今宵、月になる



怪物を撃破し、最深部でエアルの遮断に成功したナイレン隊一行。しかし喜びも束の間、仕掛けられていた罠が次々と遺跡を内部から破壊していく。ナマエを失ったことを悲しむ間もなくユーリはまた一つ、大切なものをなくすことになる。

―――あれから幾年と幾月。世界は魔導器を失ったことですっかり変わってしまっていた。

「……今日は満月、か」

ユーリは仕事で訪れていたハルルの街で一人、花を咲かせる大きな樹と真ん丸な月を見上げて呟いた。
あの日、ナマエとナイレンを失ったユーリは騎士団を辞め、しばらくは定職に就かず下町で用心棒として暮らしていたが、水道魔導器がなくなったことをきっかけに旅へ。小さなきっかけが大きな厄介事へと繋がり、壮大な冒険となった。そして今ではカロルを首領とするギルド『凛々の明星』に属し、フレンとは違う形で世の中を支えている。

「ナマエ、見てるか?俺、世界変えちまったよ…」

乾いた笑いと共に出たナマエの名前。もう随分と経つがユーリが彼女を忘れたことは一度もない。でもいくら彼女の名前を呼んでも、会いたいと願っても、もうナマエはユーリの隣で微笑んではくれない。それでも彼女を忘れるなんてことは出来なかった。

「何度も死にかけたけどな……それに今もこのやり方でよかったのかって思う時もたまにある。それでも、俺は俺のやり方で生きて行くよ。だから見ててくれよな」

まるでナマエに語りかけるようにハルルの樹に優しく触れる。さわさわと風に揺れる枝や花が返事をしてくれているようだった。ユーリはもう一度だけ上を見上げて、樹に背中を向けて歩き出す。すると坂を下ったところで見知らぬ女性と鉢合わせした。

「こんばんは、お兄さん」
「…どーも」

にこり、と微笑んで挨拶をする女性にユーリも軽く挨拶を返す。ハルルの住人ではなさそうだが、荷物をほとんど持っていない謎の女性に少しユーリは警戒をした。

「あんた、旅人…には見えねぇけど。それよりこんな時間に女一人で出歩くのは危ねぇぜ」
「ご忠告どうもありがとう。でもわたしはわたしの意思でここにいるから、大丈夫よ」
「余計なお世話だったみてぇだな。宿屋ならあっちだ、気を付けてな」

呆れたように言い放ち、さっさと女性の隣を通り過ぎようとするが、それは叶わなかった。何故なら女性がユーリの腕を掴んだから。

「少し、話聞いてくれない?」
「…聞くだけならな」
「わ、お兄さん優しいのね」

ユーリは宿屋に戻ることを諦め、女性に向き直る。少し距離を開けたままだが目の前にいる女性は相変わらず笑みを浮かべている。

「ある女の子がね、男の子に恋をするの。好きで好きでたまらなくて、でもその女の子は人間ではなくて。どうしても人間になって男の子と過ごしたかったんだけど、結局女の子は自ら命を絶つことに決めた…」

目を伏せて話される内容は切なくて、どこか懐かしく感じるものだった。ユーリはナマエを思い浮かべたが、胸が締め付けられるような感覚になり話の途中だとわかっていたが口を挟んだ。

「お姉さんの作り話か?本にしたら喜ぶ人もいるだろうよ。話はそれだけなら、俺は――」

ユーリはさ迷わせていた視線を女性に向けると、女性とナマエが重なって見え思わず言葉を飲み込んだ。

「この話、実話だって言ったらどうする?」
「………」

女性の瞳は迷うことなくユーリを捕らえ、にこりと微笑む。どこか懐かしい笑顔にユーリはどうしてもナマエを重ねてしまった。もう彼女はいないのに。

「ね、ユーリ」
「俺の名前、何で…!?」

女性の口から放たれた自分の名前に目を見開く。教えていないはずなのに知っているなんて、と。

「ユーリは、信じてくれる?」
「ッ…」

女性が言葉を発する度に期待をしてしまう。目の前にいるこの女性はもしかしたらナマエなんじゃないかと。でも彼女は確かに自分の目の前で消えて、なくなったはずだ。信じたい、信じれるはずがない、そんな2つの気持ちがせめぎ合う。

