進撃 | ナノ


※転生パロ



コツコツと履き慣らしたパンプスで今日もコンクリートの上を歩く。夏が終わって秋の匂いが大きくなってきたこの頃、たまたま今日は早起き出来た為いつもより早い時間に会社へ向かっていた。

「はぁ……さっむ」

秋の訪れにより、朝夕は冷え込む。と言ってもまだマフラー等の防寒具は必要な程ではないが羽織る物がなければすぐに身体は冷えてしまう。手のひらを擦り合わせながらようやく会社についてひとまずトイレへと入る。

「今日は早起き出来たからいいことあったらいいなぁ」

用を足して手を洗い終わったら、ポケットから翼が刺繍されたアップリケのような布切れを取り出して今日も一日頑張れるよう祈ることが日課だった。それは左翼が白、右翼が黒の糸で刺繍された翼で少々無理に引きちぎった跡が見える。これをどこで手に入れたのかは覚えていないが物心がついた頃くらいにはもう手元にあり、毎日幼稚園に行くのもどこへ行くのも肌身離さずだったと母親に聞いたことがある。

「さぁ、今日も頑張ろう」

そう意気込んで、トイレから出ると向かったのは配属されている部署。いつもより3本も早い電車に乗ったのだから一番乗りだろうと考えながら扉を開ければそこには小柄な人影が見えた。

「あ…」
「……」
「お、おはようございます」
「…ああ」

誰もいないオフィスにただ一人窓際に立って缶コーヒーを飲んでいたのは、30歳にして主任の役職に就いている男性。小柄な体型に刈り上げられたツーブロックの髪型、鋭い目付きで仕事は出来るが口も愛想も悪く部下からは怖がられている。彼女もその一人だがその上司にはよく仕事を任されたり自分の近くにいることが多いと感じていた。一瞬だけ目が合ってしまい、気まずい雰囲気が漂うが流石に一度開いた扉を閉じて出て行くのは失礼かと思い、そのまま自分の席へ着く。

「あの、主任…早いんですね」
「お前こそ」
「た…たまたま早起きしたので…」
「…そうか」

続かない会話に苦手な上司と二人きり。この時間をどう切り抜けようか考えあぐねるも答えは出ない。早く人が来るように願う為、ポケットから翼を出してそれを握り締めた。

「おい…」
「ひっ!?」
「それ、」
「え…」

先程まで窓際にいた上司がいつの間にかすぐ後ろにいて、驚いたのも束の間。上司は少し焦ったようなそんな顔をして彼女の手のひらに収まる翼を指さした。

「どこで手に入れた?」
「…え、いや、わ、わかりません。小さい頃からずっと持ってて……お守りみたいなもので…」

説明すれば上司は切なげな顔を見せる。その表情に何だか懐かしいような気持ちが顔を出し、変な感覚になる。

「……ッ、」
「大切、なのか」
「…はい」
「そうか…」

また訪れる沈黙。どうしたものかと翼を握り締めると上司の手が頬に伸びてきた。

「ッ?!」
「…悪い」
「ぁ…!」
「…?」

頬に伸ばされて一瞬だけ触れた手。それは申し訳なさそうな主任の顔と共に下げられたがそれを何故か引き止めるように握ってしまった。そうすれば自然に目線が合ってしまい、我に返った。

「あ、えっと、その……」
「……」
「すみません…」
「…いや、」
「…ッ」

気まずくなってしまい、握った手はすぐに離したがそれが寂しく感じた。今までは主任が苦手で業務連絡でさえ若干苦痛に感じていたのに、今はそうは思えなかった。一瞬だけ触れられた手はどこかで知っているような、そんな気がしたのだ。

「あ、わ、わたし、ちょっと飲み物買ってきます…!」
「……」

この気持ちを落ち着かせようと無難な言い訳をして席を立つ。しかしそれは叶わなかった。

「え、なん、で…」
「……」

主任が彼女の腕を掴んでいたのだ。ぎゅっと強く、けれど痛みは感じない。そこから伝わる熱と主任のどこか切なげな表情に胸がきゅうっと締め付けられる。

「…悪い」
「きゃ!?」
「……」
「な、な、な…?!」

気が付けば主任に抱き締められていた。突然のことに驚きを隠せないが抵抗はしなかった。それは相手が怖いと恐れられている上司だからか、それとも他の理由か───
小柄な体格だが、筋肉はしっかりと付いていて硬い。苦手な上司のはずなのにドキドキと心臓がうるさく脈打ち、止まらない。そんな中でどこかで感じたような気持ちになるが答えがわからずモヤモヤだけが心に残る。

「あ、あ、あの……」
「…黙ってろ」
「しゅ……主任?」

ぐ、と更に抱き締める力が強くなる。それに合わせて彼女の心臓もドクン、と強く打った。知らないはずのこの感情、どこかで感じたことがあるこの気持ち。ふわふわした名もなき感情が心地好いような気持ち悪いような。すると主任が小さくボソッと呟いた。

