「リヴァイ、聞いたよ!ナマエを孕ませたんだって?おめでとう!」
「全く嬉しくねぇ言い方しやがって。あとノックしろ、クソメガネ」
いつも通り、ノックなくして堂々とリヴァイの執務室に元気良く入ってくるハンジ。言い方は少し雑だが手には何やら包みを持っていた。
「だって最近まで教えてくれなかったじゃないか!私たちの仲なのに酷いなぁ」
「すぐに報告したらしたで、お前騒ぎ立てんだろ。ガキがビビるだろうが」
「え、だからナマエが安定期入るまでエルヴィンにも内緒にしてたの?ねぇ!」
「チッ……これだからテメェにだけは言いたくなかったんだ。めんどくせぇったらありゃしねぇ」
「でも君たちさ、未だ部屋も別々なんだろ?その調子じゃ指輪なんかもまだなんだろぉ!?」
「そろそろ黙れクソメガネ。いい加減削ぐぞ」
いつも以上にうざ絡みをしてくるハンジにリヴァイは思い切り舌打ちをして睨み付けるが、そんなものハンジに効果があるわけがなく。
「まぁまぁ。君たちを祝おうとしてる気持ちは本物だからさ!これナマエと食べなよ」
ハンジは包みをリヴァイに手渡すと、モブリットを待たせてるからと珍しく早めに部屋を出て行った。早速包みを開けてみると中にはハート型のクッキーが入っていて、ハンジにお礼を伝え忘れたことに気がついた。
「……チッ、今度礼くらいは言ってやる」
一人になった部屋で小さく呟いた後、ゆっくりと席を立った。
「ナマエ〜!おめでとう!」
「ありがとう、ペトラ」
「ナマエったら全然教えてくれないんだから!」
「ごめんね、安定期に入ってから言おうと思ってて」
妊婦となったナマエは訓練には当然参加出来ないものの、その分書類などの事務処理や掃除などあまり身体に大きな負担がかからない仕事をしていた。そんな中彼女を訪ねて来たペトラと束の間の休息として談笑を楽しんでいた。妊娠がわかった直後は何が起こるかわからない為、安定期に入るまでは妊娠のことは秘密にしろとリヴァイが言ったのだ。今思えば結構過保護なのかもしれないが少し彼らしいと思った。
「まぁナマエたちが幸せそうで何よりだけどね」
「……そうかな」
ペトラが羨ましそうに机に肘を付きながら言えば急に曇ったナマエの表情。ペトラがそれを見逃すはずがなかった。
「ナマエ…?」
「リヴァイさんは、本当にわたしたちの子どもを喜んでくれてるの、かな…」
ナマエの言葉にペトラは眉を下げて大きく瞳を見開いた。子どもが出来る前も幸せそうにしていた彼女からどうしてそんなネガティブな言葉が出るのかと、苦しくなった。ペトラはあくまで冷静を装ったままナマエに問い掛けてみることにした。
「ナマエ、どうしてそう思うの?兵長もナマエも、とても幸せそうだったじゃない」
「……リヴァイさんは優しいから。実は無理してるんじゃないかなって」
「そんなことない!兵長は本心で喜んでるよ。だって、妊娠報告をしてくれた時……すごく穏やかな顔をしてたもの」
ペトラは思わずナマエの肩を強く握ってしまった。いわゆるマタニティブルーというものだろうか。不安になる気持ちもわからなくもないが、不安になる程リヴァイは弱い意志の持ち主ではないことをよく知っているから。
「なんてね、本当は自分自身が怖いの。この残酷な世界で幸せを手にすることがすっごく怖い……いつか壊れちゃいそうで」
「……そうね、怖いよね。ずっと死と隣り合わせで生きてきたもんね。でも人間は幸せを求めるものだしその為に兵長がいる」
「うん。わたしだって、わたしの幸せを諦めたくない。ただ……どうしたらいいのか、わかんなくなっちゃった。リヴァイさんだけに責任を押し付けるくらい弱虫なんだよ、わたしは…」
