2周年企画 | ナノ


「わたし、兵長のことが好きなんです…!」

叶わぬ恋だと信じ切っていて、当たって砕けるつもりで想いを伝えた。恋愛経験ゼロで右も左も分からない、そんな超恋愛初心者の一世一代の告白。ノーだと思っていたリヴァイの答えは以外なものだった。

「俺でいいのか」
「えっ?」
「俺でいいのかと聞いている」
「は……はい!」
「お前のその言葉に、気持ちに、偽りはないか」
「…ありません」

予想もしていなかった答えにナマエは戸惑いながらも好きだと言う気持ちに変わりはないと強く主張した。するとリヴァイは表情を緩めるわけでもなくイエスと答えるわけでもなく、ただ無表情のまま一つ頷いて見せた。

「…わかった」
「………?」
「大切にしよう」

リヴァイの返事はそれだけだった。ナマエはあの返事はOKと言うことなのかと最初こそ理解出来なかったが、この日を境に彼の態度は少しだけ変わった。特に用もないのに自ら話し掛けて来たり時折部屋に誘ってお茶を共にしたりと、2人で過ごす時間が増えたのだ。ナマエは初恋が叶ったのだと嬉しくて、ただ2人きりで過ごす時間が愛おしくて堪らなかった。この頃は────

「リヴァイ兵長と付き合って半年…」

自室にてぽつりと呟いた独り言。曖昧な返事だったが付き合っているのだと実感しながら過ごした日々。けれどナマエには不満が溜まっていた。

「…半年も経つのに一つも進展しない」

付き合って半年も経つというのに2人にはまるで進展がなかった。手を繋ぐことはあってもキスも片手で数えることが出来る程度、それ以上先のことなんて以ての外だった。甘い恋を夢に見てきたナマエは最初こそ純粋な関係に満足していたものの、相手を知るにつれ先のことも望むようになっていた。

「何でだろ…」

リヴァイが優しいのは確かだった。触れる手は壊れ物を扱うように丁寧でキスは唇同士が柔く重なるだけ。それも会う度にしてくれるわけではない。ナマエはもっと先を行きたい、けれど彼はそれ以上進もうとしない。こうしたすれ違いが彼女に不満を募らせた。不満と一緒に不安も募る。目頭が熱くなったのを知らんぷりしてナマエは今夜彼の元へ行くことを決めた。

上官の宿舎へ、通い慣れたリヴァイの部屋の扉を指の骨で3回ノックをした。すると間髪入れずに入室の許可が降りたので失礼します、と断ってから部屋へ入る。部屋の主はラフな格好で書類と向き合っていた。

「ナマエか、こんな時間にどうした」
「いえ……兵長の顔が見たくなって」
「…座れ」

何か言いたげなそんなナマエに対し、リヴァイは書類を軽く纏めて机の端に置くとソファーに座るよう促した。

「すみません、お仕事の邪魔でしたよね」
「いや、もう休むつもりだった」
「すみません…」
「謝らなくていい」

リヴァイは椅子から立ち上がるとナマエの隣に腰掛けて、俯く彼女に視線を送った。

「何かあったのか?」
「え?」
「元気がねぇ」
「……」

ぽん、とリヴァイの大きくて温かい手のひらがナマエの頭を撫でた。それだけのことなのに心が暖かくなって知らんぷりしたはずの涙が溢れそうになる。

「……兵長、」
「何だ」
「キス…して欲しいです」
「………」

ようやくナマエの顔が上げられ、お互いの視線が絡まった。リヴァイは一瞬だけ目を見開いたがすぐに動揺を隠して、頭に置いていた手を彼女の頬に添えて触れるだけのキスを送る。

「…ん」
「ナマエが強請るとは珍しいな」
「…強欲な女は嫌いですか?」
「いや、」
「もっと、して欲しいです」

ナマエは縋るようにリヴァイの服を掴み、再度キスをせがんだ。そうすることで必然的に上目遣いとなりリヴァイはどうしたものかと眉間にシワを寄せ、ナマエの手首を掴んでそっと離してやる。

