日常とは簡単に非日常に姿を変える。 今日なんかが、いい例だ。 「えー、ということで!本日付で門外顧問として真選組で寝食を共にすることとなった芹沢紫殿だ!」 「よろしくお願いします。あと文句ある奴はかかってこい股間ぶち抜いてやるから。女だからって舐めてるとお前ら全員股だけ女にしてやるからな」 重大発表がある、と唐突に屯所に収集がかかったと思えばこれだ。 俺はこんな話聞いてねぇ。つーか何この下品な女。 「どういうことだ近藤さん。俺の断りも無しに、聞いてねぇぞこんな話」 タバコを灰皿に突き立てて消しながら、早くもこたつで寛ぐ近藤さんと女を交互に見つめると、近藤さんは少し困ったようにすまんと笑う。 全然笑い事じゃねぇ。 一先ず隊士を退散させ、俺が近藤さんに問い詰めようと思い、二人を呼んだのだ。 すると、意外にも女が口を開いた。 「松平のおじさまからの命令だよ。この前、伊東の謀反による真選組壊滅騒ぎがあったそうで。…それで、幕府(御上)からのお達しで、おじさまと親しかったうちの家が、真選組の監視とお手伝いに駆り出されたわけ」 女はひどく面白くなさそうに冷静に、そして淡々と説明すると、湯飲みをそっと持ち上げて茶を飲む。 見目振る舞いからして良家の娘であることはわかる。 だが、それが何なんだ。 門外顧問というのは警察内部の特務機関の一つで、警察を見張る監視官のような役職を指す。 つまり、俺たちの行動を規制する見張り役というわけだ。警察内部から最も嫌われる存在。 そして厄介なことに、門外顧問は局長と同じ権限を持っている。俺はこの女の命令には逆らえないのだ。 「トシ、紫殿は水戸の旧家の一人娘のお嬢さんだ。家督も本来ならば彼女が継ぐはずなんだが、とっつぁんに気に入られたようでな。刀の腕もピカ一、知性も常識もきちんと詰まったまさに才女だ」 「だったら余計にまずいだろうが。この女は俺たちを監視するっつったんだぞ?!何で俺に相談しなかった?」 「ギャーギャー喧しい!」 女はロングコートを翻して、腰に据えた刀を抜刀せずに俺の目に向けると、冷たい目でじとっと俺を見る。 「監視って言っても、私ははなからそんなもの真面目にやる気はない。やっと家から出られたんだし…。今さら真選組でどうこうして遊ぼうなんて考えてない」 「ってめ、」 「ただ!…私は今日から貴様の上司だ。ツラと名前だけ覚えとけと言っているんだよ。真選組の方針に口出しはしない」 「…近藤さん、この女のどこが才女だって?」 俺が苛立ちを抑えつつ女────芹沢を睨むと、芹沢は少し鼻で笑って刀を下ろした。 確かに顔は美人だし、多少は真選組のイメージアップにも繋がるだろう。だが割合はっきりとした性格のようで、人を見下してバカにしているような一面も見受けられる。 第一、女が真選組で仕事なんざ勤まるわけがねぇ。風紀が乱れる。 早々に御退去願いたい。 「落ち着けトシ、紫殿も」 「落ち着いていられるかよ…こんな女」 「……貴様は私が女だからと卑下しているのか?もしそうなら許しがたい発言だな。女を揶揄するとは」 「真選組の仕事が女に勤まるわけねぇだろ」 「猿以下の知能しかない奴等よりは知性も社交性も戦闘能力も高いとは思うけど」 「テメェ……!」 怒りのあまり抜刀しそうになるが、それも近藤さんに羽交い締めにされて、動きが止まる。 芹沢が腰まである長い髪をサッと振り払う。 「そんなに私が気に入らない?私は貴方達に危害を加えるつもりはないんだよ」 「真選組は女人禁制だ」 「女人がいなければ統率も上手くできないんだから仕方ない。伊東鴨太郎がいい例じゃない。自業自得だよ、副長さん」 「…っ」 「これはおじさまからの命令なんだよ。仕事なんだ」 「トシ、お前に相談しなかったのは俺も悪かった。だがな、ぶっちゃけ今朝急になんのアポも話も無しにとっつぁんが紫さんを俺に押し付けてキャバクラ行っちゃって…」 「……」 ……ってことは松平のとっつぁんに押し付けられた厄介娘じゃねぇか。 だが芹沢が着ているロングコートは真選組のデザインと同じだし、中のベストもスカーフもホットパンツも同じ。 やはりこの女は本日付で真選組の門外顧問に就任したということだ。 舌打ちをすると、にやりと芹沢は笑った。 「さて、じゃあここで手合わせというのはどうかな。私が女で力が弱いから納得いかないんでしょうが」 「…そりゃ、そうだが」 「なら証明して見せよう。私が土方より勝っていたら、真選組の一員だと認める。負けたら、私が辞退するというのは?」 挑発するかのように俺を見るその女は、紛れもない性悪だ。 大きな目を細めて、にたりと笑う。 色っぽいと言ってしまえばそれまでなのだろうが、この女は性格が悪いのだ。山崎あたりなんか引っ掛かりそうだ。 「待ってくだせェよ、芹沢さん。