───どうしても、手に入れたい女がいた。
リヴァイはグラス一杯のワインをぐいっと飲み干すと、溜息をついて窓から外を眺めた。外はまだ夕暮れだ。そんな中で考えるのは想いを寄せる女兵士ナマエのこと。
「…チッ」
舌を打つとまだボトルに残っているワインをグラスに注いだ。
遡る事ひと月前。
地下街でゴロツキをしていた頃から女には困ったことがなかった。調査兵団に所属してからもそうだった。リヴァイが求めれば女は皆易々と身体を差し出してくれた。しかし、身体だけの爛れた関係の女が増えても心は満足したことがない。そんな時に出会ったのだ。歳はリヴァイより一回り近く下で、顔つきはまだあどけなさを残した、調査兵団には似つかわしくない女を。
「おい、お前」
「はい!」
「名は?」
「ナマエと申します」
それがリヴァイとナマエのファーストコンタクトだった。
彼女を手に入れる為にリヴァイは何でもした。それこそ今までズルズルと身体だけの関係を続けてきた女たちと綺麗さっぱり縁を切り、何もない日にナマエにアクセサリーや菓子をプレゼントしたり、外食に誘ったり。その度にナマエは一度は断りを入れながらも結局は押しに負けて全て受け取っていた。
誰が見てもリヴァイはナマエを特別扱いし、好意を寄せているとわかる程、彼はナマエという存在に溺れていたのだ。
「ナマエ」
「何でしょう?リヴァイさん」
太陽が沈み、瞬く星たちが夜空を飾る。そんな時刻にリヴァイはナマエを己の私室へと呼び付けたのだ。初めて入るリヴァイの私室にナマエは緊張しているのか、服の裾をきゅっと握って落ち着かないし彼の名前を呼ぶナマエの声も少し上擦っていた。それは、リヴァイがそう呼ぶように言い付けたから。
「ここへ座れ」
「…はい」
ソファーに座るよう目配せされ、ナマエはおずおずとそこへ腰掛ける。するとリヴァイは向かいではなく彼女の隣に腰を落とした。近い距離感にどうしていいかわからずそわそわするナマエを可笑しく思い、リヴァイは知られぬよう口角を上げる。
ナマエもいつもとは違う雰囲気は感じているようで。そもそも私室に呼び付けられた時からそれは薄々気づいていた。今までならば街に外食へ行ったり、食堂だったり、執務室だったり、プライベートも共にしたもののお互いに最深部には踏み込んだりはしなかった。けれど、今日は違う。初めて入室が許された部屋で肩と肩が密着し、お互いの小指が重なるくらい距離が近い。
「ナマエよ」
「え…」
「お前をここへ呼んだ理由はただ一つだ」
ぐいっと顎に手を添えられて上を向かされる。嫌でも視線が交差し、ナマエは眉尻を下げ大きな瞳は更に大きく見開かれている。
「ただの上司と部下、という関係に終止符を打つ為にな」
「ッ……」
ナマエの言葉なんて待たずに2人の距離は0センチ。唇と唇が触れ合った。たった数秒、触れていただけなのにそれはとても長く感じられて、唇が離れてもぽってりと熱が残った。
「り、リヴァイさん……」
「俺はお前が欲しい。どうしても、だ」
「…わた……わたし……」
「お前の心が手に入るなら、俺は何だってしてやる」
そうだ。本当に何でもやった。身体だけの都合の良い女たちを捨て、ナマエに近づこうとする男には脅しを掛けて近づけさせなかった。今までも、そしてこれからも、ナマエが望むなら宝石だろうが何だろうが買い与えてやるし、調査兵団を辞めろと言うのなら辞めて不安のないようにずっと側にいてやる。それ程にリヴァイはナマエが欲しくて欲しくてたまらないのだ。
「なぁ、くれよ」
「………」
「身体も、心も、俺に捧げろ」
「リヴァイさん……」
もう十分に土台作りや根回しはした。ナマエの心がリヴァイに傾くように、堕ちるように。涙を瞳に溜めた彼女の口が動く。
───堕ちろ、堕ちろ、堕ちろ
「……わ、わたしがリヴァイさんのものになったら………リヴァイさんは、わたしのものに、なってくれますか…?」
「(……堕ちたな)」
予想を上回る言葉にリヴァイの切れ長い目が嬉しさで少しだけ見開かれる。それはすぐに元に戻るが今度はククッと喉で笑う。
「ああ。ナマエは俺のもんで、俺はナマエのもんだ」
「……よかった、」
そう返してやればナマエは安心したように笑って、額をリヴァイの胸にくっつけた。
リヴァイは今まで積み重ねてきたことがようやく実ったと達成感や満足感を味わうと共にかわいすぎる彼女をこれからどう自分色に染めてやろうかと考えあぐねた。
2019 0622
mae tugi 10 / 60