「…処女が重い」
「はぁ…?」
リヴァイの命令で資料室を掃除していたペトラの元にナマエがたまたま訪れていた時のこと。目的は会議で使う資料を探しに来たのだがつい話し込んでしまい、冒頭の台詞がナマエの口から零れた。
「ナマエさんって処女だったんですか?」
「うーん……彼氏いない歴と年齢が同じだから」
「へぇ、それは初耳です。ナマエさん、彼氏いそうなのに」
「調査兵ってだけで変人扱いされるから、そういうのいたことない…」
ほとんど掃除は終わっていたが掃除よりも話が盛り上がり、ナマエの為の相談室になっていたが女性の性かこういう話題は楽しくて仕方がないのだ。ペトラは続きが気になり、ぐいっと身体を乗り出した。
「気付いたら22だし、今更処女ですって言ったら相手が引いちゃうかもって思うとなかなか恋愛出来なくて。ペトラはそういう人いるの?」
「えっ、私!?い、いないいない!っていうか、今はナマエさんの話ですよね!?」
顔を赤くして慌てるペトラが可愛らしく、ナマエはクスッと笑う。
「ごめんごめん。処女が引っかかって踏み出せないってこの歳で恥ずかしいよね。誰かもらってくれないかなぁ」
「ナマエさん、美人なんだしそこさえ乗り越えてしまえば絶対いい人見つかりますよ!私、応援しますから!」
「ありがとう、ペトラ〜!」
「……おい、お前ら」
「「!!!」」
わっ、と嬉しくなったナマエがペトラに抱き着いたと同時に、出入口の方から低くドスの利いた声がして二人は一瞬にして離れて同時に固まった。その声の主は言わずともわかるリヴァイだ。
「ペトラ、掃除は終わったのか」
「は、はい…」
「確認しておく。次は応接室だ、行け」
「りょ、了解です!!」
ペトラは慌てた様子でモップ、はたき、水が入ったバケツを持って資料室を出て行った。バタンと閉められた室内には機嫌は良くなさそうなリヴァイと冷汗を流すナマエだけとなる。気まずい空気に耐えられずナマエも部屋を出ようと足を踏み出した。
「…す、すみません、兵長。わたしも仕事に戻りま…」
「おい」
「ひぃッ!?」
手首を掴まれて止められたナマエは仕事をサボっていた罰としてリヴァイに怒られると思ったが、次に彼から発せられた言葉で思わず肩の力が抜けることになる。
「……お前は、処女なのか」
「は……?」
「処女なのかと聞いている」
「え、いや、な、何で…」
リヴァイの質問の意味がわからないナマエは目を泳がせる。きっと彼はペトラと話していた内容を聞いていたのだろうが、何故そんな質問をしてくるのか本当にわからなかった。至ってリヴァイの顔は通常通りで、またそれもわからない。
「早く答えろ。処女なんだな?」
「ッ……そ、そんな何度も処女って言わないでください!わたしだって、気にしてるのに…」
あの兵士長の口から”処女”という単語が何度も出てくることがだんだん恥ずかしくなり、慌てて反論する。反論、といってもナマエが処女なことは覆しようがない事実なのだが。
「大体、わたしが処女だったら何なんですか?兵長には関係ないと思いますけどっ…!」
目上の人に向かっての態度ではないと理解しながらも、恥ずかしさとやり場のない少しの怒りとがナマエの感情を高ぶらせる。ぷいっと合わせていた顔を背けると低い声で名前を呼ばれた。
「ナマエ」
「な、なに…ッ?!」
ぐい、とジャケットの襟を乱暴に掴まれて引き寄せられた。リヴァイとナマエの顔はお互いの息がかかる程近く、逃げようと彼の胸を押すが男の力には適わない。
「え、り、リヴァイ兵長…?な、ちょ、近ッ…」
「…重いんだろ」
「へ?」
「お前の処女。重いって言ってただろ」
「…う、」
「もらってやる」
「は…!?」
「俺がもらってやるって言ってんだ」
真顔で言い切るリヴァイに、本当に今日の彼の言動はわからないとナマエは目を見開く。言葉の意味こそ理解出来るが何故自分の処女をただの上司であるリヴァイがもらうと言い張るのか、わからなかった。
「…え、な、ど、どうしてですか…?」
「………」
「咄嗟の出来心なら……やめてください」
勘違いしちゃいます、とナマエは再びリヴァイと距離を取ろうと胸を押す。本当にそう思っている反面でリヴァイの言葉に不覚にもドキッとしてしまい、それを隠したかった。
「……うるせぇな。テメェの処女をもらってやるって何度も言わせるな」
「だ、だからッ……何でわたしなんですか?あなたくらいの人なら、女には困ってないでしょ…?」
「ハッ、テメェ、俺が誰彼構わず女を抱くように見えてんのか?」
「現にそうでしょ…!?ただの部下であるわたしの処女をもらうだなんて…」
そうだ、リヴァイは潔癖症で有名でわりと長く兵団に勤めているがそういった女関係の噂は聞いたことがなかった。けれどこの状況、噂にはならなかっただけで実は裏では女関係が激しいのではないかと勘繰ってしまう。だってナマエとリヴァイの関係は本当にただの上司と部下なのだから。
「じゃあ何だ。理由を言えばお前は納得して、処女を俺に奪われてもいいのか?」
「り、理由によりますけどっ…でも、そんなことしたら、変な噂立ちますよ…?!」
「そんなヘマしねぇよ。お前はその重たい処女を抱えたまま、死んでもいいんだな?」
「ぐ……それは…」
別に兵団内での恋愛や身体だけの関係が禁じられているわけではない。むしろ他人がどう関係を築こうがどうでもいい。明日に命があるかないか、そんな世界なんだから。女として開花する前に蕾として散ってしまうなら、せめて───
「……本当に、もらってくれるんですか」
「やっとその気になったか」
「違っ……くはないですけど、もうもらってくれるなら、いいです。いつ死ぬかもわからない、から…」
ナマエはリヴァイの胸を押していた手のひらの力を抜き、重力に従わせて下に降ろした。そして諦めたように呟いた。
「……兵長、わたしを、女に…してください」
その言葉にリヴァイは気付かれぬよう口角を上げた。
「言ったな。前言撤回は聞かねぇぞ」
「……はい、わたしも兵士、ですから…」
「今夜、迎えに行く。部屋で待ってろ」
リヴァイはナマエの額に触れるだけのキスを落とすと部屋を出て行った。残されたナマエは額に落とされたキスの意味を考えると同時に処女を捧げる覚悟をした。
今夜、処女を捧げる───
ただ処女を捧げるだけだと思っていたナマエは、今夜リヴァイの言葉に嬉し涙を流すことになるなんてこの時はまだ知らない。
2020 0413
続きます
mae tugi 28 / 60