「ナマエ、俺に何か隠してることあるだろ」
リヴァイは以前から感じていた疑問を確かめる為、部屋に呼び付けたナマエにそう言い放った。
彼らは恋人関係にあり、兵団内でも有名な話になっている。しかし少し前からナマエの態度がよそよそしくなったのをリヴァイが見逃すはすがなかった。2人きりになっても、仲間たちといても、どこか周囲を気にするようにキョロキョロと周りを見回したり、物音に敏感になっているように感じた。その態度が面白くないリヴァイはナマエの浮気を疑ってしまい、冒頭の言葉を投げ付けたのである。
「……え」
「最近、態度がおかしいのは何かやましいことがあるからなんだろう?」
冷たく、重たい言葉を聞いたナマエは悲しげに眉毛を下げて瞳に涙を溜めている。そして何かを言いたげにリヴァイを見つめた。
「何だ?言いたいことがあるならはっきりしろ」
「……リヴァイさんは、わたしが浮気をするような女だと、思ってますか…?」
悲しく、切なく、紡がれた言葉にリヴァイの瞳が揺らいだ。いつも素直なナマエは先輩後輩に限らずいろんな人から好かれているし、実際にリヴァイに対しても嘘などついたことはない。そんな彼女が浮気をするだなんて考えたくもないが、態度が態度だけにそれを疑わざるを得ないとリヴァイは思う。
「じゃあ最近よそよそしいのは何だ。疑いたくねぇがその態度は気にいらねぇな」
「…わたしは、リヴァイさんが好きなのに…ッ、もういいです!」
「おい…!」
ナマエは堪えきれなかった涙を零しながら、部屋を飛び出して行った。引き留めようと伸ばしたリヴァイの手は虚しく空を切っただけだった。
「チッ……なんだよ、」
本気で浮気を疑った訳ではないが、態度が変わった理由を知りたかっただけ。しかし僅かでも浮気を疑ってしまったのは事実であり、飛び出したナマエを追い掛けるかどうか躊躇ってしまう。早く追い掛けて話をしなければどんどん2人の溝は大きくなることがわかっているのに、リヴァイの足は重りが付いたように動かない。
そんな時、コンコンと小さくノックをする音が聞こえた。
「し、失礼します!」
「エレンか」
「夜遅くにすみません……」
104期生であるエレンが緊張した面持ちで入室する。手には封筒が握られており、誰かから持っていくように言付けられたのだろう。先程のナマエとのことがあり、虫の居所があまり良くないリヴァイは封筒を受け取ってさっさとエレンを帰らせようと考えていた時───
「あの……俺の思い違いだったら、申し訳ないんですけど、」
「何だ」
「その…へ、兵長って、ナマエさんと別れたんですか…?」
「あ?」
エレンの思いがけない言葉にリヴァイは更に眉間にシワを刻み、鋭い目で彼を睨みつければエレンは青い顔をして肩を震わせた。
「テメェ…」
「さ、さっきナマエさんが、違う男に手を引かれていたのを、見てしまって…!それで、その…」
「……ナマエが俺じゃない男に手を引かれてた、だと…?それはどこで見た?」
リヴァイはエレンの情報にぴくりと眉毛を動かした。ナマエとは別れてなんていないし、自分でない男と一緒にいるなんて、とリヴァイはエレンのジャケットを掴んで問い詰める。
「えっと、食堂に入って行くのを…」
「食堂…」
「へ、兵長!?」
もう夜も更けてくる頃。この時間帯は調理人を含めて食堂を使う者はいないはずだ。リヴァイは嫌な胸騒ぎを感じてエレンを押し退けて食堂へと走った。
*
食堂までは大した距離ではないが、何故か遠く感じた気がした。リヴァイが食堂の扉を乱暴に蹴り開けるとそこにいたのはナマエと、エレンが言っていたと思われる男がいて、ナマエは泣きながら組み敷かれている体勢だった。
「り、リヴァイさん…!」
「ッ!?」
リヴァイはカッと頭に血が上るのがわかり、感情のままナマエに覆い被さる男を蹴り飛ばした。男はそのまま床に転がり落ちる。男が退いたことでナマエは自由になるが、ジャケットは脱がされシャツのボタンも引きちぎられて下着が丸見えになっていた。下着は上げられておらずズボンも履いていることから寸前だろうことは理解出来たが、そんなことはどうでもいい。恋人であるナマエにここまでのことをした男が憎くて仕方がなかった。彼女に自分のジャケットを掛けてやると男に向き直る。
「テメェ、どこのどいつか知らねぇが…ナマエに何てことしやがった」
「ぐふっ…!」
床に倒れる男の腹にもう一発蹴りを入れれば、痛みからくぐもった声を出す。ジャケットを見れば自由の翼が刺繍されていたので、同じ調査兵だということがわかった。