「ナマエ」
「!」
「それが、わたしの名前」
「あ……ナマエなのか?」
「そうよ」
「ッ…ナマエ!!」

ユーリはらしくなく、ナマエと名乗った女性を抱き締めた。嘘でも夢でもいい。もう一度ナマエに触れたい、伝えられなかったことをしっかり伝えたい、と必死だった。

「ナマエッ……ナマエッ!!」
「痛いよユーリ。わたしはここだよ」
「な、んで…ッ」
「何でかな。わたしにもわからないけど……でもずっと願ってたの。人間になってユーリの隣で笑いたい。そしたらこうなってた」

腕の中で笑いながら話すナマエとは反対にユーリは今にも涙が溢れそうだった。嘘でも夢でもいいと言っておきながら、ナマエが帰ってきたのだと確信した瞬間、たまらない気持ちになった。

「こんなことッ……あんのかよ…」
「不思議だよね。でもユーリあの時言ってくれたでしょ?気持ちを強く持ってろ、って。もしかしたら神様が叶えてくれたのかも知れないね」

随分と前だが、弱気になったナマエにそう言ったのは確かに覚えている。腕から伝わる柔らかい感触や匂いに今確かにナマエがいるのだと実感できる。

「……俺さ、ナマエに何一つ返せないままだったの、今でも後悔してたんだ」
「ううん、そんなことないよ。ユーリがわたしと同じ気持ちだって言ってくれたの、嬉しかった」

ユーリは何も言わずにナマエの頭を撫で、額にキスを一つ。伝わる温もりが夢ではないことを語っている。

「ユーリ、泣きそうになってる」
「うるせぇよ。そういうナマエは泣いてんじゃねぇか」

ユーリよりも先にナマエがぽろぽろと涙を零していた。その涙は光になることなく、頬を伝って地面へ落ちていく。それはナマエが天使ではなく人間だという証。

「だって、嬉しいんだもの。人間になってユーリの隣にいれることが」
「そうだな。俺も嬉しいよ。ナマエが俺の隣に帰ってきてくれて」
「うん……ねぇ、ユーリ」
「ちょっと待った」

何かを言いかけようとしたナマエの唇に手のひらを当てて、それを防ぐ。彼女はきょとんとしてユーリを見上げた。

「そっから先は俺が言う」

ナマエの唇から手のひらを離したユーリは、真っ直ぐ彼女を見据えた。天使の時と同じ髪の毛の色だが目の色は違っていて。それでもナマエの瞳は真っ直ぐで、強くて、綺麗だ。そしてユーリは照れることなく想いを言葉に乗せる。

「ナマエ。俺はお前が大好きだよ」
「ユーリ…!」

ナマエは涙を更に流しながらユーリに抱きついた。天使である時にどれだけ願ってもなかった言葉が確かにユーリの口から、ユーリの言葉で伝えられたことが彼女にとっての何よりの宝物になる。

「わたしもユーリが大好き!」
「ああ」

満月の光がユーリとナマエを照らし、一つの影を作る。そしてハルルの花びらが祝福するように一気に舞い上がった。時と世界を超えて、今宵結ばれた2人は幸せそうに笑い合った。




―――――――――――――――
あとがき

皆様、こんにちは!葵桜です。
このお話はずーーっと温めていて、以前別のサイトを運営していた時に少しだけ書いていたんですが、内容をボリュームアップして更にアレンジもしました!当初考えていたものと少し内容は違ったりしましたが、何とか形になって書き切ることが出来てよかったです^^*
ここまで読んで下さった皆様、ありがとうございました!

2019 0106


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