「で、喧嘩しちゃったんだー」
「…うん」
「暁ってほんとコウちゃんのこと好きだよな」
「いや…そうなのかな…うん、自分でもよくわからん」
「なんじゃそりゃ」

問題です。
ここはどこでしょう?
正解は縢秀星くんのお部屋でしたー。
あの後、戻ってきた私に元気がないと感じたかわいいかわいい秀星くんが「一緒にメシ食べよー!」と誘ってくれたので、彼の手料理をもっしゃもっしゃと咀嚼している。

上手くなったもんだ、料理は最初は私が教えてあげたんだけど、ひょっとしたら私より上手に作るかもしれない。負けてる負けてる。

「コウちゃん、最近ちょっと生き急いでる感じがするよなー。気持ちはわかるけどさぁ」
「やっぱそう思う?」
「そりゃそう思うよ。つーか、標本事件てそんなヤバかったの?俺そん時まだ居なかったから詳しくは知らないんだわ。ちょっと小耳に挟んだだけで、誰もおしえてくんねーし。朱ちゃんにも聞かれたんだけどさ」
「あー……あれはエグかったからねぇ」

プチトマトを口に放り込みながら、ぼんやりと思いを馳せる。
話しても良いけど、あんまり話したくない。

「プラスティネーションて知ってる?」
「特殊樹脂いれるやつ?」
「そうそう。あれで遺体を標本みたいにしたやつが、街の至るところに置かれてたの。みんなが見ているような公共のホロの下に」

うわ、と秀星が目をそらした。
そりゃそうなるだろう。
誰もが無意識にそんなものを目にしていたのだから、発見当初はエリア内ストレスレベルが四段階も上がった。異例の事態だった。

「…そんで、コウちゃんの部下が同じやり方で殺されたってこと?」

私は静かに頷いた。
後の検死で、佐々山さんは生きたまま身体をバラバラにされ、プラスティネーションで加工されたことがわかったと志恩から聞いた。
あの時ばかりは、背筋が凍るような気がした。

「でも捜査はかなり難航していて、一応犯人は捕まえたんだけど…本質的な解決には繋がってないの」
「ふーん、じゃ、コウちゃんはその事件をずっと追ってるわけだ」
「そういうこと」

秀星がボトルを此方に向けたので、私もグラスを差し出した。
赤ワインがゆっくりと注がれる。

「…ねぇ、秀星。私どうしたらいいかな……なんかもー、わかんなくなってきた…私が謝ればいいの?でもそれって違くない?」
「いやぁ、俺もなんとも言えないけどさ。コウちゃんの気持ちもわかるよ俺は」
「え、何?どうわかるの?」
「男にはどうしてもやらなきゃいけないことがあるのさ」
「…はい?」
「だからね、コウちゃんの気持ちもちょっと、考えてあげなよ。そりゃあ暁はコウちゃんラブだし、コウちゃんも暁ラブだし、心配な気持ちもわかるよ?でもコウちゃんにはコウちゃんの思う何かがあるんじゃね?」
「…」
「あ、やべーなんか今全裸のメスゴリラの幻影が」
「酔ってるだろお前」

ぺしんと頭を叩くと、秀星は頼りなく笑う。
酒弱いなら飲まなきゃいいのに……でも一応、私に付き合ってくれたんだろう。優しいとこある子だ、この子は。
わけのわからん寝言を言いながらもう眠ってしまった秀星を引きずってベッドに投げると、食器だけ洗って帰ることにした。

「ありがとね」













「これって…まさか…」

建設会社から通報を受けて私と宜野と朱ちゃん、そして狡噛が現場に直行すると、事件はもう起きた後だった。
噴水のホログラフの下に、歪な少女のオブジェが置かれていたのだ。
それもただのオブジェではなく、死体を加工したもの。

────バラバラに切り開いた遺体をプラスティネーションで標本にして、街のど真ん中に飾りつける ────
計らずしも、標本事件を思い出す。

「今回の捜査から外れてもらうぞ、狡噛」
「えっ…」
「何でだ?ギノ」
「余計な先入観にとらわれた刑事を初動捜査に加えるわけにはいかない」

宜野の指示は最もだ。
この現場、見るからに標本事件と酷似している。
まだ断定できないとはいえ、狡噛にはこの件を関わらせるのは危険だと判断したのだろう。
けど、狡噛だから知り得る情報もあるんじゃないだろうか。

「そんな…でもまだ標本事件と一緒ってわけじゃ…。あっ…」

朱ちゃんも開いた口を閉じた。何で彼女が標本事件について知って……?
あ、そういえば昨日、秀星も朱ちゃんに標本事件について聞かれたとか言ってたな。
彼女も独自で調べていたのかもしれない。

「宿舎で待機だな?」
「そうだ、それと東雲」
「何?」
「お前は今からこちらで現場検証だ。鑑識ドローンをおろしてくれ、念のためにこのオブジェの周辺を解析させる」
「わかった」

狡噛は特に何か言うでもなく、了承した。
私も背を向けて、荷物を積んでいる車へと戻る。
朱ちゃんは事情を知っている様子だし、多分このまま狡噛の見張り役を頼まれるのだろう。お気の毒さま。

