親密な関係にある男女が身体を重ねる行為。これは別段おかしな話ではないし、特別なことでもない。愛し愛される関係ならばごく普通のことだ───そう皆は言った。
「……」
ナマエはその言葉を何度も頭の中に低回させ、悩んでいた。彼女の恋人は調査兵団に所属し人類最強と謳われる兵士長、リヴァイ。付き合い始めてから逢瀬を重ねるごとにもっと彼のことを知りたいと貪欲になる。それと同時に身体を重ねる行為をいずれは経験することを考えると酷く羞恥を感じていた。好きだからこそ乗り越えたい気持ちとその先へ進むことが怖い気持ちがせめぎ合う。
「……ナマエ」
「…!」
不意に呼ばれた名前に顔を上げると前を歩いていたリヴァイが立ち止まり、こちらへ振り返っていた。それに合わせてナマエも歩みを止める。二人の間には少しだけ距離があった。
「あ、な、何ですか…?」
思わず声が上擦ったがリヴァイは特に指摘せずに言葉を紡ぐ。
「元気がないようだが、何があった?」
「……わたし、そんな風に見えました?」
「ああ。ずっと下を向いてる」
「……」
仕事終わりに出来た僅かな二人の時間。今日は付き合い始めて半年という節目を迎える日であり、普段生活している宿舎ではなく貴族街にあるお高い宿屋にディナーと宿泊をすることになっていた。兵団服ではなく私服に包まれた彼らの関係を考えるならば、今日一線を越えてもおかしくはない。
「……少し、緊張しちゃいまして」
「今更か?」
「今日は特別な日、だから……」
困ったような笑顔を浮かべて言えばリヴァイの瞳が僅かに揺れた。
「リヴァイさんと過ごすのはもちろんとっても楽しいんですよ。でもやっぱり、緊張も、します……」
下ろした手のひらをきゅっと軽く握って拳を作る。ナマエが何を思い、感じているのかその言葉と仕草でリヴァイもある程度は理解したようだ。
「怖いのか?」
「……少し」
「少し?」
「いえ……結構、怖いです」
素直に言い直せば夕陽に伸ばされたリヴァイの影が動いて、二人の距離が縮まる。目の前まで来た彼を見上げるようにすればグレーの三白眼とかっちり目が合った。
「無理を強いるつもりはねぇ。怖いなら今日はこのまま兵団に帰ってもいいが」
「こ、怖いですけど……でも、リヴァイさんのことは……す、き、なんです。怖いと言うよりは……」
恥ずかしいんだと思います、と俯きながら伝えればリヴァイが溜息をつく声が聞こえた。呆れられてしまったかと不安に駆られたその時、ナマエの右手をリヴァイが包み込むようにして握った。
「……ッ」
「ナマエ、よく聞け」
その言葉と共に再度顔を上げれば、いつもの無愛想な表情のリヴァイが視界に映る。
「最初は怖いだろう。恥ずかしいだろう。だが俺も男だからな……好きな女を目の前に何も感じないわけじゃねぇ」
「……」
「……大切にする。今も、これからも。だから先に進んでいいなら俺の手を握り返せ」
「…!」
恥ずかしいと感じるナマエへの最大の配慮。言葉なんていらない。気持ちがあればいいのだとリヴァイは口にはしないがそう強く思う。真っ直ぐに見つめるグレーの瞳に惹き付けられながら、ナマエは彼の手を握り返した。
「……ナマエ」
「わっ…!?」
ぎゅっと伝わった感覚にリヴァイは本当に僅かだが嬉しそうな表情を浮かべた。そしてその手を己の方へ引き寄せればナマエの身体も必然的に前のめりになる。それをいとも簡単に抱き留めた。
「ありがとうな」
「……わたしの方こそ、ありがとうございます」
ここが人通りの少ない裏道で良かったと思う。二人は少しの間抱き合ってから今晩泊まる予定への宿屋に向けて、手を繋いだまま歩き出した。
2021 0323
mae tugi 49 / 60