hello おほしさま
それは星が綺麗なある夜のことだった。轟はあの雄英高校に推薦入学が既に決まっていた。しかし素直に家に帰る気持ちにならず近所を散歩していた。時は3月。春の訪れはすぐそこだと言うけれどまだまだ冷える夜は容赦なく轟の身体を冷やしていった。
大きな建物などがない、開けた場所で人が佇んでいるのが見えた。時刻は午後19時過ぎ。人がいてもおかしくはない時間なので轟はそのまま横を通り過ぎようとしたが―――
「あの……」
「…?」
急に話し掛けられ、轟は足を止めざるを得なかった。遠くからだとわからなかったが、近くで見ると見慣れない制服に綺麗なブロンドの髪の毛をしている少女だった。歳は轟と同じくらいだろうか。
「ここ、とっても綺麗に星が見れますね!」
「は…?」
突然言われた言葉に轟は目を丸くして少女を見た。道やどこかの店を聞かれたりするのかと思っていた為、予想外すぎたのだ。
「ごめんなさい、つい誰かと共有したくて」
この綺麗な星空を!と両手を広げて嬉しそうに話す少女に悪気などはないだろうと轟は思う。ただ正直にそんなことを言う為に呼び止められたのかと思うとめんどくさいとも思ってしまう。
「わたし、星月凜那!あなたは?」
「……轟焦凍、」
「焦凍くんですね、よろしくです!」
「ああ…」
凜那と名乗った少女は人見知りをしない性格なのか、グイグイ歩み寄ってこようとする。轟はその勢いに少し押されながらも名前を名乗り返した。
「焦凍くんもお散歩ですか?」
「まぁ、そんなとこ」
「綺麗ですもんね、星」
「まぁな」
立ったまま話し続ける凜那に轟は少しなら、と話に付き合うことにした。本当ならばめんどくさいと感じた時点で帰ればいいのだが何故かこの少女ともう少し話していたいと思ったからだ。
「星月…」
「凜那でいいですよ?」
「あ……凜那、はどうして散歩を?」
「星が綺麗だったから!……っていうのは建前で、本当は4月から高校生になるんだけど、環境が変わっちゃうのが不安で。それで気晴らしにお散歩してたんです」
人懐っこい笑顔はそのままに凜那は話を続ける。
「楽しみもあるけど、やっぱり慣れた環境から離れるのは怖いな、なんて。弱っちいですよね」
「……最初のうちは誰でも戸惑うもんだろ。徐々に慣れていけばいいんじゃないか?」
「あ……そうですよね!焦凍くんとお話してると何だか不安が和らいできました!不思議です!」
胸の前でガッツポーズをして凜那は言う。出会って数分しか経っていないけれど、お互いにお互いを悪い人とは認識はしていなかった。むしろ心地良さを感じていた。
「俺も4月から高校生になるんだ」
「へー!じゃあ同い年ですね」
「ああ、そうなるな」
「もっと親近感が湧きました!」
嬉しいです、と凜那は轟の手をぎゅっと握る。寒空の下にいたせいでお互いの手は冷たくなっているがそんなものは関係なかった。
「もしかしたら、またどこかで会えるかもしれませんね」
「そうだな。また会えるといいな」
「今日はありがとうございました」
「いや、こちらこそ」
「話し掛けたのが焦凍くんで良かった」
その言葉は凜那と轟の別れのカウントダウンだ。声を掛けられた直後は人と関わるのはめんどくさいと思っていたが、凜那といるうちに心がなんだかぽかぽかするような、むず痒いような、名前の付けようのないそんな気持ちが彼に芽生えていた。
「最後に、これはお礼です」
そう言って凜那は轟の両手を離して、己の胸の前で手を組んだ。そして目を瞑る。すると―――
「お……!?」
空に散らばっている星たちが、自分を主張するように激しく輝き出したのだ。
「すげぇ…」
「わたしの個性なんです。綺麗だと思ってくれたら嬉しい」
まるで自分が宝石箱の中にいるような感覚になる。キラキラと瞬く星に思わず釘付けになりそうだ。
「また会いましょうね」
「もちろんだ」
星が瞬く夜、2人は小さな約束を交わした。
そして4月。桜が風に舞う雄英高校の前で凜那と轟は再会を果たすことになる。
「あ…!」
「お…」
「焦凍くんも雄英だったんですね」
半月ぶりの再会を桜の木の下で喜びを噛み締めた。
2019 0101
2019 0406 加筆修正