怪盗ミルクレープが盗んだ銀星糖



※このお話以降は第三者視点になります。






「ねぇ聞いてよ、リヴァイー!!」
「うっせェな。周りに迷惑だ、静かにしろ」

ハンジは昔馴染みのリヴァイと共に居酒屋の個室にいた。リヴァイもまた前世の記憶を持っているうちの一人だ。注文した酒とつまみの到着を待たずにハンジは泣きべそをかきそうな勢いでテーブルに項垂れた。

時は少し遡り、ハンジとナマエが偶然再会したあの日。お互い前世の記憶を持ち、お互いのこともハッキリと認識していた。ずっと会いたくて仕方がなかったはずなのに、ナマエはようやく訪れた奇跡の再会の前に怖気づき、何も言葉を交わすことなくハンジの前から走り去ってしまったのだ。ハンジは引き止めようとしたが躊躇ってしまい、伸ばした手は空を切っただけだった。
念願のナマエとの再会だったものの、逃げられてしまってはもう連絡する手段も、次に会えるかもわからない。ハンジは絶望さえも覚え、リヴァイに泣きついたという訳だ。

「ハッ。逃げられたんなら脈がねェってことだろ。それかテメェのことを覚えていねェか、な」
「ない。それは絶っっ対ない!だってナマエは私の名前をちゃんと言ったんだよ!?」
「じゃあ脈がねェんだろ。テメェの顔なんざ見たくもなかったんじゃないのか」
「ううう……少しぐらい慰めてくれてもいいじゃないか。君には人の心がないのかい?」
「お前にだけは言われたくねェ台詞だな」

注文した酒とつまみが届き、リヴァイはハンジに構わずにグイッとジョッキを煽った。
あの日、本気を出せば逃げ出したナマエなんてすぐに捕まえることが出来た。なのにそれをしなかったのは彼女にもし拒絶されたら、という恐怖心があったからだ。ナマエに逃げられたことを嘆いているけれど、結局はハンジ自身も心の中で逃げていたのだ。それを痛いくらいに自分でも理解しているからもどかしい。

「……せっかくのチャンスだったのに、バカだなぁ、私は。やっと会えたっていうのに……」
「……おい、ハンジお前、」

泣いてるのか、そうリヴァイに言われてハンジは初めて涙が出ていることに気付いた。先程までは冷たい態度だったリヴァイもあのハンジが泣いた事実に皮肉なんて言ってやることが出来なかった。だって、彼が泣くところなんて前世でも今世でも見た事がなかったからだ。

「あれ、ほんとだ。……ははっ、君の前で泣くなんて情けないな……」
「……」

泣きながらも明るく振舞おうとするハンジ。酒の煽り、つまみの枝豆を食べる。それからはハンジの鼻を啜る音が個室に響いていた。









─── 一方、ナマエは。

ハンジと奇跡的な再会を果たしたのにも関わらず、逃げ出してしまったあの日から仕事も家事もプライベートのことすら手に付かなくなっていた。仕事では普段しないようなミスをして上司に叱られたり、同僚からは心配されたり。好きだった自炊もあまりしなくなり、出前やスーパーの惣菜で済ませる日も増えた。

「……何で逃げちゃったんだろう」

ベッドの上で寝転がり、枕に顔を埋める。あの日から後悔しかしていない。あれだけ会いたいと焦がれていたのに、いざ目の前にしてしまうとどうしようもなく怖かったのだ。前世では恋人同士だが、今は違う。恋人がいても結婚していても一目見ることが出来たらそれでいいなんていい子ぶっていたが、そんなことはなかった。一目見た瞬間から抱き着きたくて、抱き締めてほしくて、前世を共にした時のようにハンジに愛を囁いて欲しかった。でも、もし恋人がいたら?家族がいたら?ハンジの愛情が他人に向いていることを知るのが怖かった。だから逃げた。

「……あんな奇跡、二度とないかもしれないのに」

ほろり、といつの間にか涙が零れた。ハンジの前から逃げてもう二週間経つが、毎日後悔しては一人で泣くことしか出来なかった。これだけ後悔するくらいなら逃げなければよかったと、後悔に後悔を重ねた。

「……もうやってらんない。ヤケ酒してやる」

ナマエは勢いよくベッドから立ち上がると仕事でよれた化粧も髪型も気にせずに必要なものだけを掴んで家を出た。今日はまた金曜日、時刻はまだ21時。前に飲み損ねた分たらふく飲んでやる、の気持ちで二週間前と同じ場所へ向かった。









