「オフ会ねぇ……」

なんでも、普段ネット上のコミュフィールドに集まっているユーザー同士が、みんなでソーシャルネットでのアバターと同じホロコスをかぶってパーティーをするらしい。
妙なことを思い付くものだ。
で、そのイベントにはタリスマンも参加するらしく、私たちは会場である六本木のクラブ・エグゾゼを包囲しているわけで。

店の入口には狡噛、おいちゃん、そして朱ちゃんが待機。
表は秀星、弥生、そして宜野が待機。裏はドローンだ。
私は護送車のそばの塀にもたれかかって、パソコンを用いてマップや脱出経路、参加者のデータなどを割り出していた。何故外でこんなことをしているのかと言うと、宜野曰く「最近のお前の顔色が悪いからだ」らしい。
体調を気遣ってくれるのは嬉しいけど、なんか腹立つ。

「ったく、ソーシャルネットの仮面舞踏会なんて、何が楽しいんだか」
「ですよね、僕もそう思いますよ」
「!」

私が独り言を漏らしていると、不意に現れた細身の男が、私と同じように壁にもたれて微笑んだ。

色素の薄い髪に、白い肌。病的にも見えるけど、どこか美しい。
薄手のパーカーにスキニーというあっさりした服装の彼は、どうにも警察関係者には見えなかった。

「すみません、一般の方ですか?捜査中ですので」
「あぁ、僕も刑事です。今日はオフだったので。ほら、警察手帳」

懐から警察手帳を取り出すと、私に見せる。
名前の欄には"中嶋真昼"と書かれていて、写真も本人と同じだった。
確か警察手帳は複製不可の代物だから、この人は本当に警察関係者なのだろう。

「そうでしたか、失礼しました」
「いえ。当然です、こんな見た目の男が刑事だなんて誰も思わないでしょう」

中嶋さんは少し困ったように笑うと、ちらりと私のパソコンに目を向けた。

「そういえば、さっき仰ってましたね。ソーシャルネットの仮面舞踏会?とかなんとか」
「え、ええ」
「ネットのオフ会のことですか?僕もあまり好きではありませんね。誰が誰だかわからない状況で、あんな狭いクラブに集まって、何が楽しいのだか」

呆れるように腕を組む中嶋さん。
奇遇だが、私も彼と同意見だった。それにしてもよく喋る人だな、と顔をまじまじと見つめると、彼はまた微笑んだ。
顔はすごく整っている。こんな人が警察にもいたのかと思うと、世の中捨てたもんじゃない。

「ですよね。これはバーチャルじゃない。殴れば血が出るし、ナイフ一つで命を奪えるリアルな空間です」
「ほう、面白い考え方ですね。最近のネットユーザー、特に若者はそういった警戒心が薄まってきていますよね。まぁそんなこと言ってたらネットなんて出来ないんでしょうけど」

ですね、と私も頷くと、中嶋さんの携帯電話が鳴った。
失礼、と断って彼が電話に出る。
すると、私の端末にも通信が入った。

『なぁ暁〜、ホロコスってすげーよ!こんなん見てたら頭おかしくなりそうだね!』
「秀星、私語は慎みなさい。宜野に怒られちゃうぞ」
『その通りだ、縢、私語は慎め』
『ちぇー』

微笑ましいやり取りに頬が緩むが、そうも行ってられない。
狡噛から合図はないとはいえ、いつでもログできるようにしておかねば。

「失礼しました、ちょっと知り合いからの電話で」
「いえ。というか、お時間大丈夫ですか?」
「ええ。なんというか、もう少し貴女とお話したいんです。ご迷惑ですか?」
「そんな、とんでもない」

電話を終えたらしい中嶋さんは、また微笑みながら私の傍らにいた。
正直に言うと、仕事の邪魔だ。
早々にお帰り願いたいけど、相手は恐らく執行官よりも遥かに上の立場の人間だ。断るに断れない。

「東雲さんは、外の世界に憧れたりはしないのですか」

一瞬、息が詰まった。

「…何故…私の名前を?」
「有名ですよ。施設に入っていたにも関わらず、能力的には普通の潜在犯を遥かに上回る有能な人間だ。そのため、本来なら規定のある年齢である若干18歳で現場入り。狙撃、勉学、体術などでも優秀な成績をおさめていて、サイコパス判定なんてなければ貴女は世界のトップに立っていたかもしれない」

遠回しな言い回しで私の個人情報をべらべらと話してくれた中嶋さんは、悪びれる様子もなくそうでしょう?とごり押ししてくる。
今私がこの男に抱いている感情は『不快感』以外の何物でもなかった。

「…あの、何が仰りたいんですか」
「いえいえ。ただ僕は貴女という人間に個人的に興味があるんです。こうして野放しにされていても、君は全く逃げようとはしない。なのに、この世界のシステムに憤っている。なんとも皮肉な話ではありませんか」
「…そりゃ、私は猟犬ですからね。調教はしっかりされてますよ?」

