『常守監視官、東雲はどこだ?』
「え?暁さんがどうかしたんですか、宜野座さん」

今回の捜査に関わるなと言われたので常守監視官に見張られつつも、どうにかして打開策を…と考えていると、傍らにいた彼女にギノから連絡が入ったらしい。
俺もトレーニングを中断して耳を傾ける。

『どうしたもこうしたも…俺達が戻る前に体調不良で一度本部に引き渡されたと聞いたんだが』
「…?そんな連絡は入ってませんよ?」

嫌な予感がする。
執行官に何か急なことがあった場合は、直ぐ様監視官に連絡が届くようになっているはずだ。

常守監視官は現場から戻ってきてからずっと俺と一緒にいたが、誰からも通信は入ってきていない。
明らかにおかしい。

『…どういうことだ』
「ギノ、暁はいつ引き渡されたんだ?」
『狡噛か』
「早く応えろ。嫌な予感がする」
『…お前たちが本部に戻ってすぐだ。鑑識ドローンを運んでいる最中に、身体の不調を訴えたらしい』
「お前、その時暁と一緒に居たのか?」
『いや…。…そういえば、報告に来たのは常駐の警備にあたっている警官だったな』
「…」
『…逃亡の可能性がある。俺の目を盗んで逃げ出したか』
「決めつけるのはまだ早いぞ、ギノ。あの女が逃げ出すような人間に見えるか?」
『…』
「…こ、狡噛さん…」
「俺と常守監視官で探す。許可を」

ギノが舌打ちをした。

『…許可する』










「それは、どういう意味?」
「簡単なことだよ。檻から出て僕のところへ来るだけのことさ」

槙島は目を伏せると、私の手をとった。奇妙なことに、私は抵抗が出来ない。
しようと思えばできるのだろう、でも身体が動かない。
金縛りにでもあったみたいだ。

「この手で一体何人の潜在犯を殺めてきたんだい?」

どくん、と心臓が脈打つ。

「君はこんなところで終わる人間ではないはずだ。君は聡明で、それでいて狡猾だ。僕にはわかるんだよ…君が隠している本当の気持ちが」

動けずにいると、今度は背中に槙島の腕がまわる。
瞬きも出来ない。
抱き締められているのに、突き放されたような冷たさを感じる。

「君はエリスだ。今ある幸せに満足し、本当の幸せを理解しようともしない。ただ想いを募らせて、理解の出来ない男を必死で愛する。可哀想に、こんな世界を作ったのは誰だ?」
「…あ…」

まるで洗脳するように耳元で囁く槙島の声は、ひどく心地好く、それでいて真実だった。

駄目だ。何も言い返せない。
この男は私と似ている。
私みたいなのに、私と正反対の行動を起こせる。
この男は本当の私だ。

「いい返事を期待している。行こう、そろそろ猟犬が異変に気付き始める頃だ」

そっと身体をはなすと槙島は私の手首を掴んで、歩けるかと問う。
私が静かに頷くと、彼はそのまま歩き始めた。
部屋から出て、廊下を突き進む。
と、そこで長い黒髪の少女が突き当たりから歩いてきた。どうやらこの学園の生徒らしい。
私と槙島を見比べると、特に何か私に反応を示すわけでもなく、槙島に声をかける。
私は怖くて、ずっと俯いていた。

「槙島先生、こちらの方は?」
「僕の恋人だ。少し用事があって会いに来てくれたんだよ」
「…そうですか…」

黒髪の少女は暫く私を見ていたが、私の顔を認識するとすぐに目をそらした。

「それより、君は何故ここに?先生ならいらっしゃらないようだけど」
「ええ、ただ今日は槙島先生は来てくださらないのかと思って」
「…すまないね。見ての通りだから今日は駄目だな」
「わかりました、それでは」
「うん、君の作品を楽しみにしているよ」