─── 場面は戻り、リヴァイとハンジは。

「チッ……クソメガネ、飲みすぎだ」
「うう、ナマエ……ナマエ……」
「うるせェ……」

リヴァイは飲みすぎて潰れたハンジに肩を貸し、繁華街を歩いていた。
あれからハンジは啜り泣きながらひたすら酒を煽り続けた。傷心中ということもあり、いつもよりペースは早く、リヴァイが気が付いた時には既に酔い潰れてしまっていた。何度も何度もナマエの名前を呼び、会いたいと口にしていたハンジにリヴァイもうるさいとは突っ込むものの、それ以上は何も言わなかった。

「……と、」
「あ?」
「……ずっと、謝りたかったんだ。私なんかを庇ったせいで……死なせてしまったこと……。でもそれ以上に、愛してると、言いたい……会いたいよ……ナマエ……」

アルコールが回っているせいで呂律が上手く回らないらしい。ブツブツと独り言のようにハンジは繰り返す。リヴァイはそれを聞いて目元を少しだけ緩くした。彼も前世でのハンジとナマエを知っているからこそ、冷たい態度を取ったとしても見放すことなんて出来なかった。けれど自分自身もナマエと連絡を取る手段がない為どうしようも出来ないもどかしさを感じている。

「……」

これ以上ハンジの面倒を見るのは御免だという気持ちと、何か少しでも出来ることはないかという気持ち。何だかんだ、前世から仲が良いハンジのことを見捨てることが出来ないのは、リヴァイの心の根っこが優しいからだ。どうするかと、酔い潰れたハンジの独り言を聞き流しながら考えあぐね、前を向いたその時。

「……ハッ、テメェの運の強さには適わねェな」

リヴァイの視線の先にはナマエがいた。ナマエも前世の記憶の中で良く知る人物が目の前にいてその場に立ち尽くしている。

「……え、そんな、まさか、」
「よぉ。久しぶりだな、ナマエよ」
「り、リヴァイ、兵長……?」
「ああ。まさか今世でも会えるとはな」
「そう……ですね」

ナマエはリヴァイとハンジを交互に見やり、この状況を把握しようとしている一方でまた怖気付いたのかジリジリといつでも逃げることが出来るように後ろ足に重心を置いていた。逃げられてたまるか、とリヴァイは口を開く。

「逃げんのか?」
「ッ……」
「会いたかったんだろ、コイツに」
「……」
「コイツも会いたかったと言っていた。うるせェぐらいにな」
「え……」
「ようやく地獄のような世界から解放されたんだ。幸せから逃げる必要はない」
「リヴァイ兵長……」

言い方は冷たいが、この言葉には暖かさも優しさも詰まっていることをナマエは知っている。それは前世でも今世でも変わらないようだった。ナマエも覚悟を決めようと足を揃えた。

「後は当人同士でやれ。俺はもう知らん」
「痛ッ……!?」
「わっ……!」

そう言うとリヴァイは未だにナマエがいることに気付かず泥酔しているハンジの脛を器用に蹴る。痛みで気が付いたハンジを無理やりナマエに押し付けた。

「もう逃げるなよ」

それだけ言い残し、リヴァイは賑やかな繁華街の中に消えて行った。ハンジはぼやける視界の中で瞬きを繰り返しながら目の前にいる人物を捉えた。

「……ん、あれ……リヴァイが、ナマエに見える……」
「……違うよ、わたしで合ってる」
「……え、ナマエ?」
「……うん」
「本当に、ナマエなの……?」
「ん、そうだよ」
「ああ……やっと会えた」
「は、ハンジ……!?」

ぎゅう、とハンジはナマエを強く強く抱き締める。ここが繁華街のど真ん中だなんてことはハンジには関係ない。道行く人が二人を凝視したり、コソコソ何かを話したりするが、そんなものどうでもいい。何百年、いや、何千年と時を超えてようやく再会を果たせたのだから。

「ずっと、会いたかった……こうしたかった……」
「……ナマエ」
「?」
「好きだよ、愛してる」
「ッ……!」

聞きたいと何度も願ったハンジからの言葉。ナマエは一瞬だけ目を見開いた後、溢れそうになる涙を堪えながら言葉の代わりにハンジを抱き締め返した。


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