あれから一月と少しが経ち、壁外調査後の混乱も落ち着いた頃。ナマエは先の壁外調査で死んでいったペトラや仲間たちの墓参りにリヴァイを誘って訪れていた。兵団服ではなく私服で、そして手には小さな花束を抱えて。
「……ペトラ、」
ぽつ、と呟いた姉の名前。しかしもうペトラの凛とした声で返事が返ってくるはずがない。彼女が亡くなったと聞いてから時間も経ちだいぶと心の整理がついたと思っていたが、墓を目の前にするとどうしても涙は止まってはくれなくなる。声を押し殺して泣くナマエの肩をそっとリヴァイが抱き締めた。
「ごめ……ッ、ごめん、ね…、痛かった、よね…苦しかったよね……」
ペトラやリヴァイ班のメンバーがどういう風に死んでいったかなんて、誰も知らない。だってリヴァイが見た時には既に血塗れで息絶えた姿だったからだ。エルドは身体を真っ二つに喰いちぎられ、オルオは血塗れで地にうつ伏せになり、ペトラは樹の幹に反るようにして顔こそ残っていたものの身体はぺちゃんこになっていた。
「ペトラ……ゆっくり、休んでね…ッ」
墓石をそっと撫でると持参した花束を置く。墓石に刻まれた姉の名前を見ると彼女は本当に死んでしまったんだということが嫌でも知らされる。けれど、この石の下にペトラの遺体はない。遺体も何もない形だけの儀式に何の意味があるのかと自暴自棄になりかけた日もあったけれど、形だけでも亡くなってしまった人と繋がっていられるのはこの場所だけだから。
「……ナマエ、」
今まで黙っていたリヴァイがナマエの名を呼べば、それに反応するようにぴくりと肩が跳ねた。しかし依然として彼女は墓石に視線を落としたまま、溢れる涙を拭こうともしない。
ナマエもリヴァイも口を閉ざして、どれ程そうしていたかはわからない。ただ緩やかな風が吹き抜け、風に揺られた草花の小さな生命の音に心地良さを感じていた時。
「ペトラ、あのね……今日は報告があるの」
ナマエは涙こそ止まったものの、発した声はまだ涙色で。座り込んだまま己の肩に置かれたリヴァイの手を上から握り締めた。
「……ナマエ?」
「ペトラのお陰で、わたしはリヴァイ兵長と気持ちが通じ合えた。今までは、あなたがいなくなった悲しさで、そんなこと考えられないって思っていたけど……今日からは違う」
この報告を聞いてリヴァイは墓参りに誘われた理由に気がついた。もちろん弔いが一番であるが、ナマエは自分たちの関係の変化をずっと見守ってくれていた姉のペトラに伝えたかったのだと。俯いていたナマエが顔を上げて、真っ直ぐに墓石を見つめる。そして数秒後にその視線は隣に座り込むリヴァイにへと向けられた。
「わたしは、今も変わらずリヴァイ兵長が好きです。気持ちを知ったのにわたしのわがままで待ってくれて、それでも側にいてくれて……ありがとうございます」
はっきりと告げられる想いは淹れたての紅茶に溶ける砂糖のように、じんわりとリヴァイの心に溶けていく。
「たくさん待たせてしまったけれど、これからは恋人として、わたしの側にいてくださいますか…?」
再び泣きそうになりながら眉を下げ、でも口は綺麗な弧を描いたままのナマエをリヴァイは強く抱き締めた。
「…チッ、女に言わせるなんて情けねぇ。待つと言ったのは俺だ、生半可な気持ちで言ったわけじゃない。これから先、どんなことがあっても俺はナマエの側にいてやる。もちろん恋人として、いずれは夫として、な」
「兵長……嬉しい、です…!」
抱き締められていてお互いの表情は見えないけれど、きっと悲しみではなく穏やかなものだろう。改めて気持ちが通じ合った2人はしばらく抱き合った後、ここが墓前だということも忘れて触れるだけのキスをした。
「ペトラ、聞いてるか?こいつは必ず俺が守って幸せにしてやるから、安心して休め」
そう言ってリヴァイも墓石を優しく撫でた。残酷な世界で散っていった彼女が少しでも安らかで眠れるように。
数秒間、2人は眠るペトラに向かって黙祷を捧げた後立ち上がる。
「……また来るね、ペトラ」
「次来る時は家族が一人増えてるかもしれねぇな」
「へ、兵長ッ…!」
ぽんっと顔を真っ赤に染めて照れるナマエだが、そんな幸せな未来があるのなら絶対に手にしたいものだと願う。その時はまた一番にペトラに報告しに来ようと小さく誓った。
「じゃあね」
名残惜しそうに呟くナマエの手を引いて、リヴァイは歩いていく。緩やかに吹いていた風が一瞬だけ強まった時、聞き間違いか空耳か、『おめでとう』と2人を祝福するペトラの声が聞こえた気がした。
2019 0604
おしまい
mae tugi 6 / 60