進撃 | ナノ


とある日の緩やかな昼下がり。午前中は立体機動の訓練に指導、その後昼食を摂り終えて午後は部屋に篭って書類仕事をしていた時だった。トントン、と控えめなノックと共にラフな格好のリヴァイが入って来た。

「あれ、リヴァイ兵長」
「………」
「今日はお休みでは?」
「俺のことは気にするな。そのまま仕事を続けろ」
「…?はーい」

リヴァイはナマエの部屋に入って来るなりソファーに腰掛けて長い足を組んだ。特に何もする訳でもなく、用事がある訳でもない彼を不思議に思いながらも仕事を続けた。
無言のまま流れる時間。ナマエが書類にペンを滑らせる無機質な音が響く。あれから小一時間程過ぎた頃、ふとその音が止まった。

「………あの、兵長?」
「何だ」
「いや、あんまり見られるとやりにくいと言うか」
「気にするなと言っただろう」
「そう言われましても…」

仕事に集中したいがリヴァイの視線が気になってしまうと遠回しに訴えるけれど、彼は気にするなの一点張り。ナマエは苦笑した。

「せっかくのお休みなのに、こんなところにいて大丈夫なんですか?やりたいこととか、行きたいところとかは?」
「俺は俺の意思でここにいる。休暇をどう過ごそうが俺の勝手だ。ナマエは気にせず仕事をすればいい、邪魔はしねぇ」
「う、うーん……」

そう言われてしまってはナマエもこれ以上掛ける言葉は見つからず、書類仕事を再開した。それでもリヴァイからの視線は止まず、ペンを持つ手が僅かに震えた。
そのまま、また時間だけが過ぎていく。山積みだった書類仕事が全て終わった後ナマエは書類をカテゴリー別に分けてファイリングしようと立ち上がる。するとそれに合わせてリヴァイも立ち上がった。

「…兵長?」
「いい。続けろ」
「…?」

リヴァイはナマエの背後にやって来ると、背中を合わせるように立つ。この部屋に入室してから彼の動きや仕草の意図がわからず疑問ばかりが浮かぶが、気になりながらも作業を続けた。書類を棚から下ろしたり片付けたりと動く度に背中同士が触れ合って、そこから体温が上がっていく気がした。

「よいしょ、と」

最後の書類を仕舞い終え、ひと息ついた。しかしまだ残っている仕事や雑務があることを思い出して机に戻る。ナマエが行く先にリヴァイも後ろを着いてきた。気にはなるが何を言っても答えは変わらないだろうと彼の好きにさせることにし、ナマエはなくなりかけているペンのインクを補充したり、後輩から預かった書類がきちんと書けているか確認をしたり仕事を続けた。
そうして、高かった陽も傾いて来た頃。時刻を確認すると午後15時半を指していた。一旦休憩を入れようとナマエは隣にいるリヴァイに話し掛けた。

「兵長、一緒に休憩してくださいます?」
「…ああ」
「良かった。じゃあ紅茶、淹れますね」

心做しか嬉しそうに見えるリヴァイの表情。と言っても普段の無愛想な無表情とほとんど変わりはないのだが。ナマエは紅茶を淹れる為に部屋に備え付けられている給湯室に向かおうと立ち上がった時。

「ナマエ」
「…!」

低くて、それでいて甘い声が名前を呼んだかと思うと肩を掴まれて力のままに振り向かされ、強い力に抱き締められた。

「え?え、リヴァイ兵長…?」
「…休憩の時ぐらい、普通に呼んだらどうだ」
「り、リヴァイ」
「ん」

満足したのか柔らかい声で答えたがそれでもリヴァイの抱き締める力は緩まない。

「これじゃ、紅茶淹れれない…」
「もう少しだけだ」

リヴァイが、人類最強と謳われ、恐れられているあの彼がこうして自ら甘えてくるなんておかしいとナマエは思う。真っ昼間から酒盛りをしたか、いやリヴァイはちょっとやそっとで酔っ払うタイプではないし酔い潰れるまで飲んだりなどしない。ではハンジに怪しい薬でも盛られたか、いやそれも考えられないだろう。

「リヴァイ…」
「………」
「もしかして寂しかった?」
「………」

言葉を投げ掛けてもそれに対する返答はない。けれど言葉での返事がない代わりにピクっと僅かに肩が揺れた。お互いに忙しい立場である故、最近はめっきり会える時間が限られていた。久しぶりの休暇なのにわざわざ仕事をする恋人の部屋に来たのも、きっと会えなかった分時間を共有したかったのだろう。それに気付いた瞬間からナマエの心には愛しさが溢れた。

「リヴァイ」
「………」
「愛してるよ」
「………ああ」
「夜は、空いてるから」
「それは誘ってんのか?」
「ふふ。どうだろうね?」

無愛想で不器用な彼の精一杯の愛情表現。ナマエはそれを受け止めるようにリヴァイの背中に手を回してぎゅっと力を込めた。


2020 0810
最近弱々しい兵長が好き。


mae tugi 42 / 60

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