進撃 | ナノ


ひゅう、と生温い風が吹き通る。壁から遠く離れたこの森の中で返り血に塗れたナマエは一人樹の上から下を見た。

「……また、生き延びちゃった」

樹の根元にはたくさんの仲間たちが半目のまま、息絶えていた。中には身体の一部を巨人に喰われて腕や足、上半身がない仲間もいる。残酷すぎるこの光景を見てナマエは自分が生き延びたことを呪い、膝から崩れ落ちた。

今回の壁外調査でもたくさんの仲間が死んだ。調査兵団は心臓を捧げた身であるが、仲間の死にはいつまでも慣れることはないだろう。
ナマエも調査兵団の一人であり、今までの壁外調査をどうにか生き延びて来た。だが彼女自身それを良く思っていない。ナマエは訓練兵の頃から立体機動、対人格闘、座学などにおいて優秀な方ではなく、むしろ下から数えた方が早いくらいだった。そんなナマエが調査兵団を志望したのは華麗に宙に舞うリヴァイに憧れていたから。しかし入団したものの厳しい現実を突き付けられて戦績も伸びず、ただ悪運が強いだけで今まで生き残ってきたのだ。

そこからはどうやって本部に帰還したかなんて、覚えていなかった。壁外調査に出る前まではルームメイトだった戦友もいない。自身が訓練兵にいた頃厳しくも優しく指導してくれた先輩兵士もいない。どうして自分は生き延びたのか、そればかり責めていた。そうすると眠れなくなって夜風を浴びようと廊下を歩いていた時。

「こんな時間に何してる」
「り、リヴァイ兵長…!」

向かいから書類を抱えたリヴァイが歩いて来たのだ。話しかけられると思っていなかったので敬礼の格好を取るのが少し遅れてしまったが、彼はすぐに直れ、と言った。

「……少し、眠れなくて、」
「そうか」
「………」
「来い」
「え…?」

そう短く伝えたリヴァイはナマエを通り越してずんずん歩き出す。彼女は突然のことに戸惑ったが、リヴァイの言葉や態度に逆らえるはずもなくそのまま着いて行くと、彼の執務室に辿り着いた。中に入ると顎でソファに座るよう促されておずおずと腰を掛ける。リヴァイはと言うと机に書類を置いてそのまま椅子に座った。何とも言えない空気と距離感で、ナマエは嫌な汗が背中を伝った気がした。

「ナマエ、だったか」
「はっ…はい!」
「何が辛い?」
「……え、と、」

名前を覚えてくれていたことにも驚いたが、ちゃんとした主語もなく投げ掛けられた質問の意図をすぐに理解出来なかった。しかしきっとそれは今回の壁外調査のことだろうとナマエは素直に思いを口にすることにした。

「…あの、心臓を捧げた身でこんなこと言うのは間違っていると思うんですけど。わたしは訓練兵の頃から成績も良くなく、こうして調査兵団に入団したものの……戦績は伸びず、わたしより優秀な兵士ばかりが亡くなって。わたしは悪運が強いというか、その…ろくな戦力にもなれずにのうのうと生き延びてることが、不思議で……嫌でたまらないんです」

たどたどしく、なるべく言葉を選んで誰にも打ち明けられていなかった思いを伝えた。リヴァイはその切れ長い瞳を揺らすことなく静かにナマエの話を聞いたあと、無言で引き出しから何やら書類を1枚取り出した。

「……確かに、こりゃひでぇな」
「あの…?」
「入団して3年。巨人の討伐数0、討伐補佐数4」

読み上げられた数字を聞けば、ナマエは更に自分の実力のなさを痛感させられる。これは今夜は夜通しお説教だろうかと手のひらをぎゅっと握った。

「……こんな落ちこぼれ、生きてても何にもならないのに、」
「でも、ま……運も実力のうち、だろ」
「え……」

リヴァイはおもむろに椅子から立ち上がるとソファに座るナマエの前に来て、綺麗なブロンドの髪の毛をくしゃくしゃに撫で回した。

「いいか。お前に足りないのは自信だ。自分を卑下するな。そんな甘ったれだと今すぐじゃなくてもいつか巨人に喰われちまうぞ」

言葉は厳しいように聞こえるが、声色はいつもの彼とは違い少しだけの優しさが含まれていた。ナマエはあのリヴァイ兵士長がこんな風に話すのかと信じられなくてたまらない。

「今回の壁外調査後に、班員のシャッフルがある。そこでナマエを俺の班に入れよう」
「え!?そんな……わたしなんて足でまといにになるだけでッ……兵長の元なんて…」
「黙れ愚図。お前には伸び代がある。特別に俺が特訓してやるって言ってんだ」

いいな?と有無を言わさないリヴァイの威圧感にナマエは縦に首を振るしか出来なかった。

「いい子だ」
「…ッ!?」

低く、少し艶のある声でリヴァイはナマエの髪の毛を指先に巻いて遊ぶようにして言う。顔の近さに思わず頬に熱が集中するのがわかり、ふいっと顔を背けてしまった。調査兵団へ入団したきっかけがリヴァイだったナマエは不安な反面で嬉しい気持ちを感じていた。

「特訓は明後日からだ。覚悟しとけよ」

リヴァイは最後にそう言うとナマエから離れて、椅子に座り直した。普段と違うからと言ってそこに色恋な感情がある訳ではないとわかってはいるが、憧れの人物がこんなにも近くにいることが、自分なんかの為に特訓をつけてくれると言ってくれたことが嬉しくてたまらない。

「……リヴァイ兵長」
「なんだ」
「わたし、頑張ります。少しでも兵長の、調査兵団の力になれるように。だからよろしくお願いします!」

ナマエが立ち上がり、リヴァイに対して頭を下げた。緊張からか少し声は上擦っていたが彼女の表情は暗く落ちこぼれたものではなかった。ふんわりと、それでいて強い意志を持った兵士の顔をしていた。

「……お前、そんな顔もできんだな」
「へ?」
「ナマエよ」
「は、はい!」

先程と同じ優しさの声色で名前を呼ばれ、ナマエの肩は思わずぴくりと上がる。リヴァイは机に肘を付きながら表情を少し緩めて言った。

「期待しているぞ」
「あ……はい!!」

ナマエは緊張のさ中、人類最強と呼ばれる男もこんな表情が出来るのかと思った。そして明後日からは厳しい特訓が待っていようとも、自身の心臓や全てはリヴァイに捧げようと心の中で誓ったのだった。


2019 0517
続きます


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