ぽつりと本音を零して弱々しく笑うナマエをペトラは思わず抱き締めた。この世に生まれついたその日から巨人という脅威に脅かされてきた恐怖、狭い鳥籠の中で囚われてきた屈辱。けれど自由を諦めない為に調査兵団がある。ましてやナマエのパートナーは人類最強と呼ばれる希望の光だ。
「ナマエ、大丈夫だから…」
「……ん」
「お前ら、辛気臭ぇ面してんな」
「へ、兵長!」
「リヴァイさん…!」
二人きりだったはずの空間にはいつの間にかリヴァイが立っていて。ペトラは名残惜しそうにナマエを抱き締めていた腕を解いた。
「おい、ペトラ」
「……はい。後はお願いします、兵長」
リヴァイのその一言で、ペトラは彼の真意を悟り笑顔でその場を去った。扉を閉め切る直前に振り返ってナマエに向かってウィンクを一つ残して。彼女が去った後少しの沈黙が流れていたがそれはすぐに断ち切られた。
「……仕事中にすみません」
「そんなことはどうでもいい……ナマエよ」
「は、い……」
「俺は、そんなに頼りねぇか?」
「ッ…!?」
その言葉はペトラとナマエの会話を全て聞いていたかのように聞き取れた。
「ち、がい、ます……わたしが弱いだけで、」
「俺はその弱さも背負っていく覚悟なんだがな」
俯いたナマエの全てを包み込むようにしてリヴァイは抱き締めた。ペトラの時とは違い、胸板が厚くてたくましさがあった。
「ま、こんな世界に生まれちゃ本当の幸せなんてもんは程遠いんだろうがな。でもなぁ、少なくとも俺にはお前がいるだけでこの世界なんてどうでも良くなっちまうぐらいには幸せ、なんだよ」
「リヴァイ、さん……」
リヴァイは少し照れているのだろうか。抱き締められていてナマエからは彼の表情は伺えないが、声が少し震えていた気がした。
「人類最強がなんだ。希望がなんだ。ナマエとガキを失うくらいならそんな肩書きなんざクソ喰らえってんだ」
その言葉と共にリヴァイがナマエを抱き締める腕にぐっと更に力が込められた。けれど苦しくはなくて、ナマエの瞳からはぽろりと一粒の涙が零れ落ちた。
「リヴァイさん……わたし、強くなります。リヴァイさんのこと支えて、この子の母親になって、わたしがわたしでいれるように」
「……ああ。でもお前とガキを守る役目は俺だ」
リヴァイはナマエの額、瞼、鼻先、頬の順番に唇を落としていく。ナマエは幸せそうにそれを受け入れた。そして唇同士が触れ合う直前、名残惜しくも2人の距離は遠くなる。
「……リヴァイさん?」
「いや、遅くなっちまったが……」
「あ…!」
どこからか取り出された小箱の中からはキラリと輝く指輪が。リヴァイはナマエの左手を優しく取って薬指に嵌めてやる。
「…これ、」
「デキた後とは言え結婚したのに何もねぇってのもな。本当は2人で選びに行きたかったが…」
「ううん、すっごく……嬉しい。一生懸命選んでくれたんですよね。それだけで本当に嬉しい…」
左手の薬指に嵌った指輪を愛おしむように見つめるナマエ。いわゆる授かり婚だったのでまさか指輪を貰えるとは思っておらず、輝きを放つ真新しい指輪を右手の人差し指でそっと撫でた。
「ありがとうございます…!」
「…あと、俺たちの部屋を用意した。今日からは部屋も一緒だ」
「そんな……わたし、こんなにも幸せで、いいんでしょうか?」
「幸せになるのに権利なんてねぇよ。ナマエは俺が幸せにする、それだけだ」
ナマエの柔らかい髪の毛を撫でると、そのままリヴァイの手のひらが彼女の頬を包む。そして一度離れてしまった距離はすぐに縮まっていく。
「リヴァイさん」
「目、閉じてろ」
「はい」
先程は叶わなかった唇と唇がゆっくりと重なった。