進撃 | ナノ


調査兵団が壁外調査から帰還した。出発した時よりも重たい雰囲気を醸し出して。
今回の壁外調査もやはり成果と呼べる成果を挙げることなく、大勢もの兵士がただ巨人に喰われていっただけだった。それに対して市民からは労いの言葉なんてものは当然なく、暴言や親族を失った嘆き、時には石などが飛んでくることもあった。それでも彼らが壁外へ繰り出して巨人と戦うのはただ自由を求めているからだ。



「ナマエ、俺だ」
「リヴァイさん」

ナマエの部屋にリヴァイが訪れたのは壁外調査が終わってから3日後のことだった。以前は2人部屋だったここは現在は彼女しかいない。理由は言うまでもなく。

「腕、どうだった?」

リヴァイがベッドに腰掛けるナマエの身体に目線を落とすと、それに合わせて彼女の目線も落ちた。そこには包帯で巻かれた痛々しい腕。

「……お医者様は、再起不能、だと」
「……そうか」

沈黙が2人を包んだ。先の壁外調査でナマエは腕を負傷してしまったのだ。森の中で10メートル級の巨人が現れてやむ無く交戦することになり、立体機動にて応戦していた時。ナマエが巨人の脚を狙ってアンカーを放ったその瞬間、危ない!という仲間の声が聞こえて見上げると誰かが捨てようとしたブレードの刃が降ってきたのだ。間一髪で頭への直撃は免れたが、左の二の腕に深く突き刺さってしまった。

「……ッ、こんなことで、再起不能になるなんて…」

右手をぎゅっと握り締めて、悔しさを訴える。左手はどんなに力を入れようと頑張っても、もうピクリとも動くことはない。それがナマエが以前のように戦えないことを如実に語る。彼女は、ナマエは兵士ではなくなったのだ。

「…ナマエ、辛いだろうが……俺を頼れ。お前の動かねぇ腕も何もかも全部背負ってやる」
「そんな……兵士でなくなったわたしに、あなたを頼る資格なんてない、です…」
「兵士だろうがなかろうが関係ねぇ。お前は俺の恋人……なぁ、そうだろう?ナマエよ」

悲しみに暮れるナマエの華奢でありながらしっかりと鍛え抜かれた身体をリヴァイは包み込むように抱き締める。そして子どもをあやすように優しく頭を撫でた。

「……戦えないわたしでも、いいんですか?」
「ああ、俺にはお前しかいねぇ」
「うッ……リヴァイ、さん…!」
「今までよく生き抜いた。後のことは任せろ」
「く、ッ……!」

その言葉が引き金となり、今まで我慢してきた涙がナマエの頬をぼろぼろと伝う。兵士として調査兵団に心臓を捧げて、いつ死んでしまうかもわからない世界で今日まで立派な戦績を残して生き延びたことは彼女にとっても兵団にとっても誇りである。この事故がなければ、ナマエは今までの戦績や実力から精鋭班の一員となるはずだったことは彼女は最初からなかったことのように、忘れることを決めた。

「ナマエ、愛してる。お前のことは俺が守ってやる」
「……ん、リヴァイさん、大好き」
「あ?」
「ううん……わたしも愛してます」
「ああ」

額、鼻先、唇の順にリヴァイの少しカサついた唇が降ってきてナマエは泣きながらもそれを素直に受け止めた。そして彼はまだ仕事があると言い残し、部屋を後にした。満足そうに黒い笑顔を浮かべていたことはナマエは知らずにその背中を見送った。

廊下を歩く小柄な男───リヴァイは、全てが思い通りになったことを喜んでいた。ナマエが壁外調査で怪我をしたのも、兵士として再起不能になったのも、全てはこの男の思惑通りだったのだ。

「………」

以前より、リヴァイは同じ調査兵団に勤める恋人のナマエに調査兵を辞めてほしいことを伝えていた。何故ならどの兵団よりも死亡率が高いこの調査兵団にいてはいくら実力や戦績がある彼女でもいつ巨人に喰われてしまうかわからないから。けれどナマエは一度兵団に心臓を捧げたのだから辞めるなんて選択肢はないと、今後も自由を取り戻す為に戦うと、はっきり言い切ったのだ。それを聞いてもう二度と大切な人を失いたくないと願ったリヴァイの想いは拗れてしまい、今回の壁外調査でナマエが兵士として再起不能になるように事故を装った故意の事件を起こした。上から降ってきた刃は誰にも気付かれないようリヴァイが彼女の腕を目掛けて投げたものだったのだ。

「よかったんだよな、これで……」

ナマエは不慮の事故だと信じ切っている。その純粋な気持ちを踏みにじってしまったことは痛いくらいに理解しているが、ファーランやイザベルのように大切な人を巨人に亡くされるのをただ見ているだけなのは嫌だと、それなら己の手で小さな箱庭に閉じ込めておけばいいと、本気で思った。

「よかったんだ。ナマエは兵士を引退して、俺があいつの面倒を一生見てやるんだからな」

自分の選択が間違っていなかったことを肯定するように言い聞かせた。そうでもしないと、逞しく兵士の道を貫こうとしたナマエの全てを潰してしまいそうだったから。否───既に潰してしまった訳だが。しかし彼女の兵士道は否定したものの愛していることには何ら変わりない。その気持ちは本物だと心の中で言い張った。

「俺しかいないと縋って、さっさと俺の子を孕んじまえばいい。その前に結婚しねぇとな」

誰もいない廊下でリヴァイは壊れたように狂気じみた言葉を呟く。このリヴァイの拗れた想いと壁外調査での不慮の事故の真相は、ナマエはずっと知るはずがない。

「ナマエは何も知らねぇままでいい……ナマエは、俺のモンだ」

真っ黒に染まった想いをうわ言のように呟いて、リヴァイは暗闇の中に消えていった。


2019 0531


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