黒髪の少女は会釈するように頭を少し下げると、来た道を戻っていった。

「…美術部の生徒なんだ。彼女のつくる作品はなかなか素晴らしい」
「……」
「名前も教えてあげよう。王陵璃華子、君もいつか彼女の名前を必要とする日が来る」

槙島は相変わらず気味の悪い笑みを浮かべていた。











「何処へ行ったんでしょう……?付近は粗方捜したんですけど」
「二人じゃ埒が明かないな。…ギノたちは?」
「本部の方で話を聞いているそうです」

俺は思わず舌打ちをした。
常守監視官に当たるのはよくないとわかっている。だがどうすればいいんだ?
そもそもあいつは逃げ出したのか?
誰かがあいつを連れ去った?
誰が?
何の目的で?
次から次へとわき出てくる疑問を押し込めて、俺は冷静になろうと辺りを見渡していた。

ここは例のオブジェが発見された現場だ。ここで暁の位置情報は途絶えていた。
暁のGPSつき端末もその場に転がっており、執行官にいつも気づかないようにつけられているGPS専用のチップも砕かれているようで、彼女が現在どこにいるのかはわからない。

まさか本当に逃げ出したのだろうか。
いや、それは考えにくい。
暁は檻から出ることを諦めた人間だ。このまま暮らせるならこのままでいいという考え方で職務を全うしていた。
その証拠に、今まで脱走できる機会が多々あったにも関わらず、彼女は一度たりともそんな素振りは見せなかった。
何故今になって逃げ出す必要がある?

「…連れ去られたのかもな」

俺が息を吐くと、突然ギノから通信が入る。

『狡噛、戻ってこい』
「ギノ、まだ可能性はある。もう少し暁の捜索を優先させてくれ」
『その必要がなくなった』
「なんだと?」
『東雲が発見された』










「びっくりしたよ。地下の駐車場で若い女が倒れてるって運ばれてきたのが暁だったんだもん」

ギノからの連絡の後、すぐに常守監視官と本部に戻り分析室に行くと、待ってましたとばかりに唐之杜が出迎えた。
常守監視官は急にギノに呼ばれたらしく、失礼しますと言って慌てて刑事課へ戻ってしまった。

ディスプレイには、病室のベッドで静かに眠っている暁が映し出されていて、俺は思わずほっと息をついた。

「外傷、精神汚染、その他いろいろな病気ケガ、一切なし。脱走の可能性も考えて、気絶してるときすぐにサイマティックスキャンで検査したんだけど、どの数値も異常なし!良かったわね慎也くん」
「…あぁ」
「犯罪係数に関しては寧ろ数値下がってるからねー。見てほら、犯罪係数95!暁が二桁代まで好転したの初めてじゃない?」
「…」

安心したと共に何かが引っ掛かる。
無事で何よりだが、サイコパスがむしろ好転したというのはどういうことだ?

「ま、警官に紛れた男が彼女を拐ったと考えるのが妥当ね。詳しいことは起きてから本人に聞くしかなさそうだし」
「そうだな」
「それで、どうなの最近」
「どうって、何が」

ディスプレイから目をはなさずに適当な返事をする。そういえば唐之杜とこうして話すのも久しぶりだ。

「暁のこと、ちゃんと見ててあげなよ」
「…あぁ」
「もっと素直になってもいいんじゃない?…あの子も待ってると思うけど」
「どうだかな。…でも、俺がそれをあいつに言う資格はないよ。余計苦しめるだけだ。俺はあいつを苦しめたくない。暁は俺には勿体無い女だよ」

俺がそういうと、唐之杜に呆れたようなため息を吐かれた。
こいつが俺に何を言いたいのかはわかってるつもりだ。だが俺にはそれが出来ない。それを言う資格がない。
ずっと、叶わないと自分でもわかっていたはずだ。
八年前からずっと諦めていたはずだ。

「…面会できるか?」
「…いいけど、いつ目を覚ますかわからないわよ」
「構わない」
「ふーん、愛の力ってやつ?若いっていいねぇ」

唐之杜は手早く面会カードを書くと、俺に投げて寄越した。











「楽しむといい」

まるで、水の中にいるみたいだ。
確か、以前にもこんな夢を見たことがあるような気がする。

深い深い海の底で、水面の光が反射して辛うじて私の目に届く。

心地いい。このまま、ずっとここで眠っていたい。

「それは君が永遠にもて余すことのない玩具(おもちゃ)だ」


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