私が積み荷を下ろしていると、とんとんと肩を誰かに叩かれた。

「はい?」

振り返ると常駐の警備にあたっている警官で、どうかしましたかと声をかけようとすると、口に何か布が押し当てられた。
しまったと思ったときにはもう遅い。

「!」
「お静かに」











「宜野座監視官!」
「どうした」
「東雲執行官が鑑識ドローンを運んでいる途中に、突然気分が悪いと……顔色も悪く熱があったようなので、一度本部に引き渡しました」
「東雲が…?」
「はい」
「……わかった。後はこちらで対処しよう。警備を続けてくれ」
「了解です」












「案外すんなりだったね」
「えぇ。大したことありませんよ」

頭が痛い。
ずきずきと痛む。

ゆっくりと少しだけ目を開けると、薄暗い部屋の中だった。
高級そうなソファーに横たえられている身体。
腕は縄か何かで縛られているようで、動かない。
人の声が聞こえる。二人いて一人は全く知らないが、もう一人はどこかで聞いたことのあるような声だ。
私はすぐに目を閉じて、狸寝入りをしながら会話の内容に耳を傾けた。

そう、たしか私は鑑識ドローンを車から下ろしている最中に警官に話しかけられて、それで……。

「で、どうだい?なかなかいいだろう。見た目はもちろんだけど、面白い性格をしてるんだ」
「そうですか。まだ会話もしたことがないのでなんとも。……そろそろ時間ですね、行かなければ」
「すまないね、君に運び屋のような真似をさせて。彼女によろしく伝えておいてくれ」
「ええ、もちろん」

ばたん、と重厚な扉が閉まる音が聞こえた。
どうやら一人の男は退出したらしく、室内にはもう一人の男と私の二人しかいないらしい。

ここはどこだろう?
というかどのタイミングで起きればいいの?

「…やぁ、おはよう。狸寝入りかい?」
「…えっ」
「あれ、ほんとに起きてたんだ?ハッタリだったんだけどな」

だ、騙された…!
もう自棄になって目を開けてみると、薄暗い室内に少し浮くような不自然な白が視界にうつる。
向かいのソファーに長い足を組んで座っている男がいた。

「……貴方は」
「じゃあ改めまして、おはよう。いや、こんにちは、かな。僕の質問の本質は理解できたかい?」

中嶋真昼だった。
そうだ、この声は電話で聞いた声と同じ。
彼は手に赤い背表紙の文庫本サイズの本を持っており、それをパタリと閉じて机に置いた。

「な、なんで………」
「何でって、不思議そうな顔をしてるね。…何から聞きたい?何でも話そう」

中嶋真昼は私の方へ近づくと、手首を縛っているロープをナイフで切って自由にした。
意味がわからない。
もしかしてこの人は私のストーカーなのだろうか?
いやいや、そんなまさか。

「…ここは、どこですか」
「桜霜学園のとある一室だよ」
「桜霜学園?!」

とある一室、と言ったがこの部屋は明らかに学舎のものではない。
多分学園長室か理事長室か、何にせよ特別な部屋だ。
それに、嫌な予感がした。
桜霜学園は、標本事件の容疑者が勤めていた学校だ。

「どうしてそんなとこ……というか、なんで私を誘拐したんですか。…貴方の目的は何」
「うん、在り来たりな質問だね。何、時間になったらちゃんと君をあの"檻"の中へ返してあげるよ。折角だから直接君と話がしたかったんだ」
「…貴方、警察の人間じゃないですね」
「まあね」

私の横に腰かけると、中嶋真昼は微笑んだ。
それが至極当たり前のように、平然と私の目を見る。

「何者ですか。何が目的で、こんなこと」
「教えてあげよう。知りたいことはなんでもね。まずひとつ目、僕は誰なのか」

私もじっと男の目を見つめる。
飲み込まれそうだ。

「僕の名前は、槙島聖護」
「槙島…聖護…」
「東雲暁、君に興味がある。人としても猟犬としても、君は優秀だ。君はエリスを幸せな女だと言ったね。僕の人生で、彼女を"幸せな女だ"と形容したのは、君が初めてだ」

槙島聖護は、ご機嫌そうに笑みを濃くする。

「ねぇ、君は自分の人生にうんざりしているんじゃないか?サイコパス数値が悪かっただけで、10歳から君はあの檻の中だ。恋愛や結婚はおろか、人として普通の生活もままならない。監視官がいなければ本来はあの檻から出ることもできない。小等教育の頃の将来の夢は『素敵なお嫁さんになって幸せな家族と幸せに暮らすこと』だったそうじゃないか。君は今幸せかい?」

私は言葉が出なかった。
何ひとつ言い返せない。
全部、真実だ。

「シビュラシステムが正義?笑わせる、何もしていない人間が、ただ機械で測定した数値をオーバーしただけで犯罪者だ。『潜在犯』だよ。これは差別だ」

そして、何よりもそれは私が常日頃思っていることだった。
この男には、私の心が読めるのだろうか。

「君は、どうしたい?僕は君が望むことをしてあげよう。君が望むなら、僕もそれを望もう」
「…私が…望む……こと…」
「そうだ。道はもう開かれているよ。後は足を進めるだけ。東雲暁、僕と一緒に来ないか?」

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -