※原作上にはいないモブ兵士の名前が多数出ます。
壁外調査はいつだって命懸けだ。初陣であろうが何度その死線を乗り越えていようが巨人に喰われてしまえば、人間の命なんてまるでちっぽけな蟻のようにすぐに尽きてしまう。
ナマエはまさに今、それを痛感していた。
「ッ……マーク!キャナル…!」
戦友であり訓練兵同期の変わり果てた姿にナマエは絶望を覚えた。彼らはまだ本人を特定出来るが、周囲には四肢が繋がっておらず頭部のない遺体やミンチのようにぐちゃぐちゃに潰れて性別すら識別出来ない程の遺体もあり、ここの班員が当たっていた戦場は酷いものだったのだと物語っている。
「全滅…?いや、そんなわけ…」
ない、と信じたかった。けれどこの惨状を目の当たりにしてはそうは言い切れなかった。
「ナマエ!」
「先輩!」
「…この様子じゃ、生存者はいなさそうだな」
同じ班である先輩兵士ら3人が到着し、辺りを見回して言葉を零す。同じ班員として何度も死線を乗り越えてきたメンバーたちだが、やはり仲間の死にはいつまで経っても慣れない。
「とりあえず予定通りリヴァイ班と合流を!」
「はい…」
と、全員が樹の幹にアンカーを放ち、飛び立ったところでズシン、ズシン、と重たく、大きな地を踏み鳴らす音が聞こえた。その正体は誰かが口にせずとも嫌でもわかる───巨人だ。
「……クソ、こんな時に!」
「先輩、どうしますか?」
「全員構えろ!!」
「はっ!!」
この中で一番立場が上の兵士が戦闘態勢を指示し、全員がブレードを引き抜いた。巨人は2体、どちらも5メートル級。対してこちらは経験を積んだ兵士4人。立地も樹がたくさんある為不利ではない、油断は決して出来ないが勝機はある。そして一斉に樹の幹を蹴り、巨人に向かって行った。
「せいっ!!!」
ナマエは巨人の腕を切り落とし、手の中に捕えられていた先輩を助け出した。何とか抱えて樹の上に登ったがまだ巨人は生きている。
「先輩!」
「くッ…!」
先輩兵士は巨人に掴まれた際に肋骨など、激しく損傷したらしく血塗れになり苦痛で顔を歪めている。
2体いた巨人のうち、1体は討伐したものの残りの1体が奇行種だったこともあり、既に2人の班員が巨人に喰われてしまい、まだ生きている班員もナマエと重症を負った兵士のみ。
「ナマエッ……俺のことは、いいからッ……お前だけ、でも……生き延びろ…」
「何言ってるんですか!先輩を放って行けるわけないでしょう!」
「……ちが、う……俺は、どっちにしろ、もう、無理……なんだ…」
「諦めないでください!ここで諦めたら本当の敗北になっちゃいます!」
「お前は……なんとしても…リヴァイ、兵長の、元に…ッ、行け…!」
「先輩!!!!」
先輩兵士は最期の言葉を言い終えると、瞳を半分開いたまま息絶えた。ナマエは悲しみから顔を歪ませ、先輩兵士のマントを強く握った。
しかし、ここは壁外。仲間の死を弔う時間も悲しむ時間もない。まだ殺し切れていないもう1体の巨人が樹に体当たりしたり登ろうと試みたりしている。
ナマエはすぐに判断し切れなかった。まだガスも残っている。このまま先輩を置き去りにして当初の予定だったリヴァイ班と合流するか、仲間を殺した憎き巨人を己の手だけで駆逐してやるか。
「ッ、」
先輩兵士の半開きの瞳をそっと閉じて、寝かせてやるとナマエはブレードを握り直して立ち上がった。
───抗え この残酷な運命に
「うぉおおおおッ!!!」
ナマエはガスを吹かして飛び上がり、巨人に向かって刃を向けた。死んでいった仲間たちの仇を少しでも取れるなら。与えられた残酷な運命に抗い勝つ為に。
「お前らなんか…嫌いだ!!」
いつの日か見た、リヴァイのように見様見真似でブレードを投げ付ければ運良く巨人の目に直撃。痛みを感じた巨人は目を覆って悲鳴を上げる。その隙に刃を付け替えて近くの幹にアンカーを放つ。ぐるり、と巨人の後ろに回り込んで一気に距離を詰める。
「……朽ちろ」
ナマエが振るったブレードは巨人のうなじを綺麗に削ぎ落とし、倒れていく巨体を横目で見届ける。近くの樹に降り立ったところで振り返れば蒸気を発して身体がなくなっていく巨人の姿があった。彼女の服や皮膚に付着した血も同じように蒸発していくが、残っている血を見て歯を食いしばる。これは巨人の血ではなく仲間の血だから。
「ナマエ」
「!」
たった一人で仲間の死を悲しんでいると、森を抜けた先で合流予定だったリヴァイが立体機動を使ってやってきた。
「リヴァイ兵長…!」
「…こいつは、お前がやったのか」
「5メートル級の巨人2体のうち、1体が奇行種でした。どちらも駆逐は出来たのですがわたし以外3人の班員と、元々この周辺に当たっていた班は………全滅しました」
