「あ、宜野」
「…」

眉間に皺を寄せながら、宜野は私を見下ろす。
今、狡噛が今朝の朱ちゃんとスプーキーブーギーの会話を解析中なので、私は絶賛お暇なうでして。
特にすることもないので休憩していて大丈夫ですよ、と朱ちゃんに言われたので、自販機とベンチしかない粗末な休憩所で温かいココアを飲んでいた。そして冒頭に至る。

宜野がこういう所に来るのは珍しい。
ひとりになりたかったのだろうか。だったら私、すごいお邪魔じゃない?

「休憩?」
「あぁ」
「私、いない方がいい?」
「…そんなことはない」

意外な返事だったので、反応に困る。いつもあっち行けとか目障りだとかしか言わないくせに。

「逆探、うまくいきそう?」
「さてな。まだわからない」

何か会話をせねば、と口を開くと、会話が終了した。宜野って絶対友達少ないタイプだと思う。

「…うまくいかないね」
「そういうものだろ」
「さっきはそれでイライラしてたくせにー」
「…東雲」
「あ、ごめんて。怒んないで」

なんとなく、今日の宜野は優しい。気がする。
なので馴れ馴れしく彼の横に座る。ちょっと嫌そうな顔をされたが無視して居座ることにした。

会話はない。
お互い話すこともないし、話す必要もない。でもいつものキリキリした感じじゃなくて、なんだか元気がない宜野を放っておくこともできないから、黙って横でココアを啜る。

「東雲、お前は今回の事件、どう見る」
「んー…わかんない。タリスマンを乗っ取った奴が、何をしたいのかわかんないんだよね。エグゾゼのホロコスをクラッキングするくらい能力があるのに、やってることが幼稚すぎっていうか」
「そうだな」
「そうなるとタリスマンを乗っ取ってる奴とホロコスをクラッキングした奴は違う人間の可能性もあるかなー?って感じ」
「…」
「っていっても、この推理全て人格破綻者の妄想ですけど?」

嫌味を言うと、宜野は目を細めるだけで何も言わなかった。
今日の宜野座伸元は何か変だ。

「俺も、その人格破綻者の妄想と同意見だ」
「へぇー」
「ただ、動機がわからない。逆探も罠の可能性もある」
「かもね」
「…東雲、狡噛と常守監視官をたのむ。俺は今から現場だ。逆探の位置が掴めたらしい」
「…あ……うん…」

宜野は手元の端末を見ながらそう言うと、ベンチから立ち上がり、分析室へと戻ってしまった。
なんだそりゃ。









私が解析室に戻ると、また一人被害者が出たと狡噛に言われた。

例のスプーキーブーギーだ。
朱ちゃんの同期生をさらにアフィリエイト収入で絞り込んで突き止めたところ、本名は菅原昭子。二十歳。
現場の自宅は葉山のときとまったく一緒で、下水管からは遺体の断片が発見された。なのに、アバターだけがネットをうろつき回ってる。

私と狡噛、朱ちゃんとおいちゃんが現場に直行すると、鑑識ドローンが部屋を解析しているところだった。

「昨日のエグゾゼの出入りの後、やられたね」

ゴスロリっぽい室内を見渡す。ここで友達がバラバラにされたというのはどんな気分なんだろう。
朱ちゃんはずっと俯いていた。

「私のせいで彼女を巻き込んでしまって…」
「お嬢ちゃん…」

おいちゃんが慰めるように声をかけるが、朱ちゃんは首を横に振った。
ちなみに狡噛は今も辺りを見て何やら考えているらしい。

「私が、悪いんです。私のせいで…」

今にも泣き出しそうな朱ちゃんの肩をそっと抱いてぽんぽんと頭を撫でる。

私たち執行官は現場慣れしている以上、あまり感情に流されない。でもこの子はつい最近まで学生だった女の子だ。
私たちは友達が死んでも冷静でいられるかもしれないが、彼女はそんな人間ではない。

「お前はスプーキーブーギーを…いや、菅原昭子を囮にしたのか?」
「いえ…」
「協力を強制した?」
「いえ…」
「彼女の情報を敵に漏らした? 」
「…いえ…」
「じゃあ、お前の落ち度はどこにある?」
「それは…」

