溢れ出る涙は止まることを知らず、ナマエの頬や服を容赦なく濡らす。その涙の原因は恋人であるリヴァイだった。些細なことで言い合いになって喧嘩して、思わず部屋を飛び出して自室のベッドで布団を頭から被って、イライラしていた気持ちが涙となって流れた。どれくらいそうしているかはわからないが随分とそうしている気がする。
「リヴァイさんなんてッ……タンスの角で足の小指ぶつけちゃえばいいんだ…!!」
誰もいない部屋で掠れた声で言うが当たり前に返事はない。それが余計に虚しくなって布団をぎゅうっと握り締める。
ずっと布団の中にいると息苦しくなってきて、少しだけ空気を通す隙間を開ける。すうっと入ってきた空気が温かくなっていた布団内の温度を下げていく。その際にサイドテーブルに置かれた渦巻き貝モチーフの置物が目に入る。
「………」
それはリヴァイと付き合って初めてお互いの非番の日に市民街へと出掛けた時に買ってもらったもの。巨人の脅威に冒され、ずっと自由のない壁の中で暮らしてきた人間は海を知らない。文献にこそ載っているがそれは想像でしかなく誰も本物の海を見たことがなかった。いつの日にか見た本で海にはいろいろな生物がいると書かれてあり、その中に貝の絵があった。くるくると渦巻いたそれは所詮想像でしかないが何も知らないナマエを魅了するのは簡単だった。
「……ッ」
大切な大切な置物。けれど今はそれが少しだけ憎らしく見えてきて下唇をきゅっと噛む。
するとキィ、と扉が開く音がして空気を通す為に開けていた隙間を埋めるように布団を被り直した。きっと入って来たのはリヴァイで、コツコツと床を蹴る音が鳴っている。自分もいつまでも拗ねていないでさっさと謝ればいいものを、ここまで来てしまってはなかなか自分からは伝えられなくて意固地になってしまう。足音がすぐ隣で止まるとナマエはぎゅっと目をつぶった。
「……ナマエ」
「…!」
次の瞬間、小さく名前を呼ばれたかと思えば布団の上から抱き締められ、つぶっていた目を見開いた。リヴァイのことだから布団を無理やり引っペがすだろうと思っていたナマエは、想像とは別の行動に驚く。
「…その、なんだ………悪かった」
「………」
布団越しに聞こえたリヴァイの切ない謝罪の声。まさか彼から謝ってくるとは思わず布団を握る手が緩んだ。
「お前の気持ちも、もっと考えるべきだったな…」
「……」
「…なぁ、ナマエ」
流石にあのリヴァイにここまで言わせては、意固地になっていた気持ちもだんだんどうでも良くなってきて、被っていた布団を取った。暗さに慣れていた目が明るさに驚いて薄らとしか開けない。何度か瞬きをすると少しずつ慣れてリヴァイの顔を捉えた。
「……」
「…悪かった」
「もういいです。何で喧嘩しちゃったのか忘れちゃいました」
泣き腫らした目で薄ら笑いすればリヴァイも安心したような表情を見せる。人類最強のこんな表情を見れるのはきっとこの世でナマエだけだろう。
「……リヴァイさん」
「……」
ナマエはリヴァイの胸に顔を埋めた。これでやっと仲直りできる。そう思ってリヴァイが彼女の背中に手を回した瞬間。ずびー、と何やら濁った音が響いてその手は思わず固まった。
「おい」
「…へへ、仕返しです」
「テメェ…」
リヴァイから離れたナマエはしてやったりといたずらっ子のような笑顔を浮かべている。一方でリヴァイの胸に残されたのはナマエの鼻水。潔癖症の彼だからものすごく嫌がるだろうが泣かされた仕返しにこれくらいは許されるだろうと、思いっきりしてやったのだ。
「やるようになったじゃねぇか」
「リヴァイさんの影響ですかね?」
「ハッ……その大口いつまで叩いてられるだろうな?」
嫌な表情も見せたが、ナマエに煽られて珍しくそれに乗ったリヴァイは鼻水を付けられたシャツを脱ぎ捨てた。そこから露になるのは鍛え抜かれた身体。思わずドキッとしてしまう。
「や、あの、ちょ、ちょっと…!」
「お前が煽ったんだ。わかるな?」
「わ、わかりません…!」
「じゃあわからせるまでだ」
「あ、ま、待って!まだ…」
「無理だ」
そうしてリヴァイに簡単に組み敷かれ、煽った張本人はもう何も言えなくなりそのまま煽りに乗った狼に食べられてしまうのだった。
2020 0101
mae tugi 25 / 60