───リヴァイ兵士長は、無愛想だ。
いつも眉間にシワを寄せていて、目が合っただけで背筋が凍り付きそうな鋭い三白眼に加え、小さな口から紡がれる言葉は冷たくて時に暴力的だ。体型は小柄だがリヴァイのことをよく知らない兵士や入りたての新兵からすると彼はとても怖い存在である。怖いだけではないことは知っている。本当は誰よりも仲間想いなことも。けれど感情を滅多に出さないリヴァイはやはり恐れられていることが多い。
そんなリヴァイと付き合っているナマエでさえ、彼は無愛想で何を考えているのかわからなくなることがある。
「…紅茶の淹れ方がなってねぇ」
「ご、ごめんなさい…」
「ちゃんと教えた通りの手順で淹れたんだろうな?」
「一応…その通りにしたつもりだったんですけど…」
先日、休憩がてら以前教えてもらったように紅茶を淹れてリヴァイの執務室を訪れていたナマエ。紅茶なんて彼と付き合うまで飲む機会などそうそうなかったし、ましてや淹れたこともない。彼女なりに頑張って淹れたつもりだったがどうも兵士長の口には合わなかったらしく、不機嫌そうにカップを置いた。
それだけに限らず、書類の書き方や掃除の仕方など恋人であるナマエに対しても変わらず厳しく当たるリヴァイ。ナマエは恋人としての自信を失いかけていた。
「(わたしは……リヴァイさんには釣り合ってないの、かな…)」
医務室のベッドに腰掛けながら思う。一度無くした自信は芋づる式のように崩れていき、それが涙となって瞳に溜まる。けれどこんなことで泣いていられないと涙を拭い、今朝の立体機動訓練の際に怪我をしてしまった左腕に包帯を巻いた。
すると、少し乱暴に扉が開く音がして顔を上げればそこにはリヴァイがいた。
「りッ……兵長?」
「怪我、したのか」
「あっ」
リヴァイの目線は包帯が巻かれたナマエの左腕に落ちる。傷も浅く特別隠すことではないので素直に訓練中に怪我をしてしまったことを伝えれば、リヴァイの眉間に更にシワが寄る。
「(情けないとか、グズ野郎とか、言われちゃうかな…)」
きゅ、と手のひらを握り締めて口を結ぶ。次にどんな言葉があの小さな口から出てくるのか、怖いと感じたから。しかしその恐怖は簡単に覆ることになる。
「大丈夫なのか」
「へ…」
口調こそいつもと全く変わらない単調なものだが、リヴァイの口から心配する言葉が出たことに驚いてぽかんと口を開けた。
「みっともねぇ面してんじゃねぇ」
「あ、ごめんなさい…?」
「謝るな。怪我の具合はどうだ」
「軽い切り傷なので、全然平気です」
「それならいい」
ふいっと横に逸らされるリヴァイの目。まさかこんな小さな怪我くらいで心配されると思っていなかったナマエは嬉しいような、むず痒いような気持ちになる。付き合ってまだ日は浅いが初めて彼が心配してくれたのは素直に喜ぶべきなのだろう。
「心配、してくれたんですか?」
「……なんだ、その意外だって顔は」
「や、その…心配してくれるの、初めてだったので」
想いをそのまま告げればリヴァイは心外だ、と言わんばかりに溜息をついた。だんだんと失いかけていたはずの自信が戻ってきて、ナマエの表情も暖かくなってゆく。
「…いつも、厳しくて、あんまりわたしのこと考えてくれてないのかなって、思ったりして。でも……今のはすごく嬉しかったです」
立て続けに、胸の内に秘めてきた想いを伝えればリヴァイの切れ長い瞳が僅かに開かれた。漆黒の三白眼に少しの動揺が見えた。
「ちゃんと兵長……リヴァイさんに愛されてるんだなって、感じました」
「ナマエ……お前は俺を舐めてんのか?それともからかってんのか?」
「そ、そんなつもりでは…!」
決して舐めたつもりはないが、僅かながらも初めて心配してくれたリヴァイの気持ちをつついてみたくなったのは事実。けれどそこまで言える勇気は持ち合わせておらず、弁解しようとしたその時───
「きゃっ」
ぐいっと両手首を優しく掴まれてベッドに押し倒される形になる。背中は少し固めのマットレス、前方にはこの状況を楽しんでいるように見てるリヴァイ、そしてここは医務室であり今こそ人はいないもののいつ何時誰かが入ってくるかわからないスリル。ドキドキと心臓がうるさいくらいに打ち続ける。
「よかったな、俺にこんなにも愛されて」
「あ、あ、あのっ…」
「逃げんなよ」
「ひゃ…!」
こんなに近くにリヴァイを感じるのは初めてで、ナマエは思わず逃げようと腰をひねったり脚をばたつかせたりするがそれはリヴァイによっていとも簡単に防がれてしまう。
「さっき、ナマエのことあんまり考えてねぇって言ったよな?」
「あ あ あ……」
「こんなことに慣れてねぇナマエの為にいろいろ抑えてたんだがな」
「ひゃあうっ?!」
べろり、と首筋を舐められて思わず甘い声が漏れてしまった。気持ちいいようなくすぐったいような、ナマエは顔を真っ赤に染めてリヴァイを見上げた。
「じゃあ、これからは抑えなくていいってことだろう」
「ひっ……りば、リヴァイさん…!」
「覚悟してろよ」
「んんッ…」
リヴァイの唇がナマエのそれを塞いだのはたったの数秒だった。それなのに離れてもなおお互いの唇には先程の感覚と熱がしっかりと残ったまま。リヴァイは満足そうに薄く笑うと縫い止めていたナマエの手首を解放して医務室を出て行った。一人残された彼女は未だ起き上がれないまま熱が集中する頬を両手で包む。
「……今まで、冷たく感じてたのって、リヴァイさんがそういうことを、我慢…してたからだったの…?」
今更、リヴァイの想いに気づいたナマエはキスよりも先の行為を望まれていることに羞恥心でおかしくなりそうだ。でもリヴァイとならそういうことも嫌じゃないことははっきりしている。ズキン、と痛む左腕を無視してナマエは頭から布団を被った。
2019 0716
mae tugi 13 / 60