「………ナマエ」
「!?」

確かに聞こえた『ナマエ』という名前。知らない名なのにそれを聞いた瞬間、彼女の頭の中に主任と瓜二つな男性が浮かび上がる。お守りにしていた翼と同じものざ刺繍されたジャケットを着て、重そうな機械を纏いながら大きな人のような物体に向かっていく。その男性は返り血を浴びながら誰かを助け出し、力が入らないその小さな手のひらに己の腕に付いている刺繍を無理やり引き千切り、握らせていた。男性の顔は悲しみに染まっていき、そこでブラックアウト。

「兵長……?」
「!」
「り、ばい……兵長」
「ナマエ……」
「あっ、あっ…!?」

頭に浮かんだ『リヴァイ兵長』という名を口にし、再度ナマエと呼ばれたことで一気に記憶が蘇る。自分は自由を求めて巨人と戦う兵士だったこと、その兵団の兵士長を勤めるリヴァイと恋仲だったこと、壁外調査で巨人に握られ、足を喰い千切られ、兵長が助け出してくれるもそのまま死んでしまったこと。意識がなくなる直前に兵長が自らの自由の翼を引き千切って手に握らせてくれていた。生まれ変わってもまた会えるように。

「リヴァイ兵長」
「ナマエ…」
「…わたし、思い出しました。やっと……兵長のこと、思い出せました…」
「……遅ぇよ」

抱き締める腕はそのままに、他には誰もいないオフィスで再会した喜びを噛み締める。リヴァイはナマエの額に優しいキスを一つ落とすと腕の力を緩めた。

「…リヴァイ兵長」
「兵長じゃねぇよ」
「あっ…リヴァイさん」
「ったく、いくら待ったと思ってる」
「もしかしてリヴァイさん、ずっと記憶が…?」
「ああ。5つになった頃に全てを思い出した」

リヴァイは前世で生き抜いた後、現世へと生まれ変わったが記憶は欠けていなかった。最愛の人の記憶だけでなく忌々しい巨人たちや世界の記憶もあったが、愛しいナマエとの再会を果たす為にいろいろ手は使った。そしたらいつの間にか30年もの月日が経っていた。

「……わたし、あの壁外調査で死んでしまったんですね。約束、守れなくてすみません」
「全くだ。でもまぁ…これからその約束は果たしてもらうつもりだ」
「ふふふ、でもまさかリヴァイさんが少し怖いなって思ってた上司だったなんて…」
「お前が新入社員で入ってきた時は驚いたがな。これでも悪い虫が付かねぇよう手回ししてたんだぞ」
「あっ、だからリヴァイさん、わたしにやたらと仕事回して来てたんですか?」
「近くにいりゃあ思い出すかと思ったんだ。それなのにお前ときたら、思い出すどころか俺にビビりやがって」
「だぁって、リヴァイさん、ほんとに目付き怖かったんですもん。鬼上司ですよ」

ケラケラ笑いながら話せば、リヴァイは眉間に皺を寄せたがどこかその表情には安心したような柔らかさも見える。

「……ナマエ」
「は、はい!?」

急に真面目な顔で名前を呼ばれ、思わずピンと背筋を伸ばす。そんなナマエにリヴァイは小さく笑みを零し、彼女の左手を取るとどこからか取り出したプラチナリングを薬指に嵌めた。

「ッ!?」
「…前世ではナマエのことを守ってやれなかった。それをすごく悔いている」
「そんな……リヴァイさんは、巨人の手からわたしを助けてくれました」
「身体は助けることが出来ても、命まで助けてやれなかった。それに足も一本喰われちまったしな」
「…ッ、それは、わたしが弱かったからです。リヴァイさんのせいじゃありません」
「お前がそう思ってくれたとしても、俺はこれからもあの時のことを後悔するだろう。俺はあの時、ナマエを助けて巨人を殺したかった。調査を終えて、壁内へ帰って、過酷で残酷な調査兵団から離れさせて幸せにしてやりたかった……なのに俺は…」

ナマエの左手を握ったままリヴァイは言葉を綴る。現世でこうして再会出来たとしてもあの時の後悔はいつまでも彼の心に、頭に染み付いて離れない。それ程彼女が大切だったのだ。ナマエはリヴァイのことを恨んでなどいないし、悲しげな彼を見てナマエも眉毛を下げる。

「だから…今度こそお前を死なせやしない。何があっても俺が守ってやる。ナマエ……俺と結婚してくれ」
「リヴァイさん……」

一度落とした目線が再度上げられ、ナマエを捉える。

「……今日のリヴァイさんはよく喋りますね」
「バカ言え。俺は元々…」
「よく喋る、ですよね」
「わかってんじゃねぇか」
「ふふ………リヴァイさん、よろしくお願いします」

ナマエは涙を流しながら笑い、リヴァイの手を握り返した。リヴァイはふ、と笑って彼女の手の甲にキスを落とす。前世では叶わなかった願い。今度こそ2人で幸せになるんだとそう強く思った。


2019 1214


mae tugi 53 / 60

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