進撃 | ナノ


それは壁外調査後の出来事。調査から帰還したリヴァイは今回の調査報告書を纏めた後に自分の班員だった兵士が使用していた部屋で遺品整理をしていた。亡くなった兵士は女性でありながらいつも強気で少し男勝りで、明るい班のムードメーカー的存在だった。

「……あいつも、こんなものが好きだったんだな」

整理の途中、サイドテーブルにちょこんと置かれた少し古びているがブロンドのくるくるした髪と碧い瞳を持つかわいらしい人形を見つけ、独りごちる。失ってから知った大事な仲間の新たな発見にリヴァイは悔しさを噛み締め、拳を握れば壁外調査で巨人と戦闘した際にできた腕の切り傷がズキンと痛む。

「お前の主人はな、喧嘩っぱやいのが玉に瑕だったが……強くて優秀な兵士、だったぞ」

人形に語り掛けるが返答なんてない。リヴァイは壁外調査後の疲れだろうかと人形に話し掛けてしまった自分を薄ら笑った。
粗方、整理を終えて今日は終わりにしようと部屋を出ようと立ち上がる。その際無意識に人形に一瞬だけ視線を移してドアノブに手を掛けた。すると後方でパサッと何かが落ちる音がしたので振り返れば、先程までは安定してサイドテーブルに座っていた人形が床に落ちていたのだ。

「………」

窓も開いていなければ、風も入って来ない。この部屋にはリヴァイ一人なのに不自然に落ちた人形を睨み付ける。人形の顔はリヴァイに向けられていて、口は綺麗に弧を描いているが何故か悲しげに見えるそれ。

「…ったく、人形遊びなんざ生まれてこの方したことねぇぞ」

ぶつぶつ文句を垂れながらも何故かその人形を放っておけないと感じたリヴァイは少し乱暴に拾い上げ、誰かに見られてしまわないようジャケットの内側に隠して自室へ戻った。人形に情が湧いてしまうなんて本当に今日は疲れているんだと思った。
自室に戻ったリヴァイは人形を綺麗に洗ってやった。がさついていたブロンドの髪は艶を取り戻し、服や肌のところについていた汚れも落ち、すっかり綺麗になった人形を乾燥させる為にテーブルへ置いた。リヴァイもさっさと眠ろうとベッドに入った。



そして次の朝。窓から差し込む光で目を覚ましたリヴァイは身支度を整えようと上体を起こして、ベッドから降りる。ふと昨日綺麗に洗った人形のことを思い出してテーブルに視線を移したが、そこに人形の姿はなかった。

「…!」

不思議に思ったリヴァイが一歩踏み出したところに昨日の人形が落ちていた。不安定だったから落ちたのかと考えたが、テーブルと落ちていた場所の距離を考えるとそれはありえない。溜息をついて人形を拾い上げようと手を伸ばした時───ボフン!と急に煙を上げた人形に思わずリヴァイは警戒態勢を取った。

「何だ!?」

もくもくと次第に捌けていく煙の中からは少女が出てきて、リヴァイは目を疑った。その少女はくるくるしたブロンドの髪に碧い瞳を持っていたから。リヴァイは警戒態勢のまま質問を投げ掛けた。

「……テメェは誰だ」
「わ、たし、は……『ナマエ』」
「ナマエ?」
「…ソラナが、わたしをそう呼んでた」
「ソラナ、だと?」

少女の口から昨日の壁外調査で亡くなったリヴァイの班員だった女兵士の名前が上がり、眉間に更にシワが寄る。ここでいくつかの疑問が思い浮かんだ。

「ソラナとは小さい頃からずっと一緒だったの。ソラナが大きくなって、住んでいたお家を離れた時も、わたしだけはずっと一緒だった。新しいお家はソラナだけじゃなくていろんな人がいて、びっくりしたけど」

たどたどしい言葉を綴り、ナマエと名乗った少女が嘘をついているようには思えなかった。けれど今、リヴァイの目の前で起こっていることは現実なのかとにわかに信じ難い。でもソラナの部屋から持ち出して洗ってやった人形と同じ特徴、同じ服。持ち主であるソラナの過去から今までを知り慕っていること。リヴァイがありえないと否定した考えに嫌でも辻褄が合うのだ。

「わたしね、昨日まで動けなかったし、お話も出来なかったの。でも何でだろう……今はこうして自由なの」
「……さぁな。それは俺にもわからねぇし、人形だったはずお前がそうなってんのも意味わかんねぇ」

