夏の足跡
夏が近づいてきて、蒸し暑い日が続く。
「暑いですね」
「あちぃ」
「半分だけ?」
「…まぁ」
「不思議な個性ですねぇ」
そんな会話をしながら轟と凜那は太陽に照らされる道を歩く。蝉が鳴く声やどこかの家に吊るされている風鈴がリン、と鳴る音など夏を感じさせるものが久しぶりでまたこの季節がやって来たんだと思う。
轟の左隣を歩きながら、かわいらしいキャラクターの描かれたフェイスタオルで流れる汗を拭き取る凜那が少し上目遣いで轟の顔を見やった。
「焦凍くんの右隣、行ってもいいですか?」
「…ああ。多少は涼しいと思う」
「やったー!」
許可が降りればすぐさま左から右へ移動する凜那。気持ちの問題かも知れないが、氷結が使われる右側に来ると少しだけひんやりしているような気がした。
「ちょっと涼しいです」
「そうか」
「夏の間は右側を歩きますね」
「おう」
「わたし専用ってことで!」
「空けといてやる」
「ほんとにいいんです?」
「いいだろ、これくらい」
「ふふふ、嬉しい」
外気温は高いというのに轟と凜那は肩が触れそうなくらい近くを歩きながら会話を交わす。端から聞けば初々しいカップルのような会話だが、2人はクラスメイトであり友達なのだ。芦戸や葉隠は彼らの関係をもどかしく感じているが当の本人は気づいていないどころが更に周りをヤキモキさせている。それにすら、彼らは気づかない。
「せっかくだから何か冷たいものでも食べませんか?」
今は放課後。授業も終わって後はそれぞれ家へ帰るだけ。ヒーローの卵である雄英生にとってはこの放課後が貴重な自由時間だ。凜那と轟はそのまま近くのコンビニへと足を踏み入れた。店内は冷房が効いていてとても涼しく、快適だ。
「ほら、何にしますか?」
「………」
「ちょっと焦凍くん!そこは麺類コーナーですよ!」
アイス売り場へと向かう凜那を他所に、轟はうどんや蕎麦が陳列されているところに吸い寄せられるようにふらふらと歩いて行こうとする。慌てて腕を引っ張ったが視線はまだ蕎麦に向いたままだ。
「もう、どれだけお蕎麦好きなんですか!」
「いや…冬場は温かくない蕎麦が売ってなくてな」
どこか寂しげに呟かれた言葉に凜那はそりゃそうだ!と思わず突っ込みを入れた。轟が蕎麦(温かくないやつ)好きなことは知っていたが、ここまでとは思わなかったと笑ってしまう。
「温かくないお蕎麦、売ってました?」
「…ああ。あった」
「よかったですね」
「今度買う」
「是非そうしてください」
そんな轟がかわいいな、なんて思いながらやっと漕ぎ着けたアイス売り場で所狭しと並べられているアイスたちを物色する。バニラやチョコの王道なものから、チョコミントや少し変わった杏仁豆腐味なんてものもある。高校生の財布に優しいラクトアイスや手を出すには少し躊躇ってしまうちょっぴり高級なアイスもあり、迷ってしまう。
「焦凍くんは何味が好きですか?」
「…特にこだわりはねぇな」
「へー。どれか気になるのありました?」
「………これ、」
「パピコ!」
「パピコ?」
轟が指さしたのは1袋に2つ入っているボトル型をしたチューペットのアイス。王道系アイスの1つである。
「これ2つ入ってるんですよ。わけわけしますか?」
「ああ」
「決まりですね」
決まったアイスをレジまで持って行き、会計を済ませてもらう。代金はコンビニに誘った凜那持ち。この後すぐに食べるのでシールだけを貼ってもらった。
「ありがとうございましたー」
あまりやる気のなさそうな店員の挨拶を聞き流しながら外へ出た。涼しい店内から蒸し暑い外に出れば一気に身体の温度が上がった気がしたが早速アイスの袋を破く。くっついている輪っかの部分を千切り、半分を轟に渡した。
「はい、どうぞ」
「…悪いな。払ってもらって」
「誘ったのわたしですもん」
「…今度、蕎麦でも奢ってやる」
「いいんですか?」
「それでおあいこ、だな」
「じゃあまたコンビニに寄りましょうね」
「ああ」
「ふふふ。それにしても暑い日に外で食べるアイスもいいですねぇ」
既に蓋を千切ってアイスを食べ始める凜那に轟も後を追うように食べ始めた。中からひんやりしてきて、暑さを忘れてしまいそうなくらい心地良い。
「…美味い」
「でしょ?」
ちうちう、とアイスに吸い付きながら再び太陽に照らされた道を歩く。
「じゃあ、わたしはこっちなので」
「ああ…」
「また明日」
「じゃあな」
お互いに自分の家の方向へと歩き出す。もう半分以上なくなってしまったアイスを握り締めて、明日も会えることを楽しみにしながら。
2019 0712