ナイレン隊一行は、二班に分かれ無事に遺跡へと潜り込むことに成功した。しかし一息つく間もなく、ピリピリと張り詰めた空気には安堵感など皆無だ。更にいつ謎の物体が襲ってくるかもわからない恐怖の中、ただ最深部を目指して進むしかない。
「ハッ…ハァ、ハァ、」
入って早々、小さな小石が集合体となり隊を襲ってきた。逃げることに必死で危うくユーリは高いところから転落しかけたが、幼馴染みのフレンにより救出された。まだ入って間もないというのにとんでもない疲労感に襲われる。
「(はっ……正直、ここでダメかと思ったが、俺はころっと死ぬタイプじゃねぇみたいだぜ、ナマエ)」
どこにいるのか、そもそも近くにいるのかもわからないナマエに向かってユーリはニヒルに笑う。剣を強く握り直して更に奥を目指すべく立ち上がった。
「……いかにもだな」
暗く、長い廊下にまた一段と緊張感が張る。いつ、どこで、何があるかわからない為剣は手放せない。
「頼むぜ、2人とも」
そんな部下たちの気持ちを察してかナイレンは励ますように言う。ここまで来ておいて今更引き返せない。入口付近よりもエアルが濃くなっている廊下を進んだ。
―――
「ッ………!?」
やっとの思いで長い廊下を抜けたというのに。この廊下を抜けるまでにも大きな岩の怪物に襲われ、体力的にも精神的にも限界を迎えつつあるのに、次に到達した開けた広場では廊下で出会した怪物の何倍もの大きな岩の怪物がユーリたちを待ち伏せていた。容赦なく攻撃を繰り出してくる怪物にちっぽけな人間はひたすら逃げるしかできない。倒す為には岩と壁を繋いでいる赤い線を切らなければならないのに、届きそうにない。合間を見て魔導器での反撃を試みるが全く効果はなく、使用していた魔導器は暴発してしまう結果となった。
「(どうする…!?)」
どうにかして、怪物の頭までたどり着きたいがその術が全く検討がつかない。その時―――
「ヒスカ!!!」
シャスティルの悲痛な叫び声が響く。振り返ってみれば飛んできた岩で左足が押さえつけられ、身動きが取れない状態だった。必死に岩を退かそうとするものの所詮は女、そして今までの疲れの蓄積もあり左足を留める岩はビクとも動かない。
「嘘ッ……!」
敵にとっては最大の隙。怪物はヒスカ目掛けて大きな腕を振り下ろそうとした。
「クソッ…!」
「ユーリ!?」
「(こりゃ……ダメかも、な)」
フレンが叫んだが振り返ることなく、怪物とヒスカの間に飛び込んで行ったユーリ。もしかすると自分の死ぬ瞬間は今かも知れないと思いながらも必死の抵抗で剣の切っ先を怪物に向け、これから襲ってくるであろう痛みとそして死を覚悟して目を閉じた。―――が、待っていた痛みは来ることがなくそのままユーリは、地面に転がり落ちることになった。
「痛ッ……どうなってんだ」
地面にぶつけた腕を擦りながら上体を起こせば、怪物も仲間たちも動いていない。こんなことができるのは唯一人しかいないはず。
「ナマエか……」
「うふふ、危なかったわね」
ふわり、ふわりと羽を羽ばたかせてどこからともなく降りてくるナマエにユーリは安堵の溜息をついた。
「今のはマジで危なかった。助かったぜ」
「言ったでしょ、ユーリは死なせないって」
「ああ、ありがとな」
「でも妬けちゃうなぁ」
「…は?」
相変わらず笑顔は崩さないまま、後ろ手に手を組んでナマエは言う。
「女の子を助けようとするユーリ」
「仲間なんだから、当たり前だろ」
「うん、そんなところも好きよ」
「あー、はいはい」
適当にナマエをあしらって、ユーリは起き上がるとヒスカの足に乗っていた岩を蹴って退かし、怪物の攻撃が及ばないところまで移動させた。
「ねぇ、ユーリ」
「どうした?」
「……わたし、どうしたら人間になれるかな」
悲哀を含んだナマエの声にユーリはなんて声を掛ければいいかわからなかった。
「ユーリを見守っている間も、こうしてお話してる間も、そればっかり考えてしまうの。人間としてユーリの側にいたいよ」
ナマエはユーリに必死に縋りついた。ユーリはそれを宥めるでもなく、小さな身体を抱き締めるでもなくただ何も言えないでいた。
「わがままだって、分かってるの。こんなこと言ってもユーリを困らせるだけだもの。……でも、欲ばっかり出ちゃう」
自分が人間になれたら、人間としてユーリの側にいれたらどれだけ幸せだろうかとナマエはユーリを一目見た時からそればかり考えるようになっていた。人間と天使、それは交わることのない存在。決して交わってはいけない存在。見習い天使であるナマエが許可なく下界に降りてくることは禁忌であり、ユーリはまだ知らないが天使が人間に恋をし関わりをもつことも禁止、そして死期が近い人間を救けるなんて言語道断だった。規則を破ってしまえば厳しい罰が待っていることも。それを犯してまでナマエはユーリに何度も会いに来て、人間になりたいと幾度となく願った。
「……ナマエ」
「堕ちたな、娘よ」
「ッ!?」
「誰だ!?」
ユーリとナマエしか動いていないはずの空間に響いたドス黒い声。二人が離れて声のした方向を見やるとナマエと同じ白い装束を身にまとい大きな白い羽を広げた男がいた。