「大変だよリヴァイ!!!」
「あ?」
ドタバタと騒がしくリヴァイの執務室へ入って来たのはハンジだった。ノックがないのは毎度のことだがこうもうるさくされると苛立ちを覚えてしまう。リヴァイは息を整えるハンジを睨み付けた。
「テメェは毎回毎回、ノックもなしに来やがって。少しは学習しろ」
「ごめんごめん。でもそれどころじゃないんだってば!」
一応謝罪の言葉は口にするものの、ハンジの慌てっぷりにリヴァイはどうしたと問い掛けた。
「ナマエが……憲兵に…ッ!」
「…何だと?」
"ナマエ"という名前が上がった瞬間にリヴァイの瞳は更に鋭さを増した。彼は立ち上がりハンジの前まで歩いてくると見上げながら続きを問うた。
「ナマエがどうした。何があった?」
「憲兵団がたまたまこっちに来てたみたいなんだけど、食堂前に偶然いたナマエのことを気に入ったって言って、連れてっちゃっ……て、リヴァイ?!」
リヴァイは舌を打つとハンジの言葉を最後まで聞かずに部屋を飛び出した。ハンジもその後を慌てて追い掛けたが既に彼の姿はなかった。しかし場所に心当たりがあるハンジはそこへ向かうべく、足を進めた。
ハンジの予想通り、憲兵団の兵士2人とナマエはあまり人気のない中庭の隅にいた。今は何やら話をしているらしい。場所も聞かずに飛び出したリヴァイは後からハンジに合流する形となった。
「いたのか」
「あそこにいるよ」
「チッ…」
「ちょ、待ちなって!」
「邪魔すんじゃねぇ」
「落ち着いて!まだ何もなってないから!とりあえず様子を伺おう」
最早いつもの冷静さに欠いているリヴァイ。ナマエのこととなると人が変わったようだった。ハンジはそれを宥め、柱の影から彼女らの様子を伺った。
「ナマエちゃんって言ったっけ?」
「はい」
「かわいいよなぁ」
「ありがとうございます」
「俺、惚れちゃいそ〜」
「そんな、わたしなんか…」
憲兵団は若めの2人だった。デレデレと鼻の下を伸ばして下心丸出しの彼らに対してナマエはにこやかに返事をするだけだ。それが面白くないリヴァイは苛立ちから眉間にシワを寄せて足を小刻みに揺らしている。
ナマエは調査兵でありながら、おっとりとした性格、けれど仕事はしっかりこなし、気遣いも出来て顔立ちも可愛らしい為男性からの人気が高い。少し目を離せばこういう風に言い寄られていることもしばしば。リヴァイもまた彼女に惚れた男の一人なのだが、他の男が絡んでいるのは胸くそ悪かった。
「何で調査兵なんかになったの?変人ばっかりの集まりなのにさ」
「訓練兵はトップ10に入ってたんだろ?今からでも憲兵団に来なよ。ナマエちゃんなら大歓迎!」
「それは…」
憲兵からの問いにナマエは目を逸らし、手のひらをぎゅっと握り締めて言葉を探す。その表情はまるで───
「おい、いつまで待たせる気だ」
「いいから。あとちょっと」
「クソ…」
未だ物陰から様子を伺う2人。今すぐに出て行きたいリヴァイをハンジが何とか止めているが、それも時間次第。何か考えがあるのかはわからないがリヴァイの苛立ちは限界を迎えようとしていたその時。
「わたしが調査兵団を希望したのは……憧れた人がいたからなんです。その人が宙を舞う姿はとても華麗で、巨人を斬り裂いていく姿はかっこよくて………だから、わたしもその人みたいになりたいなって、近づきたいなって思ったんです」
真っ直ぐなナマエの言葉は憲兵だけでなくリヴァイとハンジの耳にもしっかりと届いた。リヴァイは呆然としていたが、彼女が言う"その人"がわかるハンジは、小柄な男の背中をぐいっと押したがその男の足には先程のナマエの言葉が引っかかりブレーキがかかる。
「さぁ、今だよ。リヴァイ」
「……」
「何?今更怖気付いたの」
「…俺は、」
「ナマエが憲兵に奪われないように、ね?」
「…奪われてたまるかよ」
リヴァイは意を決して振り返らずに歩き出した。
「えー!ナマエちゃん、好きなやついる感じ?だいぶショックだわ」
「調査兵なんていつ死んでもおかしくないんだぜ?そんなやつより俺らにしとけよ〜」
「いや、でも……」
「テメェら…好き勝手言いやがって」
「!」
ドスの効いた、黒い声色に憲兵2人とナマエがその声の方向へ顔を向ける。憲兵は顔を青くする一方でナマエは花が咲いたような笑顔を見せた。
「リヴァイ兵長!」
「ひっ…!」
「こいつが…?」
ナマエはリヴァイの元へ駆け寄り、嬉しそうに笑う。その様子を見た憲兵2人は先程の彼女の言葉の意図を知り、更に顔から血の気が引いた。リヴァイはナマエの肩を抱いて相手を睨み付けた。それはもう何にも形容し難い恐怖だった。
「俺の女に何か用か?それなら俺が代わりに聞いてやるよ」
「え…?」
「い、いえ…!」
「何でもないです…!」
憲兵はリヴァイの迫力に押され、慌ててその場を走り去って行った。彼らの姿が見えなくなった後、ナマエに視線を移せば何やら俯いていた。
「ナマエ、何もされてねぇな?」
「は…はい…」
やけに歯切れの悪いナマエを変に思い、顔を覗き込めば頬を真っ赤にして視線をぐるぐるさ迷わせている。
「どうした」
「え、だって、兵長……さっき、」
「あ?」
「お…俺の女って…」
「ああ…」
そう言えば咄嗟にそんなことを言ったと思い出し、ナマエの赤面している理由に気付く。けれど彼女の心には自分がいないと思い込んでいるリヴァイは面白くなさそうに言う。
「悪いな。他に好きな奴がいるんだろ」
「へっ?!」
「なんだ」
「いや、いない…です」
「さっき言ってたじゃねぇか。調査兵を希望したのは憧れてる奴がいるからだと」
拗ねたような、そんな表情で言うリヴァイにナマエはむずむずとした感情が芽生えたのがわかった。
「…兵長」
「?」
「わたしが憧れた人は……兵長です」
「は…?」
頬を染めながらそう伝えればリヴァイの瞳が大きく開かれる。彼のその瞳に映るのは今はもうナマエしかいない。
「ずっと、憧れてたんです。わたし…リヴァイ兵長の女になりたいです」
思ってもみなかった展開に珍しく理解が追いつかない様子のリヴァイだったが、だんだんとナマエの言葉が沁みてきて思わず口角が上がる。
「ナマエよ」
「はい」
「…俺の女にしてやる」
「!」
この歳になってこんなにも照れることがあるんだな、とリヴァイは心の隅で思いながらも想いを寄せていたナマエを手に入れることができたことを嬉しく感じる。
「嬉しい…!」
ナマエは満面の笑みをリヴァイに向けた。その笑顔は先程憧れた人がいると言っていた時と同じように、恋する少女の顔をしていた。リヴァイはこの幸せを噛み締めるようにナマエの手を握った後、誰にも言っていなかったはずのことに気づいていたらしいハンジにほんの少しだけ感謝した。
「あいつ…知ってやがったな」
「兵長?」
「…何でもねぇ」
「?」
2019 0916
mae tugi 19 / 60