「おい」
「………」
「やっぱり何かあったんじゃねぇか?」
「わたしは……至って普通です」
「違うだろ」
「何も違いません」
「お前…」
「好きな人とキスもその先のこともしたいって思うのは、普通です」

キッ、と大きな丸い瞳でリヴァイを睨み付けるようにナマエは言い切った。こんな強気な彼女を見るのは初めてなリヴァイは更に困惑し、掴んでいた彼女の手首を離した。

「付き合って半年も経つのに。そんなにわたしは魅力のない女ですか…?」
「………」

強気な瞳とは正反対に、弱々しい言葉を吐く。泣いてはいけないと我慢する程目頭が熱く、鼻の奥がツーンと痛くなった。

「ナマエ……」
「魅力がないから?もう好きじゃなくなったから?だから…ッ」

本当はこんな風にリヴァイを責め立てるつもりでいたわけではないのに、一度弱音を吐くと次から次へと半年分の溢れる思いが止まらない。付き合った当初から彼の重荷にだけはなりたくなかったのに、今は情緒不安定なただの重たい女だとボロボロと零れる涙を手の甲で拭きながら思う。

「…それなら、そうと言ってください。ただ優しくされたら……勘違いしてしまうから」

シン、と静まり返る部屋。そこにはナマエが嗚咽を漏らす音だけが響く。目の前で号泣する彼女を見てリヴァイは掛ける言葉が見つからないのか、そっと立ち上がって窓際へと歩いて行く。

「(呆れられて当たり前だよね…)」

先程まですぐ隣にいた存在が離れたせいで、これはきっとお互いの心の距離を表しているのかも知れないと思い知らされて心が痛む。何も言葉が交わされないまま時間が過ぎた時───

「勘違いしてるのはお前だろうが」
「……え?」

その言葉に泣き腫らした顔を上げると、窓越しの月明かりに照らされたリヴァイの後ろ姿が瞳に映る。

「…言ったろ。大切にする、と」
「あ…」
「これでも我慢してやってんだ」
「………」
「なのにお前は俺をとことん煽りたいようだな」

くるりとリヴァイがナマエの方へ向き直る。その表情はいつもと変わらない無愛想な真顔のような、どこか切ないようなそんな感じだ。

「恋愛経験のないお前を大切にしてやりたいと思ったんだ。だから聞いたろ?偽りはないか…と」
「あの時……?」

半年前、告白をした日にリヴァイは確かにナマエに対して自分に対する言葉と気持ちに偽りはないかと問うた。そして気持ちを強く主張した彼女に対して大切にしよう、とも言った。思い返すと今でも鮮明に記憶に残る特別な日に少しだけ恥ずかしさが顔を出す。

「聞き、ました……」
「好意がある女を乱暴にする程、俺は落ちぶれちゃいねぇよ」
「え…あの、待ってください……理解が、追いつかないです…」
「そのままだ。俺は一日たりともナマエのことを魅力がないだとか嫌いだとか思ったことはない」
「……え、じゃ、じゃあ……わたしの勘違い?」
「そうだと言ってるだろ」

ナマエはここでようやく理解した。自分自身が勝手に被害妄想をしていただけでリヴァイはずっと己を好いていてくれていた。恋愛経験がないから急かさず優しくしてくれようとしていたのだと。だからあの時気持ちを強く確認し、大切にしようと言ったのだ、と。

「……すみません、わたし、リヴァイ兵長の気持ちを…蔑ろに…」
「全くだ。だが俺も言葉が足りなかったとは思ってる」
「そんなこと……わたしが勝手に悩んで、勝手に傷付いたんです」

