進撃 | ナノ


「えっ、浮気!?」
「そーなの!訓練終わってから会いに行こうと思ったらたまたま現場に遭遇してさ」
「それはないわ…。ていうかあいつ彼女ラブとか公言しておきながら浮気とか最っ低」
「ほんと最低だよね!?あれだけ愛してるとか言ってたくせに!むかつくー!!」
「そんなクズ男あんたからフッてやりな。そんでヤリチンだって言い触らしたれ!」
「あはは、それ良いね。浮気された仕返しは絶対してやるんだから!ねぇナマエはどう思う?」
「え、わたし?」

とある夜のとある女子部屋での会話。訓練兵団からの同期4人組は湯浴みも済ませて女性特有の会話で盛り上がっていた。と言ってもそのうちの1人であるナマエは話を聞いているだけだったが、まさかここで話を振られるとは思っておらず気の抜けた返事をした。

「ナマエの彼氏が浮気してるところを目撃したら、その時ナマエはどうする?」
「えー……どうするんだろうね?」
「いや自分のことじゃん!」
「私らに聞いてどうするの!」

同期らに笑いながら突っ込まれるナマエは恋人であるリヴァイの姿を思い浮かべた。ああ見えて優しい性格の彼はきっと浮気はしないだろうと根拠こそないが、そう思えた。

「(リヴァイさんは、きっと浮気とかしないんだろうなぁ。もしわたしが嫌になったなら、きちんと告げて綺麗に別れるはずだ)」

でも、もしも、そういう場面に遭遇してしまったら。自分は一体どんな行動を取るのかまるで想像がつかなかった。

「ナマエは何で調査兵に入団希望したのかわかんないくらい穏やかな性格だからな〜」
「そうだよね。もし浮気現場に遭遇しても笑って誤魔化すか静かに泣いてそう」
「あっ、わかる。相手を責めるんじゃなくて自分のこと責めてそうだよね〜」
「(泣くのかな……それとも嫌味なくらい笑顔で自分から別れるって言うのかな)」
「あー……ナマエ、賢者タイム入ったね」
「いつものことじゃん。放っとこ」










あれから十数日後。ナマエはまさかこんなことに遭遇するとは思わなかった。

「リヴァイさん…?」

午前の仕事を終えて、一人食堂に向かっている時だった。昼間でも少し薄暗い廊下で確かに自分の恋人であるリヴァイと見知らぬ女性が抱き合っていた。女性の腕には薔薇の刺繍───駐屯兵だと言うことがわかる。その光景を見た瞬間血の気が引いたような、何も考えられなくなるような、まさに絶望を覚えた。いつの日にか同期が言っていた言葉がフラッシュバックする。

『ナマエの彼氏が浮気してるところを目撃したら、その時ナマエはどうする?』

その時自分はどうするんだろうね、と答えたはずだ。泣くのか笑顔で別れを告げるのかたくさん考えたがそれでも答えは出なかった。絶望を覚えた瞳でリヴァイとその女性を捉え続ける。リヴァイが女性の肩を押して離しているのが見えた。ナマエの足は勝手に2人の方へと歩みを進め、そして────

「人の男に何してんの?」

自分でもびっくりするくらいの低い声で囁き、女性を殴っていた。

「ナマエ…!?」
「ッッ……な、何よあんた…!」

ナマエの登場にリヴァイも女性も驚きを隠せない。女性に至っては殴られた頬を手で押さえながらそれでも強気な瞳でナマエを睨み付けた。

「人の男に何してんのって聞いてるの」
「きゃっ…痛い!」
「ナマエ、よせ…!」

ナマエよりも幾分か背の高い女性の長い髪の毛を強く引っ張り、変わらず低い声で問う。女性は痛みから顔を顰めて髪の毛を守るように頭を抱えている。最早怒りで周りが見えていないナマエにリヴァイの声は届かない。

「わざわざ駐屯からここに来て人の男寝取りに来たの?悪趣味すぎじゃない?」
「痛ッ、離して…お願い…!」
「その前に言うことは?」
「ご、ごめんなさい…!もう兵長には近付かないからっ…!」
「……2度目はないから」

謝罪の言葉を口にしたところでナマエの手が女性の髪の毛を開放する。女性は泣きながらその場を去って行った。

「……ナマエ」
「ごめんなさい、リヴァイさん」
「…は?」

ここで漸くナマエの瞳がリヴァイだけを捉える。彼女の表情は切なげだ。

「怒りで、どうにかなりそうでした。抑えられなかったです」
「…いやお前は悪くない。誤解されるような場面を見せた俺の責任だ」
「でもリヴァイさんは嫌がってたでしょ?あの人が抱き着いてたのを離してるのが見えました」

怒りでどうにかなりそうと言いながらも冷静に状況を見ているあたりは流石調査兵と言ったところか。それでも感情に飲まれて女性に暴行を加えてしまったけれど。ナマエの右手にはまだその感覚が残ったままだ。

「それでも、お前に嫌な思いをさせた。悪かった」
「いいんです。わたしはリヴァイさんが浮気をするようなクソみたいな男じゃないってわかってますから」

泣きそうな笑みを浮かべ、ナマエはリヴァイに抱き着いた。

「……リヴァイさん、こんなわたしのこと、嫌だと思いましたか?」

抱き着いた姿勢ではお互いの顔は見えない。今顔を見てしまったら泣いてしまう自信があった。同期や先輩兵士からは『何故調査兵団を希望したのかわからないくらい穏やかな性格』と言われるナマエだが、感情が高ぶると理性なんて忘れてしまう嫌な性格だと自分で思い知ったのだ。更にはそれを最愛のリヴァイに見られてしまっている。彼はどう思ったのだろうか。

「…嫌ですよね。理由はどうあれ理性を忘れて人を殴っちゃう女なんて。ごめんなさい、リヴァイさん」
「いや、それなりの理由があっただろ。それにお前はあの現場を見て俺が言い寄られてるとすぐ判断し、普通は男を責めるところを迷わず女の方を殴った。必要以上に殴らなかったのもどこかで必死に理性を保っていたから……違うか?」

ふわっとリヴァイの手のひらがナマエの頭を優しく撫でる。優しすぎる言葉に堪えていた涙は簡単に溢れてしまった。

「…ッ、優しすぎます」
「お前は間違ってねぇよ」
「ひ…っ、う…」
「まあ、いつも穏やかなナマエがああなったり、口の悪さには正直びびったが」

恋人同士は似ると言うしな、と私情で人を殴ったことを咎めないリヴァイにナマエの涙は止まらなかった。てっきりあの粗暴さに呆れられて別れを告げられてもおかしくないと思っていたから。

「もしあの女が何か文句を付けて来たとしても、それは俺の権力を使って捩じ伏せてやる。だから安心しろ」
「……っ、それ、職権濫用です」
「ナマエが俺の側からいなくなるなら、立場だろうが組織だろうが何でも使ってやるよ」

物騒なことを言うリヴァイに思わずツッコミを入れてしまったが、物騒なのは自分も同じだと呆れたように笑ってしまった。それでもリヴァイが自分を好きだと言って離れないでいてくれるなら、今はそれでいいと思う。その時のナマエの表情はいつもの穏やかなものに戻っていた。


2020 0705


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