朱ちゃんは狡噛の問に言葉を詰まらせた。
これは彼なりの優しさなのだが。

「でも現に、彼女は…」
「確かに夕べの時点で犯人を捕まえていたら、菅原昭子は死なずに済んだ。…私たち全員の落ち度だよ」

私が微笑むと、朱ちゃんは少しだけ私をみて、納得できないというように俯いた。

「今はただ責任を果たすことだけを 考えろ。犯人を追うぞ」

狡噛はそう言うと、部屋から出ていく。

「つまるところ、ホトケの供養にはそれしかないんだよな」

落ち着いたらすぐに来な、とおいちゃんに言われて私は静かに頷いた。

「…朱ちゃん」
「暁さん、私、やっぱりそこまで割り切れないです」
「…そっか。そうよね」
「…」
「でも、今回の件は朱ちゃんだけが悪い訳じゃない。誰が悪いとか、誰の責任とかそういうことじゃないよ。でも敢えて言うなら、昨日の段階でタリスマンの成り済ましを捕まえられなかった一係全員が悪い」
「…それは…」
「だから自分を責めるのは止めな。精神がもたなくなる」
「…はい…」











「また1件、妙なのが見つかったよ」

一旦考えを立て直す、との連絡が宜野からあったので、一係の面々は再び分析室に集まっていた。宜野は何故か手を怪我したらしく包帯を巻いていた。
こういうときに、どんくさい、とか言ってはいけない。当直の日数を地味に増やされる。

「メランコリア・レイニーブルー。82歳のじいさんのものだったけど、聞けば孫に頼み込まれて名義だけ貸してたみたい。で、この孫が実は半年前に事故死してるんだってさ」

時任雄一くん14歳。ディスプレイに表示される情報をまとめるとこうだった。

彼のメランコリアは彼の死後も活動を続けているのだ。
祖父はソーシャルネットのアクセス方法すら分からず、アフィリエイトの入金も年金と勘違いしていたありさまだった。

「レイニーブルーもすごい大手です」
「増える増える幽霊アバター」

いよいよ行き詰まってきたな、と秀星も息を吐いた。

「別々のアバターを同時に幾つも操るというのは可能なのか?」
「ヘビーユーザーなら珍しいことじゃないわよね」

宜野の問には志恩がタブレットを操作しながら応える。

「むしろ異常なのはこの犯人の演技力です。乗っ取られたアバターはどれも怪しまれるどころか、かえって 本物だったころよりも人気者になってるんですよ」
「何千人、何万人というユーザーが何故偽物に気付かない?」
「本物も偽物もないからだよ」

そこで私も口を挟む。狡噛はまだ何も言わない。

「この子たちはネットのアイドル、すなわち偶像だ。偶像っていうのは本人の意思だけでは成立しない。葉山も菅原も、自分の力だけで地位を築いたわけじゃない。周囲のファンの幻想によって祭り上げられることにより、タリスマンやスプーキーブーギーになることができた」
「アイドルの本音や正体とそのキャラクターとしての理想像とはイコールじゃない、ってやつ?」

本で読んだことある、と秀星が私をつついた。そう、つまりそういうことだ。

本人より、むしろファンの方がアイドルに期待されるロールプレイをよりうまく実演できたとしても不思議じゃない。

「犯人はこいつらのファンだと?」
「メランコリア、タリスマン、スプーキーブーギー。この3つのキャラクターを完全に熟知し、模倣することができた。それだけ熱を込めてファン活動をしていたやつが本ボシ、ということだな」

狡噛の結論に、私は大きく頷いた。













「…フフ、面白いな」

薄暗い室内で、男は一枚の写真を眺めていた。
長く色素の薄い襟足をさっと払うと、男は口許の笑みを濃く浮かべる。

「調教はしっかりされてますよ、か。なるほど、君は面白いよ。僕の心を擽るのがとても上手だ。賢い犬にはご褒美をあげないと」

写真の中の女は、真っ直ぐに彼を見つめていた。
と、携帯電話が鳴る。いつものあの男だろう、と目星をつけて出れば、予想通りの相手だった。

『ダメですねぇ、御堂さん。もう放っておきます?』
「ああ、そうだね。最初から彼にはそこまで期待はしてなかったけど、この終わり方は実に残念だよ」
『まぁ、こちらも元よりその手筈でしたからね。そういえば、そちらは?彼女とはもう接触できましたか?名前は…たしか…東雲…』
「東雲暁。あぁ、思いの外あっさりだったよ」
『その口調からすると、どうやら旦那の御眼鏡には適ったみたいですね。いい女ですか』
「そうだね。……君も彼女を気に入ると思うよ。僕と彼女は正反対に同じだ。彼女が禁断の果実を口にするまで、あと何日かな」
『なかなか興味深いですね』

そこでプツッと音がして電話は切れる。男は持っていた端末を放り投げた。
ガタッと音がして、端末は床を滑る。

「僕と君が手をとったら、どんなに愉しいだろうね。世界は悦びに満ち溢れてるんだよ。君となら、分かち合えそうな気がする」

だって君、僕と同じ目をしているじゃないか。
男はそっと写真に口づけた。

「早くここまで落ちておいで…暁」

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