相手の気持ちもちゃんと確かめようとしないで勝手に悩んで、勝手に傷付いた結果ナマエは重たい女に成り下がってしまったことを悔いた。申し訳なくなってまた俯いた。

「ナマエ」
「…!」

リヴァイは俯いたナマエをそのまま抱き締めた。離れていた距離が一気にゼロになり、ナマエは羞恥心から離れようと身じろぐがそれは簡単に押さえ込まれてしまう。

「リヴァイ兵長…!」
「一回黙れ」
「んむっ…」

後頭部を手のひらで押さえられ、2人の唇が重なる。触れるはずだけのキスかと思いきやリヴァイの舌がべろりとナマエの唇を舐め上げる。緊張から身体が固まり、唇を一本線に結ぶとそれが気に入らないリヴァイは無理やり舌で唇をこじ開けた。

「んんッ!?」
「ン…」

こじ開けられた隙間からはまるで別の生き物のようなリヴァイの舌が入り込み、口内を犯す。初めてする乱暴なキスにナマエは舌を逃がすが簡単に絡め取られてしまう。応え方がわからないのか時折リヴァイの舌を噛みそうになるのをグッと堪えた。

「ん、んーッ、ん、んんん…!」
「はッ……舌、噛むんじゃねぇぞ」
「んうッ…!」

ほんの一瞬、息継ぎの時間が与えられたがすぐにそれは終わりまた唇が重なる。リヴァイの舌は上顎や歯列をなぞったりナマエの舌を絡めたりと荒々しく動く。チュクチュクと水音が耳に届いて余計に恥ずかしさが加わる。リヴァイも今まで我慢していた分が弾けたようで貪るように味わっている。抱き締めていた腕を解き、ソファーに膝立ちし両手で彼女の頬を掴み求め合う。そうすることでリヴァイは下向き、ナマエは上を向いた体勢になる。わからないなりに必死に応えるも限界が迫ったナマエはリヴァイの胸板を叩いて訴えた。

「んッ、ん、ふ、んーー!」
「は……ふ、」
「ぷぁ……はぁ、はぁ……」

やっと解放された唇。酸欠寸前だった身体に空気を一気に吸い込んで上がった息を落ち着かせた。

「キスだけでそれか」
「…はぁ、はぁ、」
「キスも、その先もしたいんだろ?」
「あ……いや…」
「前言撤回はねぇよな?」
「ッ…」

ぐ、と片手で頬を挟まれ顔をまた上げさせられる。そう言えばそんなことを言ったと自分の言動を思い出して目が泳いだ。息が上がったこともありナマエの瞳には涙が溜まって頬も紅潮し、それが更にリヴァイの我慢していた欲望を揺さぶった。

「今まで我慢してやったんだ。今日からは手加減しねぇ」
「……こんな重たい女でも、まだ兵長を諦めなくてもいいんですか…?」
「おいおい。諦めろと言われて諦められる程の気持ちなのか?」
「いえ、そんなちゃっちい気持ちなんかじゃないです」
「そうだろ。今回のことは俺も悪かった……だからまた一からやり直す。いいな?」
「ッ……はい!」

そうして、また唇が重なる。すれ違っていた2人の気持ちはようやく合わさって一つになった。これからは素直に気持ちを言葉に乗せようと考えながらキスに溺れ、そのままナマエはソファーに押し倒される。何をされるのだろうと強ばった彼女にリヴァイはニヤリと笑って言ってのけた。

「ん、え?あの…」
「キスの、その先だ」
「え!?ちょ、心の準備が…!」
「黙って俺に委ねればいい」
「うう……」
「ナマエ、好きだ」
「…ん、わたしも好きです」

まさかこんなにも早くことが進んでしまうとは思っていなかったが、ナマエは自分が望んだリヴァイとのその先が叶うことが嬉しくて微笑んだ。


2020 1001

ゆりこ様へ
この度は企画に参加して頂きありがとうございました!ご希望のシチュエーションとはずれてしまった気もしますが精一杯気持ちを込めて書かせて頂きました。


mae tugi 5 / 8

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