進撃 | ナノ


「ナマエ!ガスを噴かしすぎだ、少し抑えろ!姿勢を真っ直ぐに保て!」
「は、はい!!」

あの日からひと月あまり。リヴァイに告げられた通り、ナマエは正式にリヴァイ班の一員となりほぼ毎日リヴァイによる厳しい特訓を受けていた。彼が会議などで手がどうしても空かない日はナナバやゲルガーがナマエに付き合うことになっていた。
今日も今日とて、リヴァイ直々に特訓を受けるナマエの姿があった。

「たぁああッ!!」

樹の影から現れた巨人を模した木の板のうなじ部分を目掛けて一気にブレードを振り下ろす。綺麗に削がれたうなじ部分は重力に従って地面へと落ちた。

「や、やった…!」
「ナマエ、気を抜くんじゃねぇ!」
「!!」

1体の巨人の模型の討伐に成功し、思わず零れる言葉。しかし訓練と言えど油断は禁物でそれがバレてしまい、下にいるリヴァイからお叱りの言葉が飛んできた。まだ宙を舞っているさ中、前方の斜め左側からもう1体の巨人の模型が現れる。

「(こりゃダメだな…)」

僅かな油断が生んだ隙。そしてナマエは体勢を少し崩してしまっていた。リヴァイはこれはダメだと思い、これから巨人の模型にぶつかって落ちてくるであろう彼女を助けようと己の立体機動装置のガスを噴かせようとしたその時。

「くっ…!!」
「!?」

ナマエは巨人の模型から離れた木にアンカーを放ち、その遠心力を利用して華奢な身体を捻じるようにして模型を回避した。そして模型の後方に上手く回り込み、身体を回転させながらうなじ部分を思い切り削いだのだ。

「(あいつ……)」

ひと月も前はあんなにも自信なさげで、自分のことを落ちこぼれだと言っていたナマエ。実際に彼女のこれまでの戦績はあまり良いものとは言えず、3年の在籍で討伐補佐数が4体のみだった。それでも、運だけだとしても今まで生き残ってきたナマエは今着実に力を身に付けていた。先程の状況がもし壁外だったら、本物の巨人相手に通用していなかったのかもしれないがそれでもここ一ヶ月でのナマエの成長には目を見張るものがある。特訓を始めた当初は模型でさえ討伐するのに苦労していたし立体機動もあれほどまで機敏ではなかったのに。

「ナマエ、降りてこい」
「はい!」

樹の上で息を整えていたナマエに声を掛けると、申し訳なさそうな表情でふわりと地に降り立った。

「す、すみません……油断してしまいました…」
「壁外だったら殺られてたかもな」
「うう……」
「でもなぁ、ナマエよ」
「え…?」

リヴァイはナマエの頭をぽんぽん、と優しく撫でてやる。それはあの日彼の執務室に呼ばれた時とは少し違っていた。

「俺の見立通り、お前は伸び代がある。現にあの体勢から持ち直して模型を討伐しただろう。正直あれは無理だと俺は思ったが……着実に力を付けてんだ、もっと自信を持て」
「……あ。ありがとう、ございます…」

表情こそ普段と変わらないものの、優しい口調でナマエに言葉を投げかけるリヴァイ。まさか褒められると思っていなかった彼女は少し拍子抜けしたが、すぐに頬を赤く染めて嬉しそうに笑った。

「今日の特訓はここまでだ。そのまま俺についてこい」
「あ、はい…!」

リヴァイに促されて着いていくと、そこは彼の執務室だった。初めて呼ばれて以来だったのでナマエは少し緊張した面持ちで中へと入る。初めて来た時も今もやはり埃一つなく、シンプルで綺麗な部屋だった。

「ここで待っていろ」
「し、失礼します…!」

ソファに腰掛けたナマエを残し、リヴァイは一旦部屋の外へと出て行ってしまった。一人残されたナマエは何だか落ち着かなくそわそわしたが、しばらくしてリヴァイはトレーにカップを2つ乗せて戻って来た。そのトレーを目の前の低机に置くとリヴァイはナマエの隣に腰掛ける。

「紅茶……?」
「俺が一番好きな茶葉で淹れてある。お前も飲め」
「え!?そんな、わたしなんかが紅茶なんて…!」
「俺がせっかく淹れてやった紅茶が飲めねぇか?」
「そういうわけではなくて……あの、えっと…」
「冗談だ」

ナマエはリヴァイでも冗談を言うのかと新たな一面を見つけることができて新鮮な気分になる。その一方で紅茶なんて一般兵が手軽に買えるものではないので、しかも上官であるリヴァイに淹れてもらった紅茶なんて恐れ多すぎて口をつけるにつけれなかった。リヴァイは独特なカップの持ち方で紅茶を一口飲んで、トレーに置き直した。

「特訓頑張った褒美だ。それに俺が淹れたくて淹れたんだから気にせず飲め……紅茶が嫌いなら無理にとは言わんが」
「い、いえ……紅茶は今まで一度しか飲んだことがありませんが好きです!ありがとうございます、いただきます!」

ナマエはお礼を告げると両手でカップを持ち、こくんと一口飲んだ。紅茶の渋味と旨味、そして僅かな甘味が口いっぱいに広がり、ちょうど良い温度が汗が引いて冷えた身体をほっこりと温めてくれた。訓練兵になる少し前にお祝いだと言って父親が奮発して買ってきてくれた茶葉で飲んだ以来だったが、その時と全く同じ味がしたのだ。懐かしい気持ちになり、揺れる紅茶の水面を眺めた。

「どうだ、美味いか?」
「…はい。とっても、美味しいです」
「なら良かった」

ふ、と笑みを零したリヴァイにナマエは胸が締め付けられるようなそんな気持ちになり、それを誤魔化すように再度カップに口をつけた。

「…ナマエ、」
「なんでしょう?」
「また、一緒に飲んでくれるか?」
「えっ……」

リヴァイの意外な言葉にナマエは何と返答するべきか迷った。自分でなくても一緒に紅茶を飲んでくれる仲間や部下ならたくさんいるはずなのに、と。それこそハンジやミケ、ナナバたちの方が適役なのではないかと考えあぐねていると───

「嫌なのか?」
「ッ……わ、わたしで、いいんですか?」
「ああ」
「ハンジ分隊長とか、他の方でもそれは務まるのでは…」
「俺はお前と飲みてぇんだ」
「あの……わたしで、いいなら。是非、お願いします」

そう返事をしたナマエの声はきっと震えていただろう。顔も赤くなっているはずだ。でも嫌な気分ではなくてまたこうしてリヴァイと紅茶が飲めるのだと思うと少なからず嬉しいと感じてしまった。トクン、トクンと胸が高鳴るのを必死に抑えようとリヴァイから目を反らして小さく呟いた。

「……勘違い、しちゃうじゃないですか」
「あ?何か言ったか」
「いえ!何でもないです!」

ナマエは慌てて首を振り、紅茶を流し込んだ。リヴァイも特に追求することなく紅茶を飲み干す。空っぽになったカップは紅茶の温度を失い、少しずつ冷たくなっていた。

「(勘違い、してくれてもいいんだがな…)」

リヴァイのその思いは口外に決して出ることはなく。2人はまだ名前もないふわふわした感情を持て余すのだった。


2019 0519
続きます


mae tugi 2 / 60

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