ジロリと横目で睨むも、中嶋真昼は相変わらず笑みを絶やさない。不気味な男だ。

「しかし、いつまでも飼い殺されているのも退屈では?」
「仕方ありません、私潜在犯ですし」
「そうでした」

この男は蛇だ、と思った。
私にけしかけようとしている。赤い禁断の果実を食べろ食べろと唆す蛇だ。一度味わってしまったらきっと私は元には戻れないのだろう。
私は、シビュラシステムの根源にある闇に触れたら、きっとこの世界に牙を剥く。
それは私もみんなも望まない。
でも、この男は。

「おっと、時間のようだ。またお会いしましょう。今度は食事でもしてみませんか?出来れば、二人っきりで」
「また、機会があれば」

私も精一杯の作り笑いで返すと、中嶋真昼は残念です、と眉を下げた。
フラれているという意味はわかってるらしい。

「あぁそうだ、僕の連絡先です。貴女は僕に興味がなくても、僕は貴女に興味があるので。気が向いたら、連絡ください」

そういって私に紙切れを渡すと、中嶋真昼は去っていった。
掌の紙切れをぐしゃりと握り潰す。

「……変な男」













「タリスマン・サルーンは相変わらず千客万来。葉山公彦の幽霊は今日ものうのうと人生相談に大忙し、と」

志恩の言葉に、その場にいる監視官と執行官全員がどんよりとした空気を漂わせる。

結論だけいうと、エグゾゼ突入は失敗に終わった。

どこでバレたのか、何者かが参加者のホロコスをクラッキングして全員がタリスマンのアバターになってしまったため、どれが本物かわからなくなってしまったのだ。
結果としてサイコパスの数値が高い人間を一斉検挙という形になってしまい、今も本物のタリスマンは捕まえられずにいた。
これには宜野もさすがに額をおさえている。

「逃げも隠れもしないどころかクラブ・エグゾゼの件、ネタにしてるありさまですよ」

悔しかったのか、秀星がむすっとして私の服の袖を引っ張る。
子供か!かわいいけど。

「そもそもこいつは 何がしたいんだ?葉山公彦が生きているように見せ掛けるのが目的なのか?」
「だったら銀行口座や外出記録を2ヵ月ほっとくわけないでしょ」

宜野の発言に口を挟むと、じとりと睨まれる。
何よ何よ、私が突入してたらもっとうまくやってたのにミスったのあんたでしょうが。

「はい暁もギノさんもピリピリしないー!やっぱりアバターをのっとるのだけが目的なんすかねー?」

デスク用の椅子でくるくる回りながら、秀星は私の手を掴んでぶらぶらと揺らす。ちっちゃい子みたいで可愛いから許す。

「愉快犯と考えればあり得るが、そのために殺人まで犯すか?」
「ギノ、犯罪者の心理を理解しようとするな。のみ込まれるぞ」
「フン。それは貴様自身に対する戒めか? 狡噛」
「ちょっと宜野、言い過ぎ!」

狡噛にまで突っ掛かる宜野にいい加減イライラしてきて、説教をしてやろうとすると、今度は椅子に座ったまま秀星が腰に抱き付いてきた。
どーどーってどういう意味だ、あんたも私をメスゴリラ扱いか。

「奴は愉快犯だったとしてもバカじゃない。自分に嫌疑が掛かると予測していた。会場全員のホロコスをクラッキングするなんて事前の準備がなけりゃ無理な相談だ」
「こちらをなめて掛かっているなら思い知らせてやるまでだ。唐之杜、タリスマンのアクセスルートを追跡しろ。今度こそ身元を突き止めて押さえる」

例のごとく感情的に突っ走る宜野座伸元くんである。
アクセスルートの追跡出来ないってこの前話してませんでしたか。

「熱くなるなギノ。やつは逆探知対策に鉄壁の自信を持ってる。だからこそ今でも平然とソーシャルネットに出入りしてるんだ」
「ここで手をこまねいて何になる?」
「別の方法でやつの尻尾をつかめるかもしれない。まだ一つ気になる件がある」
「いいだろう好きにしろ。俺は俺で逆探知の線で進める」

また始まっちゃったよ、意見の食い違い。
私なら狡噛に1000円かけてもいいけど、宜野はあくまでも自分の姿勢を崩したくないらしい。
狡噛がまた監視官に戻ってくれないかなーなんてぼんやり考えていると、宜野から指示を出された。
前髪ちょん切ってやろうか。

「メスゴリラはこっちだ」
「狡噛まじぶっ殺す。今日という今日は許さない」
「まあまあそう怒らないでください…そういえば暁さんて、なんでメスゴリラがあだ名なんですか?」
「朱ちゃん?!あだ名じゃないよ!浸透してないよ!!メスゴリラでデフォじゃないよ私!」
「こいつと組み手をするとメスゴリラと戦ったような気分になるからだ」
「狡噛メスゴリラと戦ったことあんの」
「……ない」
「じゃあメスゴリラ言うな!」

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