状況を伝えればリヴァイはそうか、と短く返事をした。
「…そちらの状況は?」
「………俺以外殺られた」
「ッ…そう、ですか」
そうしているうちに帰還命令の煙が上がり、2人は森を抜けて他の班員らと合流し壁の中へと帰還した。
*
今回の壁外調査でも大きな戦果は残せなかった。壁外調査後は壁外での調査報告書を書いたり、殉職した仲間たちをリストアップしたり、仕事はまだまだ山積みである。
そんな中でナマエはリヴァイの執務室を訪れていた。壁内への帰還途中に夜が更ける頃に来るようにと言われていたのだ。
「座れ」
「はい…」
ソファに座るよう促され、おずおずと腰掛ければリヴァイはローテーブルを挟んだ向かいにどかっと座る。しばらくの沈黙の後、リヴァイが口を開いた。
「あの状況でよく生き残ってたな、褒めてやる」
「……ありがとう、ございます」
そうして再び訪れた沈黙。兵団内も今日はやけに静かだ。今度はナマエが沈黙を破った。
「…わたしは、何の為にここへ呼ばれたのでしょう?」
ナマエが問えばリヴァイの瞳が一瞬だけ揺れた気がした。まだここへ呼ばれた理由を聞いていないので緊張や不安、そして壁外調査後ということもありいろいろな気持ちで心が入り乱れている。するとリヴァイがソファから立ち上がり、ナマエの目の前でしゃがむとそのまま抱き寄せられる形となった。
「兵長!?」
「…黙れよ」
「で、でも…」
突然のことにナマエはリヴァイを押し返そうとしたが、抱き締められる力はとても強くて敵いそうにない。けれど何故か抱き締められることに安心感を覚えてしまい、押し返す手のひらをきゅっと握った。
「お前は、何故泣かない」
「え…」
リヴァイの質問に思わずきょとんとする。何故泣かないかなんてそんなものナマエの中ではもう決まっている。
「…泣いたところで、死んだ仲間たちが戻ってくることはないからです。泣いてしまえば、その分自分が弱くなってしまう気がして……」
心の内を明かせば抱き締める腕に僅かに力がこもったのがわかった。本当は泣きたい程辛いけれど、調査兵団に所属する以上は嫌でも向き合わなければならない仲間の死。
「そういうリヴァイ兵長だって、泣かないじゃないですか。同じですよ……わたしたちは泣いてなんていられません」
強い口調で告げればリヴァイからククッと乾いた笑いが漏れた。こんな時に笑えるなんて、と思ったが抱き締められたまま彼の顔を見あげればその顔は悲しみに塗れているのがわかった。
「リヴァイ兵長…」
いつもは冷静で感情をあまり表に出すことがないリヴァイの悲しみに暮れた顔を見て、ナマエは胸が痛くなった。彼だって人間なのだから感情があって当たり前なのだ。
「……情けねぇな」
「そんなこと、ないです」
「流石に今回は堪えた…」
リヴァイはぽろりと弱音を吐き出す。こんなにも弱々しい彼は初めてだと、ナマエはどうしていいのかわからなくなるがとりあえず人類の希望を背負うその背中に手を回して抱き締め返した。
「わたしで良ければ、こうしています。わたしも……今回はいつもより、厳しかったです」
少しでもお互いの傷が癒えるなら、と上司と部下という関係でありながらも近づいてしまった2人。どれくらいそのままだったかはわからないが、不意にリヴァイが口を開く。
「……ギルは、死んだのか」
「……はい」
ギルとは、最期にナマエに対してなんとしてもリヴァイの元へ行けと告げて亡くなった兵士のこと。彼はここ最近で一気に戦績を上げて、リヴァイも注目していた兵士だった。
「ギル先輩は、わたしに『兵長の元へ行け』と言い残して……亡くなりました。先輩を殺した巨人は何とか駆逐出来ましたが、わたしだけが生き残ってしまうなんて…ッ」
兵士としての腕もあったが、優しく人望も厚かったギルはナマエの憧れでもあった。その彼が目の前で亡くなった悲しみは何にも例えられない。
「……あいつは、そんなこと言ってやがったのか」
「結局、兵長がわたしを見つけてくれた形になってしまいましたが…」
「……バレてたんだな」
「え?」
リヴァイは短く溜息をついた後、ようやくナマエと密着させていた身体を離した。それでも2人の距離は十分に近い。少し噛み合わない会話にナマエは首を傾げてリヴァイを見つめた。
「バレてたって、何の話ですか…?」
「今はわからなくていい」
「…?」
リヴァイは一人納得すると、もう一度ナマエを抱き締めた。一方でどういうことかわからないままナマエはただ抱き締められるだけだった。
リヴァイがナマエを大切に想う気持ちが伝わるのは、まだ少し先の話である。
2019 0715
mae tugi 12 / 60