「また随分と懐かしい夢を…」

ベッドから起き上がって伸びをする。

『メンタルチェック サイコパス色相 レモンイエロー 犯罪係数112 前日の最終チェックと比較 係数低下率8.1% メンタルセラピーを怠らないでください』
「はいはい。…そうは言っても下がらないんですけどねぇ」

最近室内ホロは全面ガラス張りの構造にしていたせいもあって、室内が透き通っているような気さえする。ただのホロ、なんだけど。

ゆっくり起き上がって時刻を見るとまだ午前五時だった。昨日は早めに上がりだったから戻ってきてすぐ寝たのだ。

朝日が少し顔を覗かせていて(と言ってもこれも人工的な投影なんだけど)、その光がガラス張りの室内に反射してなかなか綺麗ではある。

「…どーしようかな」

二度寝も悪くないけど、今寝たら身体がだるくなるだろうし、狡噛が起こしにきても機嫌最悪で目覚めねばならない。それは狡噛になんだか申し訳ないし、とりあえずシャワーを浴びて、それから考えよう。
今日は八時半に出勤だからまだもう少し時間はある。
あ、そうだ、今日は私が狡噛を起こしてあげればいいんじゃない?
寝起きドッキリとか!

いいことを思い付いた私は早速実行すべく、バスルームへ向かった。
猫足バスタブのそばでシャワーを浴びると、私は昨日カフェテリアから持って帰ってきたパンを一口頬張り、スーツのホロを纏って部屋から出る。










「お邪魔しまーす…」

そっとドアを開けて狡噛のプライベートルームに入室する。
足音を立てないように、そっとヒールを脱ぐと、暗い室内でもすぐにわかるトレーニング器材がやけに目についた。
これで毎日鍛えていれば、そりゃあんなムキムキマッチョにもなってしまうだろう。
あの男は基本的に仕事するか鍛えるか食事するかしかしない。

「…こーがみくーん」

抜き足差し足でそっとソファに近寄ると、狡噛が上半身裸で眠っていた。
いつも思うけど服着ろよ。

「……」

狡噛はまだ眠っているようで、小さな寝息をたてていた。
こんな無防備な狡噛は一般人はなかなか見れない。今となっては私の特権だ。

起こすのが勿体なくて、そのまま寝顔を見つめていると、フイっと顔を背けた。
びくっとして少し離れる。

「っ…ぁ…」
「え」
「…暁…」
「……」

寝言だったらしい。私の名前を呼んだということは、私の夢でも見てるのだろうか。
なんか複雑だ……これ、起こした方がいいかも。

「狡噛くーん!起きてくださーい!今日は暁ちゃんが起こしにきてあげましたよー!!!」

耳元で叫ぶと狡噛がぴくりと動いてゆっくりと目を開く。
お目覚め、らしい。

「……暁…」
「おはよ!今日は早起きに成功した私が起こしにきてあげましたー!」

にんまり笑うとぽかんとした顔のままの狡噛の手が伸びてきて、そっと私の頬を撫でる。
また、犬扱いだ。

「……」
「…あのー……機嫌悪い?」
「いや」

寝起きの狡噛は頭が回っていないらしく、そのまま私の頬に手を添えて目線をあわせると、少しはにかむような表情をした。

「最高だ」

思わず私もカッと頬が熱くなる。
あれ?狡噛ってこんなかっこよかったっけ?
こんなに優しい顔できるんだ?
あれ、なんか胸の奥がチクチク痛い、なにこれ、なにこれ?

「あ、の、早く準備したら?…私、その…あの…寝起き、ドッキリ仕掛けただけだし、その、…っうわ!!!」

頬に触れていた手が私の肩に下りてきて、そのまま前のめりに倒れ込む。
狡噛の、首筋に顔が埋まってしまって恥ずかしい。

「なに!な、なにしてんの!」
「…何してるんだろうな」
「狡噛?!狡噛さん?ちょっとはなしてなにこれ」
「煩い」

頬をつねられて黙る。
夢でもこんなシーンがあった気がする。
なんなのよ、なんで私は狡噛といるとこんなに恥ずかしいの。
今絶対に顔赤い。

「お前といると落ち着く」
「はい?!」
「何なんだろうな…ほんとに。…お前は俺の…」

顎を指であげられて、また至近距離で目線があう。
なんだろう起き抜けの狡噛ってこんなにエロ……セクシーなのは知らなかった。
どうしよう、どうしたらいいんだろう。
顔が、近い。

「あの、狡噛」

狡噛の真剣な目が、私をじっと見つめていて、目がそらせない。
なんでこんなことになってるのよ…

空はもう明るくなり、ホロの窓からの光のお陰で室内は行動をするのに不自由ない明るさになっていた。

「…寝ぼけてるでしょ?もー、欲求不満だかなんだか知らないけどはなし」

……はい?

