僕はずっと探している、知りたいことがあるんだ。

そのためにはどんなことでもやってきた。

君なら、その本当の答がわかると思うんだ。

ねぇ君、寺山修司を読んだことは?












「…さらば、映画よ───でしたっけ。私も読んだことがありますよ」
『流石だね。読書家で知的レベルの高い女性は好きだ。話していて楽しいな。例えそれが潜在犯であってもね』
「…」

今回のアバター乗っ取り事件は案外あっさりと片がついた。
例の『人格破綻者的考察』から御堂という男が犯人であることが判明し、すぐに確保に向かうと、ドミネーターはリーサルモードに切り替わった。
つまりそういうことだ。

『他には?君はどんな本を読むのかな』
「…最近は古典読解のために少し昔の文学作品も読むようになりました。森鴎外の舞姫はご存知ですか」
『もちろん、名作だね。エリスと豊太郎の歪んだ幸せから狂った絶望までを描く儚いラブストーリーだね。いい趣味してる』
「それはどうも」
『なんとも不甲斐ない男とどうしようもない女だが、そこに目をつけたのは悪くない。…ねぇ、エリスは幸せだったと思うかい?』
「幸せだったと思いますよ。少なくとも豊太郎よりは、女としては幸せな女でした。最後は狂ってしまったけれど、それすらも彼女の幸福だったのではないかと」
『ほう。君の見解は興味深いな』
「というか、こんな話してて楽しいですか?」

御堂が死に、全てが終わって数日が経った今日。
久しぶりの非番をもらった私は、することもないので自室に引きこもり、ネットで新しいレシピを検索していた。というか執行官はほとんどみんな引きこもりである。
ところが、突如私の端末に電話がかかってきた。

相手はエグゾゼ突入の際に私に声をかけてきた刑事の中嶋真昼だった。
どうやって私のアドレスと番号データを入手したのかは知らないが、「貴女と話がしてみたくなりまして」と言われて、暇だった私は仕方なく了承し(だって断れない感じだし)、先程から読書レパートリーとその内容や感想、意見を互いに吟味している次第である。こいつ絶対変わり者だよ……。

彼を形容するならば、『言葉の魔術師』だろう。気がつけば彼の敬語は解かれていて、それでも不快感はなく彼との会話はスムーズに進む。
不思議な人だ。

『とっても愉しいよ。…以前にも言ったけど、僕は君という人間にとても興味がある』
「そんなに面白いですかね、私」
『面白いさ。その証拠に、君との会話は飽きない』
「それは良かったです」
『全くだ。他には?僕は古いものなら、人間失格も好きだな』
「太宰治ですか。私にはあれはちょっとハードでした。読みましたけど、一応」
『そうかな。僕は案外好きだよ。睡眠薬飲んで自殺未遂とか古典的でいいよね』
「趣味悪いですね」
『よく言われる』

何故こんな悪趣味な男と電話で会話してるんだろ、私。
別にいいけど、なんだかいたたまれなくなってきた。

「そう言えば、貴方が探している知りたいことっていうのは何なんですか?」
『…なんだと思う?』
「例えばそれは、目には見えないもの?」
『うん』
「例えばそれは、誰もが忘れてしまっているようなもの?」
『フン、なかなかいい線だ』
「…さっぱりわかりません」
『もう少し頑張ってごらんよ』
「例えば、それは」

なんだろう。
目には見えないもの。誰もが忘れてしまっているようなもの。
私が思い付くのはたった一つしかない。
でもそれを口にするのは少し躊躇われる。

『例えばそれは、君の心の中に渦巻く薄い霧のようなものだ』

ごくり、と口のなかにたまった唾を飲み込んだ。

『答は君の中にある。君が求め、僕が満たす。それで僕も満たされる。わかるかい?』
「それは…でも…」

そこで、息を吐くような音が受話口から聞こえた。

『君はいい加減、この問いの本質的な意味に気づいてもいいのではないかな。僕たちがこうして話す内容に意味などない。要は君が最も興味を示した話題にこそ重要性があるんだ』
「…」
『君が興味を示した内容はなんだったかな?最初はたしか僕らは本の話をしていたはずだ。話を切り替えるとき、君は何と言っただろう』

