「あっ、リヴァイ兵長!」
「……何だ」
「大好きです!付き合ってください!」
「断る」
「ええええええ!!!?」
食堂内にナマエの叫びがこだました。
「またやってるよ、あの二人」
「いつものことだ」
「ナマエも懲りないよねぇ」
調査兵団兵舎に併設されている食堂にて、いつもと何ら変わり映えのない光景に最早驚く者はいない。ナナバ、ミケ、ハンジに加えモブリットとリヴァイ班の班員らはパサついたパンにかぶり付きながらその光景を見ていた。
「何でダメなんですか!?わたしの何がダメなんですかぁ!?」
「…うるせぇ。ピーピー喚くな」
彼らが見ているいつもの光景とは、ナマエがリヴァイに付き纏い好きだの付き合えだの公開告白をする様子のこと。リヴァイに心底惚れている彼女は食堂だろうが馬小屋だろうが何処だろうが、リヴァイの行く先々に現れては冒頭のような盛大な告白をし見事に玉砕している。最初こそリヴァイも冷たくあしらってどうにか撒こうとしていたが、ここ最近は相変わらず否定はするものの諦めたように最早日常の一部として受け入れているようだった。
「わたし、こんなにも兵長のことが好きなのに!」
「…気持ちだけで何とかなるようなもんじゃねぇだろ」
ナマエがどれだけ迫ってもリヴァイは決してイエスと頷くことはなかった。どちらも折れることはなく毎日のようにこのやり取りはただ水平線を辿るばかり。最初こそ面白がっていたハンジも飽きてしまい遠目から見ているだけになった。
「そういえばナマエって歳いくつだったっけ?」
「確か17じゃなかったか」
「うわ……13歳差かぁ」
「一回り違うのは壁が大きいですね」
リヴァイとナマエの関係は至って普通の上司と部下であり、更に役職と年齢の差も大きい。万が一恋愛関係に発展したとしても周囲から見れば恋人には見られにくいだろう。リヴァイは実年齢より若く見られることがよくあるがそれでも13歳差という壁は分厚い。
「…好きだから一緒にいたいと思うし、好きだから年齢や役職なんて気にならないっていつも言ってるじゃないですかっ…!」
それでも、と食い下がるナマエに呆れたように溜息をつくリヴァイ。いつもならここでリヴァイが痺れを切らしてナマエに組手を仕掛けて床に転がした状態にし、その隙にさっさと逃げるのだ。ハンジたちは今日もきっと結果は同じだろうと各々残りのパンやスープをかき込んだり、トレーを持って立ち上がったその時。
「…テメェはしぶとすぎだ」
「ひゃっ…!?」
リヴァイがナマエのジャケットの襟ぐりを荒々しく掴んで引き寄せた。必然的に近くなる2人の顔にナマエは頬を紅く染める。いつもとは違う行動にナマエ本人だけでなく遠目で見ていたハンジたちも思わず動きを止めた。
「俺は今30だ。それに比べお前はまだ17の青臭ぇガキだろ」
「そ、そうです、けどっ……」
「お前は頭は悪くねぇ方だと思ってたが、いい加減理解しろ。いい歳した大人が未成年に手ェ出す訳にはいかねぇんだよ」
「……え、」
リヴァイの小さな口から紡がれた言葉は一体どんな意味があるのだろうか。年齢の壁があるから諦めろ、という意味かはたまた好意はあるが成人するまで待て、という意味か。ナマエが解釈したのは後者だった。
「兵長……それは、期待してもいいってことでしょうか…?」
「……好きにすればいい」
予想外すぎる展開にナマエは頬を紅く染めている。一方で今にもリヴァイたちの元へ飛んで行きそうなハンジをペトラ、エルド、グンタ、モブリットで必死になって止めていた。
「ちょ、これは今すぐに真意を知りたい!!離してくれ!!!」
「今は絶対行ってはダメです!!様子を伺いましょう!」
「何でさ!ようやくリヴァイの弱みを握れそうなのに!!」
「分隊長、面白がってますね!?」
鼻息を荒くするハンジに呆れるナナバやオルオ。リヴァイとナマエから離れた位置でそんなやり取りが繰り広げられているとは知らずに、ナマエはリヴァイの首元にあるクラバットを握った。
「……リヴァイ兵長」
「…まだ何かあるのか」
「大人から手が出せないなら、ガキんちょのわたしからなら……手を出しても大丈夫ってことですよね?」
普段は必死になってリヴァイを追い掛けていて子どもっぽいナマエが、今は妙に大人びて見えた。リヴァイのグレーの三白眼に一瞬だけ動揺が見える。
「はっ、この俺にテメェみたいなクソガキが手を出すだと?笑わせるな」
「そうやって余裕ぶってるのも今のうちですよ?わたし本気ですから」
握ったクラバットをぐいっと引っ張ると流れるようにお互いの唇が重なる。それはほんの一瞬だったが触れたところが熱くなった。
「…てめ、」
「言ったでしょ?本気だって」
にたり、としてやったりな笑みを浮かべるナマエにまさか本当にキスをされるとは思っていなかったリヴァイ。予想していなかった展開になり多少驚きはしたがそれでもどこか落ち着いている様子だ。
「あんなガキみてぇなキスで本気だとか言ってくれるなよ」
「きゃ…?!」
今度はリヴァイがナマエの掴んでいた襟ぐりを引っ張り、噛み付くようなキスをされる。最早ここが兵団のみんなが使用する食堂だということも忘れていた。激しいキスは今度は甘く深くなりリヴァイの舌がナマエの口内に侵入したところで驚いた彼女がリヴァイの胸を押して唇を離す。
「んっ、ふ、っ、っ…」
「は…ッ」
「ぷぁッ………ぁ、えっ……」
「…キスだけでそれかよ」
驚きすぎて上手く言葉が出ない。息が上がり、頬が紅潮して状況もまだ飲み込めないナマエとは正反対にリヴァイはどこか楽しそうにぺろりと自身の唇を舐めた。その仕草はとても艶やかだ。
「今!!!キス!!!した!?」
「ちょ、声がでかすぎます!!」
「お、落ち着いてください!!」
「…そういうあんたたちもね」
ハンジはナマエよりも興奮が抑えられておらず、モブリットやペトラもリヴァイがナマエに熱いキスをしたことに慌てたり顔を赤くしたりしている。そんな彼らに冷静にナナバが突っ込んだ。
「…前言撤回だ」
「え?え?」
「付き合いたいんだろ、俺と」
「……は、はい」
「付き合ってやる」
「兵長…」
「その代わり手加減は一切しねぇ」
「あ…!」
リヴァイは立ち上がると食事用トレーをそのままにナマエの手を引いて歩き出す。そして振り返り一言。
「おいクソメガネ。コソコソしてんならあれ下げとけ」
「えっっ、私ぃぃぃ!!?」
遠目でもリヴァイにはハンジらの存在ばバレバレだったらしく、後片付けを任命されたハンジはがっくりと項垂れた。
そして、リヴァイに連れられたナマエはようやく片想いが実る嬉しさに浸る余裕も与えられずしっかり恥ずかしいこともされてしまうのだった。
「…兵長、えっちです!!!」
「好きな女になら当たり前だろ」
「え?好き?えっ?もう一回言ってください!」
「…知るか」
「えっ!兵長ずるいですー!!!」
「うるせぇ」
2020 0616
mae tugi 35 / 60