何か、唇に触れたんですが。

「細いな。また痩せたんじゃないのか」
「え、あの」
「ちゃんと食ってるのか?腕も…」
「っ…慎也」

腕を掴まれた瞬間、目を泳がせて昔の呼び方で呼んでみた。
なんとなく、狡噛は何かを私に隠しているような気がしたのだ。

「…どうしたの?」
「久しぶりに聞いた、それ」

八年前、狡噛が監視官として私たち執行官のもとへやって来たときに私が勝手に馴れ馴れしく呼んでいただけだ。
私はそのときまだ18歳で、状況判断優秀者として未成年で執行官を始めて少し経った時期だった。
宜野とこの男が並んで新しい飼い主になると知ったときは、憂鬱だったものだ。
だってこの二人とも、ちょっと厳しそうだったから。そしてその予想は的中することになる。

「あの時親睦を深めようとか訳のわからんことを言い出して、全員にあだ名つけたのお前だったな」
「今はみんな使わないけどね」

狡噛が"あの事件"で執行官に降格してから、私は狡噛のことをもう"慎也"とは呼べなくなっていた。
私の知っている"慎也"は監視官・狡噛慎也のことであり、執行官・狡噛慎也ではないのだ。
それを狡噛も、薄々気付いてはいただろう。

「なんで、いまキスしたの」
「何でだろうな」
「…」
「俺もわからない。…嫌だったか?」

狡噛はいつもそうだ。
嫌だったか?と聞く。
嫌ではない。ただこの中途半端な関係が私はひどく気持ち悪くて、喉の奥がつっかえそうになる。

「嫌じゃないけど、理解はできない」
「…なら、しなくていい」

狡噛はそっと私をはなすとベッドから立ち上がり、冷蔵庫をあけてペットボトルを一本取り出してそのままごくごくと飲み始める。

「…狡噛は、私のことをどう思ってるの」

じとっと冷蔵庫の前に佇む狡噛を見ると、また視線があう。

「…それを俺がお前に言う権利は、ない」

それだけ言うと狡噛はシャワーをするためか洗面所の方へ向かった。
私もその背中を見送ると、そのままバサリと狡噛のベッドに横たわる。

─────わかってしまった。
つまり狡噛はかつては監視官であった執行官の自分が、私に愛をさらけ出せるほどの立場にいないから、私に恋愛感情を示すことは出来ないと、そう言ったのだ。

それは皮肉にも、私も同じだった。

愛を囁いたり、告白したり、セックスをすることだけが恋愛ではない。
私たちはお互いの心の隙間に、口にすることは叶わないお互いへの密やかな想いを、ひた隠しにしつつ分かち合う他ないのだ。
言葉には出来ないから、ただ態度で示す。あのキスは、狡噛なりの私への懺悔にも似た歪な告白だった。

宜野にばれたらどうなるだろう。

「っ…」

泣いてしまいそうだ。
恋愛って、こんなに苦しいものなの?
志恩が恋は女を綺麗にすると言っていたけど、今の私は綺麗とは程遠い。
苦しい。辛い。哀しい。知らなければ良かった。

私たちが潜在犯で有る限り、結ばれることはないのに。
気づかなければ良かった。

狡噛のことが、好きだなんて。











「それでー?何の用」
「…お薬」

あぁー、ピルのことねーとデリカシーの欠片もなく、気だるさ全開でのっそりとソファから立ち上がる志恩を横目で見ながら、私もソファに腰かけた。

狡噛がシャワーをしている間に私は退出し、分析室を訪れていた。
部屋に戻るのもなんだか寂しいし、かといって刑事課に行ってもどうせすぐ狡噛と鉢合わせすることになるだろう。二人きりになるのは避けたい。
そこで分析室だ。
別に今日は生理じゃないけど、志恩の城に何の用件も無しにお邪魔するのは弥生にも悪いし、些か気が引ける。そのための口実だった。

「で?なんであんたが珍しくそんな女の子の顔してるわけ」
「え」
「バレバレよ〜、誤魔化すの下手なんだから、慰めてもらいたいって素直に言えば?」
「そ、そういうわけじゃ」

ないよ、とうつ向くと、ソファの向かいにあるテーブルに小さな紙袋に包まれたソレと、横に温かいココアが置かれる。
受け取ろうと手を伸ばす。

「じゃあ何……あ、もしかして慎也くんとエッチでもしちゃった?」
「!!!」

掴んでいた錠剤の袋がまたバサリと机に落ちる。

「わっかりやすー…ほんとにエッチしちゃったの?どうだった?慎也くん、上手だった?」
「するわけないでしょ!!何に興味持ってんの!別にそんなんじゃないってば!!志恩のバカ!変態!」

私の横に腰かけた志恩に悪態をつきまくると、やれやれというように笑って流されてしまった。

「ま、かわいいかわいい暁ちゃんは10歳からここだもんねぇ。なんなら処女は私が奪ってあげようか?あたし、女の子もイケるわよ。上手だし」
「バカ言わないで……そんな話しに来たんじゃないんだよ」
「じゃあ、どんな話しに来たのよ」

いつもよりいくらか優しい声音で首を傾げる志恩。
これはどんな男でも落ちるだろう。当の本人はそんなことに興味ないみたいだけど。

「狡噛に、キスされた」
「あらまぁ」

特に驚く様子もなく即答されて、気まずくなり、淹れてくれたココアを口に含む。
そんなに甘くない、けど仄かに香りが広がる。美味しい。

「そういえばあんたたちって普通の仲ではないわよね。仲良し…とは少し違うか。お互いがお互いを無意識に繋ぎ止めてる感じ?」
「そんな風に見える?」
「少なくとも、あたしはね。それで?」
「私のことどう思ってるのって聞いた」
「ふんふん」
「そしたら、『それを俺がお前に言う権利はない』って…」
「…腐っても猟犬ね」

志恩が皮肉に笑うと、私はどう答えていいかわからずうつ向いてココアを見つめる。朱ちゃんが言ってたことも強ち間違ってないかも。

「あくまで社会に縛られる猟犬てことね。好きじゃないって言わないってことは……つまりそういうこと。それで、暁は慎也くんのことどう思ってるの」
「…多分…すき」
「あら、両思いじゃない」

特に嬉しそうにもせず、淡々と返す志恩。
まるでこうなることが最初からわかっていたかのような口ぶりだ。

「でも」
「とりあえずさ…仕事行ったら?」

え、と言われて時間を確認すると、八時半になる五分前だった。
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