「誰の許可取って、こいつに手ェ出してんだ。ああ?」
ぐい、と腹を押さえて蹲る男の髪の毛を鷲掴み、顔を上げさせれば苦痛で顔を顰めている。最近入った新兵なのかわからないが、顔馴染みのない兵士だった。乱暴に床に押し付けて背中を足で踏みつけてやれば短く息をしているのが伝わる。後ろでナマエが彼の名前を呼ぶがそんなものは耳に届かない程、怒りでどうにかなりそうだ。既に2回も蹴りを入れているがリヴァイの腹の虫は収まらず、今度は顔を狙って蹴りを入れてやろうかと考えた瞬間。
「なになに、何があったの?」
「リヴァイ…」
ハンジとエルヴィンが駆け付けたのだ。エレンが部屋でのことを伝えたのだろうか。2人は現状を見て状況を理解しようとするが、ここだけを見られてしまうとリヴァイが男を痛ぶっているようにしか見えない。すると今まで黙っていたナマエが口を開いた。
「……その人、ずっとわたしに付き纏っていたんです。襲われかけてるところを、リヴァイさんが…助けてくれました…」
ナマエの証言と乱れた格好により、男の黒が確定しエルヴィンとハンジの目が鋭いものに変わった。未だリヴァイに踏みつけられている男は言い訳もしてこないようだ。
「……そいつの身柄は私が預かろう」
リヴァイが足を退けるとエルヴィンは男の腕を無理やり引いて立ち上がらせ、引っ張りながら食堂を出て行く。ハンジも珍しく空気を読んだのかそのまま彼に着いて行ったようだった。
これで一件落着か、とリヴァイが溜息をつくと後ろからくいっと腕を引かれた。
「…ナマエ?」
ナマエはリヴァイの腕を掴んだまま小さく震えていた。俯いた顔から表情は読めないがきっと怖かったのだろう。
「…疑ってすまなかった」
リヴァイは堪らず抱き締めて、少しでもナマエのことを疑ってしまったことを詫びた。彼女の肩をがぴくんと揺れて、涙でぐしゃぐしゃになった顔が上げられる。
「いつから付き纏われてた?」
「…ひと月程、前から」
「何故その時に言わなかった」
「……まだ確証がなかった、から…」
怖い記憶を掘り返すつもりはないが、一つひとつ問えばナマエはゆっくり答えた。最初は視線を感じるだけだったと言う。しかし次第に行く先々で監視されている気がして、気のせいだと思い込もうとしていたが半月前にあの男に告白をされたのだそう。男はナマエがリヴァイと交際しているのを知った上だった。もちろん丁重に断ったはずだったがそこからストーカー行為はヒートアップし、送り主のわからない何枚もの恋文や花などが贈られたらしい。そして今日、いつまでも振り向いてくれないナマエに痺れを切らした男に食堂に連れ込まれたのだ、と。
「……気づいてやれなくて悪かった」
「いえ、わたしも最初からリヴァイさんを頼ればよかったんです…」
浮気だと疑った罪悪感はなかなか消えず、リヴァイは心の中で舌打ちをした。けれどこれでお互いの誤解が解けた。
「…ナマエ、」
リヴァイはナマエの頭をそっと撫でて唇を近づけようとしたが、彼女がビクッと身体を震わせたことにより動きを止める。そのまま顔をじっと見やれば不安と恐怖で満ちている。そう言えばナマエの目の前で男に暴行をしたことを思い出した。
「……俺が怖いか」
「ッ…」
そう問えばナマエはおずおずと首を横に振った。
「………こわ、くは…ないです。リヴァイさんは、わたしを…守ってくれた、から」
小さく紡がれた言葉に安堵し、リヴァイはナマエの額にキスをした。怖くないと言っていたとは言え、よく考えればあんなことがあった後だ。不安や恐怖を感じていてもおかしくはない。人間にとっての脅威は巨人だけでなく、同じ人間であっても脅威となることもあるのだと改めて痛感した。
「怖い思いをさせたな」
「……早く、安心させて…ほしい」
「…チッ、あんまり煽るなよ」
リヴァイの胸に顔を埋め、手のひらをきゅっと握るナマエに煽られゾワッと欲が掻き立った。我慢なんてもう出来なくなりそうで、その場で押し倒してしまう前に部屋に行ってしまおうとリヴァイはナマエの手を引いて食堂を後にする。
「…行くぞ。今日のことなんかすぐに忘れるぐらい激しく抱いてやるよ」
「ッ、恥ずかしい…」
「んなこと言って、満更でもねぇくせに」
横目でナマエの顔を見れば頬を赤く染めて俯いていたが、決して嫌そうにしているわけではなく。部屋に着くまでの間、リヴァイはどうナマエを鳴かせてやろうかと考えることに夢中だった。
2019 0711
mae tugi 11 / 60