて。もう大丈夫」
「そっかー、良かった良かった」

後ろから私の腰に抱きつきながら大型犬のようにじゃれてくる。ああ、かわいいなぁ!宜野もこれくらい可愛げあったらいいのに。
いや、でも宜野にこんな抱きつかれたら引くけど。

「ギノさんピリピリしてるっしょー」
「うん。なーんか上手くいってないみたいだね?」
「そーそー。やんなっちゃうよ。全然掴めないんだよね。こういうときコウちゃんがいたらなぁ」

考えることはみんな同じらしい。


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