『エリアストレス上昇警報。六本木旧ヒルズ内部にて規定値超過サイコパスを計測。当直監視官は執行官を伴い、直ちに現場へ直行してください』

課内アナウンスで目をさますと、宜野と狡噛は既に立ち上がり、支度をしていた。

「暁、狩りの時間だ」

狡噛にコートをひっぺがえされて、起き抜けの顔のまま頷くと、私もコートを羽織る。











「六本木ー?」
「あぁ。この時間だから、恐らく酔った客同士のトラブルかもな」
「あー…」

護送車からおりると、六本木の旧ヒルズの裏口だった。
相変わらずバカデカいビルだな。
六本木ヒルズは数年前に新ヒルズが出来たせいもあって旧ヒルズは少し人が少なくなっていたが、夜は夜で呑みにくる客は途絶えないらしく、表はまだ明るかった。
ぼんやり見上げていると、ギノが指示を出し始める。今日は三人でやらなきゃだから、あんまり下手はできない。

「場所は14階のキャバクラだ。そこの客の中にサイコパスを上げてる奴がいる」
「店側には連絡したのか?」
「あぁ、店長から先程こちらに連絡があった。やけに羽振りのいい客がいて、そいつが来てからセンサーに引っ掛かったと」
「ふーん、じゃあ正面突破ですか、監視官様?」
「あぁ。…俺と狡噛で正面から突入する。東雲は裏から回ってくれ」
「あとは…状況判断だな」
「そうだ。まぁ、ターゲットはかなり絞られてるからな…お前たち二人に任せよう」
「えー?えらく今日は信用してくれるんだね」

私がドミネーターを認証しながら笑いかけると、宜野はふんと息を漏らした。
狡噛は特に不満はないらしく、なにも言わない。

「行くぞ」










裏に回れ、と言われたので店の中に通じる細い通路で待機をしていた。
正面突破といっても、狡噛と宜野の二人なら成功するだろう。
ターゲットは自分が検知されていると気づいていないらしいし、時間もそんなにかからないだろうと踏んで、静かに通信の音に耳を傾ける。

どうやらたった今突入したらしく、店の中からはキャバ嬢たちの悲鳴が聞こえてきた。
確かにいきなり公安が押し入ってきたらびっくりするだろう。まあでもこういう反応も慣れっこだけど。
銃声が聞こえてきたのでやったかと通信を繋ぐと、少し焦ったような狡噛の声が聞こえてきた。

『ちっ、痛覚麻痺ドラッグか!』
「どうしたの!」
『逃がした!ハウンド2、裏から確保してくれ!非常階段だ!』
「了解ー」

ドラッグやってんのかよ…。
思ったより面倒な立ち回りになった私は、裏の細い通路を抜けて、非常階段の前で奴さんを捜す。

「!」
「見ぃーつけた」

反対側の廊下から血相を変えて走ってくるオールバックの男にドミネーターの銃口を向ける。男には左肘から下の部位がなく、血が滴っていた。
さっき狡噛か宜野に撃たれたときにかすったのだろう。
目が完全にイっちゃってるじゃない。

『対象の脅威判定が更新されました
 犯罪係数327 執行モード リーサル・エリミネーター』
「わーお。久しぶりの300オーバーか。シビュラはこの男がいらない、と」
『慎重に照準を定め 対象を排除してください』
「そう仰ってるそうですよ」

そっと左手も添えてドミネーターを撃つとようやく痛みを感じ始めたらしい男は、やめてくれ、助けてくれ、と嗚咽を漏らして叫びながら、ただの肉片になった。上半身の肉が盛り上がり、内臓が破裂する。

辺り一面に血が飛び散り、飛沫が少しだけ私の頬を汚した。
距離が近かったらしい。鉄の香りが私の思考を興奮させる。

「…オールクリア」
『やったか』
「…うん」

通信が切れる。するとすぐに後を追ってきたらしい狡噛と宜野がこちらにやってきた。

「ご苦労」
「大事ない。……先に戻っていい?」
「構わない」
「俺も行こう」

妙に殺伐とした気分になってじとっと宜野を見ると、彼は静かに頷いた。
戻るといっても護送車なので狡噛も一緒だ。
頬にべっとりとついた血を、持っていたハンカチでそっと拭う。
白いレースのハンカチに赤茶色い液のシミができたが、別にどうでも良かった。

狡噛と二人で並んでエレベーターに乗り込む。
ドアが閉まった瞬間、ふわりと身体が揺れて、膝をつきそうになるが、狡噛が咄嗟に私の腕を掴んだ。

「おい、大丈夫か」
「…ん…」

貧血、だろうか。目の前が真っ白でうまく頭が回らない。
どうにか立とうとするが、足が動かない。

「っ…」
「…おい」
「ごめ…ちょっと、疲れた」

屈んでうつ向く私が心配になったのか、狡噛が膝をついてそっと私の首筋の脈に手を当てる。
ひんやりとした手が心地いい。

「脈が速い。どうした?」
「……」

そっとサイコパス測定器で自分の色相を確認する。

『メンタルチェック サイコパス色相はレモンイエロー 犯罪係数は157 セラピーが必要です 直ちに治療を行ってください』
「…興奮…してるんだよ」

測定器を切ると、そのまま床に座り込む。
ドクドクと心臓が脈打っている。
リーサルモードを使うのが久しぶりだったせいもあるけど、目の前で人が身体を破裂させて死ぬのは見ていて気分のいいものではない。
私のサイコパスは、リーサルモードで執行する都度濁るのだ。

エレベーターがゆっくりと止まる。一階についたらしいが、立てない。どうしようかと妙に冷静な頭で考えていると、身体が浮いた。

「こ、狡噛…!」
「立てないんだろ。黙って運ばれてろ」
「……〜〜っごめん」
「気にするな」

狡噛に横抱きにされていた。
なんでもないというような表情で、すたすたと歩く狡噛の顔を見ると羞恥心に襲われる。
恥ずかしい!人生初めてのお姫様だっこが狡噛とか!

恥ずかしいので俯いていると、他の警察関係者らの声がざわざわと聞こえて、見られていると思うと余計に恥ずかしい。何でこんなに恥ずかしいんだろう。
狡噛は私のことなんかメスゴリラとしか思ってないくせに。

「…座れるか」
「もう大丈……わっ!」

護送車の中に入ると、いつもの椅子にそっと下ろされるが、足が引っ掛かってバランスを崩してしまい、そのまま前にいた狡噛に激突する。

「いった……ご…ごめん狡噛…」
「…」

ゆっくり起き上がると、私が狡噛を押し倒すようなポーズになっていた。
狡噛は特に何も言わずにじっと私を見ている。

「あ、あの…ごめん…」

どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう!
混乱して目を白黒させていると、ゆっくり起き上がった狡噛の左手が腰にまわる。

「へ?」
「動くなよ」
「なにす…」

狡噛の右手が私の頭を彼の胸に押し付けた。
抱きしめられるような形になったかと思うと、ガタンと護送車が揺れる。
どうやら発進したらしい。

「狡噛、」
「…嫌か」
「え?嫌っていうか、あの」
「俺とこうしてるのは嫌か」

目だけで狡噛を見上げるが、彼の表情は見えない。ただ少し、いつもより寂しそうな声をしていた。

「悪い。今情けない顔してる」
「…」
「…戻ったら分析室で診てもらえ。それまでは…こうしてろ」

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