冷たく言い放つリヴァイに対して首を傾げるナマエ。この残酷な世界で今確かにファンタジーのようなものすごい出来事に遭遇してしまったのは嫌でも理解が出来た。目の前にいるナマエは昨日まで人形だったんだと。しかし理解したところでこれからこの少女をどうするべきかと考えあぐねる。

「ねぇ、ソラナは?せっかくお話が出来るなら、ソラナとお話したい」
「それは…」

ナマエの純粋な願いにリヴァイはどう答えてやるべきかわからないが、嘘は言えないと覚悟を決めた。

「お前の主人は……死んだ」
「しんだ?」
「もうこの世にいねぇってことだ」
「どうして?」
「……巨人に喰われた」
「きょじん?ソラナがよく、きょじんは憎いって言ってた。絶対くちくしてやるって。少し前にそう言って出て行ったの。いつもなら、もう帰ってくると思うんだけど、なかなか帰って来ないの。どうしてだろう」

まだソラナが生きていると信じて疑わないナマエに罪悪感に押し潰されそうになりながらも、リヴァイは一つずつ話した。巨人という脅威の存在、ソラナが所属していた調査兵団のこと、そして昨日ソラナは巨人に喰われてもう二度と帰って来ないこと。ようやく理解が出来たようでナマエは碧い瞳をころころ動かしていた。

「ソラナ……きょじんに食べられたの?」
「そうだ」
「もう、会えない?」
「ああ…残念だがな」
「…ソラナ、言ってた。ソラナのお母さんがきょじんに食べられたこと、すっごく悲しいって。わたしも、悲しい。ソラナ…もう会えない…」

表情の差こそないものの、悲しいと言い放ったナマエ。人形であったはずの彼女はソラナにいろんなことを教えてもらい、学んだのだろうか。

「わたし……これから、ひとりぼっち?」
「……俺のところにいればいい」
「え?」
「俺がお前の面倒見てやる」

リヴァイは自分でもなんて事を言ったんだろうと思ったが、不思議と後悔はなかった。根は仲間想いで優しいリヴァイだからこそ、主を失って独りになるナマエを放っておけなかった。

「あなた、人形遊びしたこともないのに?」
「……聞いてやがったのか」
「聞こえた」
「チッ…」
「ソラナは強いっていうのも」
「ああ、事実だ」

人のせっかくの厚意を、と言いたかったがそれは口には出さなかった。リヴァイは本当にこれは夢ではないかと思ったが昨日怪我して痛む腕が現実だと如実に語っている。

「あのね、ソラナがよく言ってた。リヴァイへいちょうは怖くて無愛想だけど優しい人だって。あなたがリヴァイへいちょう?」
「ああ。よくわかったな」
「ソラナが言ってた通りの人だった」
「……」
「リヴァイへいちょう」
「何だ」
「ふつつかものですが、よろしくお願いします」
「……嫁に来る気か」
「違う?」
「全然違うな」

こてん、と首を傾げるナマエにリヴァイの肩の力も抜け、ブロンドの髪を優しく撫でてやる。

「でも、ここに置いてくれるならわたし何でもする。人形だからたくさん使っていいよ」
「あ?テメェはもう人形じゃねぇだろ」
「どういうこと?」
「お前はナマエだ。それ以外の何でもねぇ」
「リヴァイへいちょう……優しい」
「何もしてねぇよ」
「こういう時、なんて言うんだっけ…」
「………」
「あ」
「思い付いたか」
「えっと。好きになってしまいました」
「何言ってんだテメェ…」
「また違った?」
「ああ。全くだ」

なんだかんだでナマエのペースに巻き込まれてしまい、リヴァイは何度目かわからない溜息をついた。言葉の意味をしっかり理解していないから仕方がないのだが。これから教えることはたくさんあるな、と再度溜息をつく。

「ソラナがね、ドキドキしたら好きになったってことなんだよって教えてくれた。今、リヴァイへいちょうにドキッてした」
「気のせいだろ」
「そうなのかな?」
「ナマエ、そういう時はな…『ありがとう』って言えばいい」
「『ありがとう』?」
「何かしてもらって嬉しい時、優しくされた時に使う言葉だ」
「そっか。リヴァイへいちょう、ありがとう」
「……ああ」

にこり、と初めて微笑んだナマエにリヴァイは思わず目を逸らす。人間らしさを覚えていくナマエにリヴァイは心臓がトッと暖かくなったような気がした。


2019 0811


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