私は思わず胸を押さえた。
何か、胸の中に鉛でも埋まっているように重い。息が苦しい。

『僕が知りたいことに、君は興味を示した。それは本能的に君が察した何かだ。ならば教えてあげよう、君の心の中の薄い霧の正体を』
「待って、」

『それは  だよ』














「はいはい、揃ったわね。始めるわよ」

ぱんぱんと志恩が手を叩く。
扉が静かに開き、狡噛が入ってくると直ぐ様ブリーフィングは始まった。

「八王子のドローン工場で金原が使ったセーフティー・キャンセラーと、御堂のホログラフクラッキング。まぁ、どっちのソースコードもほんの断片しか回収できなかったんだけど、明らかに類似点がある。………同じプログラマーが書いたって線に、私は今日着けてるブラジャーを賭けてもいい!」
「いらねぇよ!」

どん!と効果音がつきそうなほどの迫力で断言する志恩に、すかさず秀星が突っ込んだ。
案外弥生あたり欲しがるかもしれないけど。

「御堂は確かにソーシャルネットのマニアではあったが、公共のホロに干渉できるほど高度なハッキング技術はなかった。金原も御堂も電脳犯罪のプロからバックアップを受けていたのは間違いない」

悲しいほど志恩のボケをスルーすると、宜野は腕を組んでじっと何かを考えていた。

モニターから見える金原の供述では、ただそのプログラムは金原宛に郵送されてきただけで、送り主のことは知らない、と。
どうも嘘をついているようには見えない。本当のことなんだろう。

愉快犯にしては悪質な手口だ。頭がイカれてる奴がやったわけではない。ただ、楽しんではいるのだろう。

「そもそも、金原が殺人を犯すと、送り主はどうして予測できたのかな」
「とっつあんも職員の定期健診記録だけで金原に的を絞ったんだ、同じマネをできるやつがいた。あの診断記録は部外秘だったわけじゃない」

なんとなく疑問を口にすると、狡噛が応える。
どうやら彼には何か思い当たる節があるらしく、私は口をつぐんだ。

「じゃあ、そいつが御堂を手伝った動機は?」
「動機は金原と御堂にあった。…やつはきっとそれだけで十分だったんだ」
「…狡噛?」

なんだか冷静さを欠いているように見える。
狡噛はぐっと拳をつくり、力を込めて怒りを抑えていた。
らしくない挙動に、朱ちゃんもじっと彼を見つめている。

「殺意と手段。本来揃うはずのなかった二つを組み合せ、新たに犯罪を創造する。それがやつの目的だ」
「っ、ちょっと、狡噛!」

ブリーフィングの途中であるにも関わらず、部屋から出て行ってしまった狡噛を慌てて負うと、彼は自室の資料をひっくり返していた。


「慎也」
「暁、あの事件と同じだ。ただ殺意を持て余しただけの人間に手段を与え、本当の殺人犯に仕立てあげてるやつがいる」
「っ…佐々山さんのこと?ちょっと落ち着いてよ、あのときは特殊樹脂だったけど今回はクラッキングツールだよ。全然違う」
「技術屋と周旋人がまた別なんだ。人を殺したがっている者とそのための道具を作れる者とを引き合わせているやつがいる。そいつが本当の黒幕だ」

やはり狡噛は今回の一連の黒幕と標本事件は繋がっているとみたらしい。
私は唇を噛んだ。

正直に言うと、私は狡噛が標本事件について調べることをあまり快く思ってない。
佐々山さんのことは大好きだ。もちろん犯人を許すことはできない。野放しにしていて良いというわけでもない。

でも、これ以上先に進んだら、この男はきっともう、戻れなくなる。

そんなのは、嫌だ。
執行官から監視官に戻ることは事実上不可能だけど、でも、それでも執行官としての平穏を味わってもいいんじゃないの?
どうして狡噛はそこまでするの?

貴方が生きてるんだから、もうそれでいいじゃない。

「いい加減に…」
「佐々山は突き止める寸前までいった。……あいつの無念を晴らす。そのための三年間だった…!」

でも狡噛はさらに深い闇の奥へと進もうとしている。
だめだ、それ以上行ったら戻れなくなる。やめてよ。ここにいなよ。

「……慎也」

きっと、私の声はもう彼に届かない。

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