それなら俺と勝負しな」 いつから聞いていたのか、廊下から障子を開けて総悟が悪戯っ子のような表情で顔を覗かせる。近藤さんがさすがに慌てた様子を見せるが、一方の芹沢は口元の笑みを濃く浮かべる。 そのまま障子を開け放つと、総悟は座っている芹沢を立ったまま見下ろしてこちらも性悪な笑みを浮かべた。 「…いいけど。少し失礼なことを聞くけど、君と土方と比べたとき、どっちが強いの?」 ちらりと俺を横目で見ながら、芹沢は総悟に問う。 「純粋に刀の腕だけで比べるなら、俺より総悟の方が一枚上手だ」 「なるほど」 「エラく俺を過大評価してくれるじゃねーですか」 間髪入れずに俺が答えると、芹沢は少し意外そうな顔をしたがそれ以上は何も言わずに薄く笑っただけだった。 「なら、そこの彼と仕合うとしようかな」 「……トシ、紫殿大丈夫かなぁ…なんかあったら俺とっつぁんに殺されそうなんだけど…竹刀じゃだめかな…竹刀じゃだめかな…」 「知らん」 場所を道場にうつすと、どこで聞き付けてきたのか他の隊士も野次馬のごとく集まってきた。 誰も呼んじゃいねーが、この場であの女が勝てば俺も認めざるを得ない。 負ければ、見てた野次馬も証人になるし、何ら問題はないだろう。 「…胴着に着替えないの?」 道場の真ん中で睨み合いになっている二人の沈黙を破ったのは、意外にも芹沢の方だった。 「ハッ、あんたは出撃のとき胴着で出るんですかィ」 「いや……、そりゃそうか」 芹沢は総悟の嫌味にもさして動じず、腰にぶら下がっている刀を鞘ごと腰から取り外すと左手で束を、右手で鞘を握った。 「左利きか」 「いーや、両利き。子供の頃に矯正されちゃったからね。普段は右手で手加減してあげるんだけど、真剣勝負だから今回だけ本気出してあげる」 「そりゃ、ありがてェ」 ニヤリと口許を歪めて総悟が、抜いた。 先手必勝とばかりに総悟が芹沢に斬りかかるが、どうにも様子がおかしい。 芹沢は間合いを取るでもなく、抜刀するでもなく、ただ刀を握っているだけ。 「死んじまうぜ、そんなんじゃ」 「いやいや」 総悟も珍しく本気なのか、芹沢の左肩目掛けて一閃をかける。 その瞬間、芹沢の左足が一歩だけ前に出た。 「総悟避けろ!!!」 俺が叫ぶと同時に総悟の刃と芹沢の動きが止まる。 「はい終了〜」 呑気な女の声で、この仕合は幕を閉じた。芹沢の刀は、やはり鞘におさまっていた。 だが、総悟の刀は折れて、俺の顔の横スレスレの壁に突き刺さっていた。 道場内が静寂に包まれる。 何が起こったのかわからなかった。 いや、厳密に言うとわかる。わかるが、この女がそんなことをできるとは思わなかったのだ。 それは総悟も同じらしく、珍しく目を見開いて信じられないという形相で芹沢を見ていた。 「なに?私なんかKYなことした?もう終わりだから、みんな仕事に戻っていいんだよ」 にこりと近くにいた隊士に芹沢が微笑むと、顔を赤くして道場から出ていく。 「刀壊しちゃってごめん、ちゃんとお支払は私名義で弁償するから。仕事に戻ろう、今も勤務時間中だよ」 芹沢は特に何か言うでもなく、刀を腰に納めると、長い髪を靡かせて道場から出ようとする。 すると何を思ったのか、俯いたままだった総悟がくすくすと笑い声を漏らした。 「…こいつァ、とんでもねーや」 赤いギラギラした総悟の目が、芹沢とかち合う。 芹沢も振り向いて、ただ総悟の赤い瞳を静かに見つめ返す。 だがそこに熱や興奮等と言った感情の色はいっさい見られず、ただ冷えきった氷のような、そんな冷たい視線であることは確かだ。 ───冷めている。 恐ろしく冷めている。 この女は総悟と比べると少し年が上のようだが、俺よりはまだ若い。 もっと弾けている年令であるはずなのに、どこか貫禄がある。 形容するなら、恐ろしく冷静で冷淡で、そしてどこまでも冷血だ。 大人びているのはこの冷たく淀んだ目がどんな色にも興味を示さず、ただ静かに現実を見つめているからだろう。 この女は、世界に絶望している。 そう思った。 「参りやしたよ、認めるしかねーでしょ。俺も割りとマジだったんですが、こりゃ勝てねーよ」 「…その言葉、一応誉れとして受け取っておくよ」 総悟は冷めやらぬ興奮を無理矢理押し込めて、頭の後ろで腕を組み、ちらりと俺と近藤さんを見つめる。 道場にはもう俺たち四人しかいなかった。 「と、いうことですが?副長さん」 芹沢はくるりと向き直り、もう今日何度目かの作り笑顔で俺に向き直る。 「…仕方ねーな」 俺の一言で納得したらしくですよねーと誤魔化すようにまた笑う。 そこであ、と何か思い付いたらしく、また向き直ると口元の笑みを濃くした。 「そうだ。芹沢ってよそよそしいから、紫って呼んでもらえる?」 ◎紫さんは芹沢鴨というひとをモデルにしてます ギャグメインになりそうな予感 誰落ちとか決めてないです |